第参話-6

 起床の鐘が鳴ってしばらくすると、食堂には人が集まり始める。
 だが最初に集まる人間は大体決まっていて、一番乗りは四年い組の黒ノ江鬼桜丸とその同室であるは組の片桐三喜之助だった。
 私は明け方近くに戻って来てまだ眠っている文次郎をそのままに、一人で食堂を訪れるのが常で、鬼桜丸に声を掛けられたのをきっかけに一年の途中からほぼ毎日二人と朝食を取っていた。
 時折片桐が寝坊しているとかで居ない時があるが、今日はその寝坊ではなく学園長の庵にいるらしい。
 途中でやってきた同じい組の誠四郎を交えて、今日の授業について話しながら朝食を摂っていれば、少しずつ食堂に生徒が増え始めた。
「おはようおばちゃん!」
 食堂に現れると、元気一杯に満面の笑みを浮かべておばちゃんに声を掛ける鉢屋に、私は思わず眉間に皺を寄せた。
 その後ろでいつものように何を考えているかよくわからない無表情がじっと鉢屋の頭を見つめ、その横でぐったりとしたくのたまが一人米神を押さえていた。
「あら、珍しい組み合わせだね」
「今日から一緒に居れるんだ!」
「そうなのかい?そう言えば不破くんたちが久々知くんのお見舞いに行くって来てたけど、鉢屋くんはいいのかい?」
「あ、まずい、忘れてた。折角ミキと一緒に居れると思ったのになあ」
「昼がある」
「それもそうだな。おばちゃん、私A定食」
「鬼桜丸と同じの」
「はいはい。A定食が二つね。ハナちゃんは?」
「私はB定食でお願いします」
 よほど疲れているらしいくのたまをじっと見つめると、片桐は少し背を伸ばしてその頭をよしよしと撫でる。
 その様子はあまりにも異様で、鬼桜丸の隣で誠四郎が箸を咥えたまま目を丸くして、片桐をまじまじと見つめている。
「じゃあな、ミキ!とついでにハナ」
「私はおまけですか!」
「はは。ミキはゆっくり休めよー」
 けたけたと笑いながら、機嫌よく鉢屋は食堂を去っていき、片桐とくのたまの二人が食堂に残った。
「ハナ、おいで」
「はい」
 片桐の声にこくりと頷くと、ハナと呼ばれたくのたまは片桐の後を追ってこちらに向かってくる。
 鬼桜丸の正面は私が座っているので、片桐は諦めて誠四郎の正面に座った。
「あの……」
「座れば」
「はい」
 気まずそうなくのたまは片桐の隣に座り、鬼桜丸はその様子を見て苦笑した。
「君がハナちゃん?」
「あ、はい」
「三喜之助から話は聞いてたけど、はじめましてだな。私は四年い組の黒ノ江鬼桜丸だ」
「黒ノ江先輩の事はよく存じております。私はくノ一教室三年の華乃と申します。どうぞハナとお呼びください」
 畏まったように頭を下げるハナに、興味がないと言うように一人「いただきます」と食事を始めた三喜之助を見やれば、紹介する気がないことは伺えた。
「えっと……」
 ちらりとハナは片桐を見るが、片桐は食事に夢中らしい。
「……ミキ姉様」
「「!?」」
 ハナの言葉に、私と誠四郎は二人して片桐を凝視する。
 片桐は眉間に皺を寄せ、ハナの方を向いた。
「……お前、話聞いてた?」
「あはは……つい。ミキね……兄様、他の二人を紹介してくれたりとかは……」
「何故」
「……ですよね。……えっと、いつも兄がご迷惑をお掛けしております」
「二人は兄妹なの?」
「はい。まあ、兄は皆さんの前ではこうですから、想像できないとは思いますが……」
「さっき姉様って言ってたけど」
「私が物心つくころにはミキ兄様は女装して過ごされていたので、なんだったら今朝まで姉だと思い込んで過ごしていたんです」
 苦笑するハナの言葉に誠四郎は首を傾げた。
「の割に女装の授業成績悪いよね」
「どうせ面倒くさいからと手を抜いているんだろう。それか食満あたりの女装が許せなかったか……ああ、すまない。私は四年い組の立花仙蔵だ」
