第肆話-1

 火薬と言う、特殊なものを取り扱う委員会である火薬委員は、四年生を過ぎると、よほどのことがない限り委員会を動くことはない。
 それは火器を得意とする者が火薬委員に所属しない、という暗黙のルールと同じ位に生徒の間には浸透しており、当然私は去年と変わらず火薬委員に所属している。
 委員長は去年異例にも火薬委員になった中原先輩が務め、私は面倒くさがりながらもその補佐をしている。
 逆に、兵助はあれから火薬委員に近づくのを止めた。
 三郎様曰く、本人は一切口を割らず沈黙を守っているけれど、どうも溜めこみすぎているらしい。
 私も中原先輩もずっと立ち止まったままである以上、兵助に手を差し伸べる余裕などなく、気付けばあれからもうすぐ一年が経つ。
「片桐、今一人か?」
「そう」
 煙硝蔵の外から声を掛けられ、私は返事を返して出入り口に近づく。
 声をかけてきた立花は、一年の時に火薬委員にいた関係で、火器を極めることを決めて別の委員会へと移って行った。
 それ以来火薬を受け取りに来る常連ではあるが、一人かどうかなどを確認するようになったのは、今年に入ってからだ。
 どうやら立花は中原先輩を好いていない様子で、中原先輩がいる時は余程の急務以外は避けている。元々あまり仲は良くなかったので特に気にはしていないけど。
「火薬の追加?」
「ああ。硝石が少し足りなくてな」
「わかった」
 私は火器を扱う生徒用に別に分けてある火薬壷置き場へと向かい、先ほど立花から預かった袋に硝石を詰める。
 殆どの生徒は、黒色火薬そのものを借りにくるけれど、立花は特別で自分できちんと配合をして使いたがる。
 だからこそ上級生は、時折立花に宝禄火矢の作成を依頼する事がある。
 それほどまでに立花の作品が素晴らしいのもあるだろうけど、私は立花の才能が恐ろしく思う。
 火器の扱いは問題ないけれど、配合に関しては私は習った通りにしか作成することができない。そういう点羨ましく思ってしまう所為だろうと思う。
「これで足りる?」
「ああ、問題ない。……片桐」
「何」
「いつまで中原先輩と関係を持つ気だ」
「……気付いていたの?」
「最近な」
 苦虫を噛み潰したかのような表情に、私は首を傾げた。
「良くない噂が流れている。鬼桜丸の耳に入らないようにはしたが、このままではいずれは鬼桜丸も知ることになるぞ」
「わかってる」
「なら」
「もうすぐ終わるから、いい」
「?」
「……中原先輩、今期一杯で学園辞める」
 昨日打ち明けられたばかりで、あまり言いふらす気はなかったけど、立花は終わるだけでは納得しないと思ったから素直に答えた。
 夏が来る、その時中原先輩は季節と共に学園を去る。
 本来なら卒業まで残りたいところではあったけれど、中原先輩はこれ以上自分は実技をこなせないと、先を見越して担任と話し合った結果、忍ではない進路を決め、早々に就職試験に臨んだらしい。
 その結果が出たため一学期の間まで学園に通い、その後は就職先へと立つため学園を去ることに決まった。
 どこに就職するとかは聞いては居ないけど、城仕えなのだと聞いた。ご実家は武家だと聞いていたから、そちら関係かもしれない。
「久々知はそれを知っているのか?」
「……そこまで気が付いたんだ」
「私だけだ」
「三郎も気付いてる」
「鉢屋は除け。……で、どう始末つけるつもりだ」
「兵助には謝らない。どうせあれも知ることになる。それに私……兵助は、嫌い」
「……そうか」
 立花は、複雑そうな表情で私の頭をくしゃりと撫ぜた。
 その真意がよくわからず首を傾げていると、少し遠くからとことこと走る足音が聞こえた。
「すいません遅くなりました!」
 足音の主―――一年い組の池田三郎次が走り寄ってくるまでの間に、立花の手はするりと離れしまい、半歩私からその身を引いた。
「では、また来る」
「うん」
 ごく自然に帰って行った立花を、池田はぽけっと見送り、いつものように火薬を取りに来たのだと自己完結したらしく戸口に歩み寄る。
「あれ?片桐先輩お一人ですか?」
「浦風なら補習」
「流石は組」
「……私もは組」
「片桐先輩はサボりすぎです。普段からちゃんと働いてください!」
「ヤダ」
「ヤダじゃありません!!」
「……ん」
 池田に怒鳴られながら、私は煙硝蔵の中へと戻って行った。