「同じくい組の七法寺誠四郎」
「くのたま教室四年のイロでーす!」
「「「!」」」
「久しぶり、イロちゃん」
「お久しぶりです、鬼桜丸くん」
「……何故」
「いやー、片桐くんに伝言あったから便乗しちゃった」
 てへっと照れたように言ったイロと言うくのたまには見覚えがあった。
 同じ学年と言うことがあって授業で一度会ったことがある。文次郎と同じ委員会と言うことで文次郎が組んでいたために名前も知っていたが、話したことはない。
「結局昨日は医務室から出られなかったから、代わりに任せたって……これで意味わかる?」
「……大体」
 片桐は小さく溜息を吐くと、堪能していた食事を掻きこみ始めた。
「葦原先輩から?」
 気を使ってかイロに問いながら、鬼桜丸はすっと片桐に湯呑を差出し、もごもごと動かしていた口の中が落ち着いたところで片桐は湯呑を手に取った。
「はいそうです。ここに来る間に落とし穴に落ちちゃって、助けて貰った後に伝言頼まれて」
「イロ先輩ってなんで保健委員じゃないんでしょうね」
「うーん、こればっかりは昔からだからなあ……ね、片桐くん」
「知らない」
「ううっ、相変わらず冷たい即答……」
「“山犬の姫”と言えば?」
「サン!……って急にどうしたんですか?」
「多分……三人目」
 その言葉にイロは酷く驚いたらしく、目を見開いていた。
 それがどう言う意味を持つのかはわからないが、確実に妹であるハナも同室である鬼桜丸も把握していない二人だけの話のようだ。
「そんな、まさか……」
「“山犬の姫”を知っていた」
「……別口ですかね」
「さあ」
「……でも意外ですね。片桐くんがサンを知ってるなんて」
「それ位は知ってる」
「まあジブリですしね。……うーん、今日は普通通りに授業があるので、またお昼に聞いてもいいですか?」
「昼は先約がある」
「どうせいつものように鬼桜丸くんとですよね?たまには私を優先してくれてもいいじゃないですか!」
「嫌。昼は三郎と約束してる」
「三郎?……って、鉢屋くんですよね?三年生の」
「そう」
「い、いつの間に仲良く!?」
「六年前?」
「くらいじゃないですか?」
「……って、ハナちゃんと片桐くんって仲良いんですか?」
「兄妹」
「……なんでそんな大事なこと二人とも私に黙ってるんですかー!」
「兄様とイロ先輩に接点があると思わなくて……」
「何故お前に言わなくちゃいけないの」
「……うわーん!!!」
「面倒」
「こらこら」
 泣きながら、一緒に食堂に来たらしいくのたまの集団の方へ走り出したイロを見ることなく、ふうとため息を吐いた片桐に、鬼桜丸は苦笑しながらも注意をした。
「ごちそうさまでした」
 両手を合わせた片桐はすっと立ち上がった。
「あ、兄様っ」
「ん」
「……はい」
 ぽすんと頭に手を置かれ、慌てて食べようとしていたハナは慌てなくていいという片桐の言葉を組んで箸を休めた。
 当の片桐はさっさと膳をおばちゃんの元へと運ぶと、再び定食を頼み、それを手に食堂を後にしていった。
 おそらく昨日捕えたという忍の元へ運ぶのだろう。
 面倒くさがってはいるが、六年生が居ない以上、その世話は五年生の実力者である葦原先輩であり、その葦原先輩に行くよう言われては行かないわけにはいかないのだろう。
「お前の兄は勝手だな」
「家ではいつも三郎が優先だったので、私としては構っていただけるだけ幸いです」
「そう言えば鉢屋と二人って親戚?」
「従兄妹にあたります。三郎の家の方が格が高いんですけど、学園で様付けは寄せと言われてますので」
「“鉢屋”、か」
 昨日の今日で詳しいことはわからんが、確実に面倒な家柄なのは間違いないだろう。


  *    *    *


 ガツガツとおばちゃんのご飯を掻きこみ、咽た忍に私は呆れながらも水を差し出した。
「ぷっはー!生き返ったー!!」
「……お前、馬鹿ね」
「あ、そこ……断定なんだね」
 しょんぼりと背を丸めながらも箸を置き、男は両手を合わせた。
「ご馳走様でした」
 そしてちらりと牢の外に居る木下先生に目を向け、うーんと小さく唸った。
「お前さ……なんでもののけ姫の名前に反応した」
「直球ね」
「それしか聞く方法が浮かばねえんだよ」
「不用心」
「まあそれはわかってんだけどさ、それ如何によって、俺の今後の身の振り方考えようかなって」
 ちらりと木下先生の視線がこちらに向かい、私は小さく溜息を吐いた。
「知っていたら何」
「もし……もし、お前がそうなら、俺は罪を贖うべきだと思う」
「……おじいちゃんが好きだった」
「……そうか」
 こちらも正直に答えれば、男は目を細めて俯いた。
 基本的に祖父母が見るテレビはNHKの教育番組やニュースや大河ドラマが多かったけど、祖父はジブリが好きだったので、金曜ロードショーくらいはたまに見ていた。
 イロのようにアニメは詳しくなくて、私が知ってるアニメと言うのはそのジブリくらいで、それ以外を上げようとしてもNHKでやっていたものくらいしか浮かばない。ちゃんと見てはいないけど。
「お前、名前は?」
「藪ケ崎暁天。お前は?」
「学園では片桐三喜之助と名乗ってる。本当は鉢屋」
「鉢屋……って言うと鉢屋三郎?」
 僅かに木下先生が反応したけれど、すぐにそれを隠す。
 藪ケ崎はそれに気づいたのか、慌てて口を塞いでいた。
「学園長先生はご存じ」
「え?」
「先生方にはまだ話していないけど、いずれは話すから気にしなくていい。木下先生」
「なんだ」
「ここから先の話は学園長先生の許可が下りるまで他言無用で」
「わかった」
 その返答を確認すると私は藪ケ崎さんに向き直った。
「……藪ケ崎さん、あなたは私たちを殺した人ですね?」
 繕っていた声ではない声でそう問えば、藪ケ崎さんは辛そうな表情でこくりと頷いた。
「言い訳をする気はない。ただ申し訳なく思う」
「潔いのはいいですけど、別に藪ケ崎さんが悪いわけじゃないと思いますけど?イロが言うにはすべての元凶は藪ケ崎さんが最初に殺した人だもの」
「……意味がわかんねえんだけど。つかお前三人目じゃなくて、二人目?」
「はい、二人目です。片桐色葉と言う女の子でした。私とイロ……三人目はそれぞれ性別を逆にして生まれましたので」
「いつから記憶があるんだ?」
「死んですぐ生まれた。私はそう言う認識です。ただ、イロは記憶が曖昧ですね。あれはちょっと、何か妄執に囚われすぎている気がしますけど」
 去年二人で茶屋に向かい話した話以上の話はあれ以来していないけれど、時折見せるイロの表情は何かに囚われている。
 死ぬ間際、確か携帯を握っていたはずだからその関係だろうか。
 私はイロではないのだからイロのことなどわかるはずがないけれど。
「……………」
「別に藪ケ崎さんを恨んでいるわけじゃないですよ。イロが恨んでいるのは一人目ですから」
 私は黙り込んだ藪ケ崎さんに誤解を与えぬよう、そう付け加えた。
「だから、なんでその一人目が元凶になりえるんだ?事故とは言え殺しちまったのは俺だぜ」
「じゃあ聞きますけど、藪ケ崎さんは飲酒運転でもしてたんですか?」
「いや。完全に素面だった。ただ突然ブレーキが利かなくなったから俺の点検ミスだろ?」
「そもそもの原因は一人目がこの世界に来たいと願ったから。残念ですけど私たち三人は巻き込まれたそうですよ」
「まあ最近は美形のキャラが増えてたから、若い子がそう言う願望を抱くのはわからなくもないが……そんなこと現実に起こり得るのか?」
「現実すでに起こっています。ただそれを証明するためには、まだ時間が必要です。後二年……私が六年になった時に現れる編入生が鍵じゃないかと聞いています」
「編入生?俺もあんまり詳しくわかんねえけど、後二年も待つのか?」
「それくらいそんな苦でもないでしょう?私だってもう十三年も生きてるんですから」
「あ、いや……俺は気付いたらもう元服してたから……まだ一年しか経ってないんだけど」
「それはご愁傷様です。後二年ガッツで乗り切ってください。おそらく学園の関係者として二年間拘束されるとは思いますが、酷い待遇にはならないと思いますよ」
「俺、一応学園を襲おうとした忍だぜ?」
「それ言ったら学園長の暗殺を狙ってる男が二年後編入予定ですけど?」
「「!?」」
「あ、私もイロに聞いただけなので詳しいことは知りませんよ?鬼桜丸と同じ音の名前だったのは憶えてるんですけど、詳しくは……」
「学園長はそのことは」
 さすがに口を挟んできた木下先生に私はくつりと笑った。
「ご存知ですよ。イロが簡単に説明だけしてましたから。未来なんて不確定ですからね、“かもしれない”話は不要だと、学園長先生は仰ってましたけど」
「学園長は相変わらずってところか」
「同一視するの止めてくれます?私たちはもうこの世で生きてるんですから」
「……それもそうだな。うん、でもやっぱこれはけじめだから言わせてくれ」
「はい」
「そのイロって奴のこと、俺は知らないが、イロとお前に何かあった時は俺が力になる。俺自身に大した力はないが、忍として生きた経験値はそのままだし、もういい加減気構えも出来たからな」
 苦笑する藪ケ崎さんにも色々あったんだろう。
 あまり深く聞く必要性は感じないけれど、何となく想像が出来ないこともない。
 イロはあれでお嬢様として生まれたから、すぐにピンとは来ないかもしれないけれど、私にはわかる。
 あのぬるま湯の現代で生きてきた人間に、この室町の時代はとても辛い世情なのだから。
 どうして一人目の彼女がこの世界を望んだのかは、目先の欲に囚われただけにすぎず、哀れにしか思えない。
「これからよろしくな、片桐」
「はい。よろしくお願いします、藪ケ崎さん」



⇒あとがき
 ……木下先生が軽く空気♪
 えっと、他の先生方の存在を考えると一番この場に居て今後差支えないのが木下先生なんですよね。
 大木先生が居れば大木先生がよかったんですが、大木先生はもういなくなった後設定です。ちっ。
 代わりに野村先生をと思ったんですが、頭固そうなので却下。厚木先生でもよかったんですが、書いてる最中厚木先生の存在を忘れてました。←
20100911 初稿
20220927 修正
    
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