  *    *    *


「―――久々知はいるか」
 不躾に用具倉庫に現れた中原先輩に、俺は眉間に皺を寄せた。
 中原先輩と言えば、用具委員長の川畠先輩と同室で、昔から用具委員の活動中に顔を出すことがあった。が、今日の呼び出した主は久々知だ。
 中原先輩と久々知の関係と言えば、元委員会の先輩と後輩だが、その接点は存外短い。俺はこの中原先輩があまり好きではないのだが、それ以上に、久々知はこの先輩を苦手としていた。
 おそらく三喜之助絡みなのまでは推測がついたが、それが何故かは他の事情が分からずに結局頭がこんがらがっちまって訳が分かってねえが、そういう意味で俺は中原先輩を嫌っていた。
「なんだよ春彦。久々知になんの用だ?」
「……面倒だ、お前も一緒に聞け」
「は?」
 首を傾げる川畠先輩に、俺はどうするべきか逡巡しながら、ちらりと隣に視線を向けた。
 一緒に手裏剣の数を数えていた作兵衛が、まるで親の仇でも見るかのように中原先輩を睨んでいる。
 そう言えば作兵衛と中原先輩の仲も悪いんだったな。作兵衛は三喜之助と仲良いし……なんか俺だけ何一つ事情を把握できていない気がする。
 呼ばれた久々知は、眉間に皺を寄せたものの、先輩に呼ばれた以上、向かわないわけにはいかないと判断したのか、のろのろとした足取りで倉庫の出入り口へと向かった。
「大した話じゃねえよ」
 がしがしと首の後ろを掻き、中原先輩は若干言いづらそうに口を開いた。
「……俺、今期一杯で学園辞めるから」
「ほー……って、何ぃ!?」
 川畠先輩が、大きな声を上げて驚きを表す。
 当然俺も目を見開き驚く。
 六年生のこの時期に突然学園を去る人なんて、よっぽどだ。
 怪我で忍としてやっていけなくなっただとか、そんな特別な理由がない限り辞める必要が浮かばないのだ。
 何しろもう六年も学園に通い続けていたのだ。最後の最後で自分で台無しにするなど愚の骨頂だと思う。
「就職決まったつーか、元々ちゃんと卒業する気なかったんだよ」
「ちょっと待て、そんなこと俺初めて聞いたぞ!?」
「お前にだけ言ってねえだけで、他の奴らは大体知ってる」
「俺だけ仲間はずれかよ」
「お前だって、俺が忍に不適合だってことはもうわかってんだろ」
 忍に不適合?
 話はよく読めなかったが、川畠先輩がぐっと押し黙り、それを横目に中原先輩は久々知に向き直った。
「だから、久々知。お前、二学期からは火薬委員に戻れよ」
 ぽんと久々知の頭に手を置き、中原先輩はぐりぐりと撫ぜた。
 その表情はどこか穏やかで、今までの中原先輩からは想像が出来なかった。
 中原先輩は、いつも危うい糸をピンと張ったような、何かがその奥にある冷たい先輩だと思っていたから、余計作兵衛が怯えていた。
「片桐先輩は、ご存じなんですか?」
「途中で辞めるってのは去年から言ってたが、今期一杯で辞めるつったのは昨日だな。まあ、一応あいつが二学期から火薬委員長代理だ」
 六年生は生徒の数が少なく、火薬委員のなり手も少ないため、中原先輩が辞めれば俺たちの学年の誰かが火薬委員長の代理を務めることになる。
 そして、俺たちの学年でも一番人気が少ないのが火薬委員で、人数の少なさを火薬委員を不在にさせることで補っているため、五年生も三喜之助一人だ。
 あの三喜之助が火薬委員長の代理など務まるのか?と思わず不安になるが、そう言えば、去年から委員会をサボる日数が減ったように感じる。
 三喜之助は本当に去年から知っていたんだろう。
「俺は“あの日”の謝罪を口にする気はない。それはおそらく片桐もだろう。だがそれは、お前が乗り越えるべき問題だからだ。久々知ももう四年だ―――わかるな?」
「……はい」
「片桐、あれで“寒がり”だからな。頼んだぜ」
 最後にぽんぽんと頭を叩いた中原先輩は、寂しそうに目を細めて、そのまま立ち去って行った。
 あまり感情を表にすることのない久々知の心情は読めねえが、どこか泣きそうに瞳が潤んでいるのが分かった。
「……畜生っ」
 引き留めることができないとわかっているんだろう。川畠先輩は戸口の柱をガンッと殴って激情を押さえた。
「……食満先輩」
「ん?なんだ?」
「忍に不適合って、どういう事なんでしょうか?」
「それは……」
 俺には分からん。
 ちらりと川畠先輩を見れば、動揺を押し隠すように口を真一文字に結ぶと、硬い表情のまま首を横に振った。
 それだけで俺は何となく察することができた。

 中原先輩は人を殺せない。もしくは、血が苦手……ってとこか?

 まあ、簡単に断定できないが、概ねそんなところだろう。それは見事に忍不適合な理由になるだろう。
 卒業してしまえば、就職先にも寄るだろうが忍に殺しは付き物だ。
 むしろ、それでよく六年生まで進級できたと言えるだろう。
 中原先輩は高潔な人だったのだろう。そして酷く不器用で……ようやく肩の荷が下りたのだろう。
 あの穏やかな笑みを、俺はきっと忘れられないだろう。中原先輩の今までの印象があまり良くなかった分、きっと、確実に。
「作兵衛も大きくなったらわかるさ」
 ぽんぽんと頭を撫でてやると、作兵衛はぎくりと身体を震わせて目を伏せた。
 そう言えば作兵衛には忍の兄がいるんだった。
 俺たちよりも二つ年上の富松蔵之助先輩。
 他の二年よりも、作兵衛は忍を目指すものとして、いずれ訪れる可能性をすでにちゃんと知っていたのかもしれない。思いつめたように伏せられた瞳から目を逸らし、俺はそのまま作兵衛の頭を撫で続けた。

 夏休みはもうあと数日までに迫っていた。



⇒あとがき
 前回忘れていた兵助と夢主の仲直りをさせてみようと思います。
 本当だったら仙蔵をもっと間に立てる予定だったのですが、そしたら仙蔵夢になりそうなんで止めました。
 これ一応兵助夢なんだからがんばれ兵助、ちょっとは目立てよ!←
20100912 初稿
20220930 修正
    
res

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