第参話-2

 ばたばたと言う大きな足音に、食堂に居た全員が反応を示す。
 夕食には少し気の早い時間であるためそこまで急ぐ必要はないはずなのに、そこまで慌てると言うことに皆、何かを感じたんだと思う。
「五年ろ組の葦原先輩はいますか!」
「ぐっ……げほげほっ!」
 それでものんびりと茶を啜っていた葦原先輩は、食堂に飛び込んできた一年生に名前を呼ばれて驚きのあまりむせたらしい。
 慌てて隣に居た僕は葦原先輩の背を撫でながら入ってきた一年生を見る。
 真ん中に立つのは去年卒業した三喜之助のところの先輩の弟で、留三郎の所の後輩の富松作兵衛くんだ。その手には有名な迷子コンビを繋いだ縄を握っていた。
 何事だと視線が集まる中、彼はもう一度葦原先輩の名を呼んだ。
「私がそうだが、何か用か?」
「葦原先輩!なんかよくわかんないんすけど、片桐先輩がこれっ」
 富松くんの口から出た名前に僕は思わず目を見開いた。
 今全校生徒に片桐と言う名前は二人いる。
 一人は僕と同じ四年は組の片桐三喜之助。富松くんと仲がいいのは留三郎から聞いて知っているから、多分三喜之助の方なんだと思う。
「これは竜胆と牡丹の犬笛じゃないか」
「俺たち先に戻るようにって言われて……」
「それ以外には何か言ってなかったか?」
「いえ」
「空を見てました」
「鳥が旋回していました!」
「その鳥の色は覚えているか?」
「はい!白でした!」
「そうか……善法寺、悪いが後片付けを頼んでいいか」
「え?はい」
 既に食事が終わっていた葦原先輩は、残っていたお茶を飲み干すと一年生三人の頭を順に撫でた。
「大丈夫。竜胆と牡丹と一緒に戻ってきたのなら、先生方はもう事の次第をご存じのはずだ」
「でも」
「それに、片桐はあれで実力のある奴だ」
 柔らかく微笑むと、葦原先輩は食堂を素早く後にした。

「……おい春彦、片桐ってお前の所の後輩だろ」
「あ?」
 我関せずと言った様子で食事を続けていた中原先輩が、不機嫌そうに顔を上げる。
 三喜之助自身はあまり語る事はないけど、彼は去年の秋に突然会計員から火薬委員になった。きっと理由は三喜之助だ。
「お前よく一緒に居るだろ。心配じゃないのか?」
「別に」
 興味ないと言った様子で食事を続ける中原先輩に、富松くんの握った拳がぶるぶると震えるのが見えた。
「富松く……」
「なんだよその態度!あんた先輩だろ!」
「だから?」
「っ!」
「落ちつけって作兵衛」
「私も作兵衛に同意見だ!いくらなんでもその態度はないと思います!な、三之助」
「まあそれは俺もちょっと思ったけど……」
 中原先輩は食事が終ったらしく箸を置き溜息を吐いた。
「俺と片桐の問題だろ。てめえらには関係ねえよ。一年は黙って飯食ってろ」
「なっ」
「おばちゃん、ごちそうさま。行くぞ馬鹿次郎」
「誰が馬鹿次郎だ。ごちそうさま」
「はいよ」
 多分、中原先輩は三喜之助を憎んでいるんだと思う。
 でもそれなら何故火薬委員になったのか良くわからない。
 小野田先輩が忍を続けられないほどの怪我を負ったのは確かに三喜之助と委員会の当番を交代したからだ。
 でもその交代せざる負えなかった理由は、突然の校外マラソンだったからであって、三喜之助が悪いわけじゃない。
 そもそも中原先輩と小野田先輩の仲はむしろ悪いと言う印象だったんだけど……ああ、駄目だ混乱してきた。
「で、富松くんたちは何にするんだい?」
「おばちゃん……」
 居心地の悪い空気になってしまったにも関わらず、おばちゃんはにこにこと三人に問いかけた。
 そこで僕はようやく、喧嘩をしていたのにおばちゃんが怒っていなかったことに気付いた。
 よく留三郎と文次郎が喧嘩しようとすると怒るおばちゃんが、だ。
「中原くんは相変わらずね」
 ふふっと笑うおばちゃんに僕は首を傾げた。
「相変わらず、ですか?」
「不器用さんってことだよ」
 それ以上は教えてくれないらしいおばちゃんに、僕は首を傾げた。


  *    *    *


 片桐三喜之助と言う一つ年下の忍たまは、黒ノ江のおまけと言う意味で有名だった。
 同じ学年の中で一番身長の高い黒ノ江と、一番背の低い片桐が並ぶと、親子の様にも見えると良く上級生は片桐をからかっていた。
 視界に入っても興味がなければ何の行動も起こさないらしい片桐は、そんな声を綺麗に無視して自由気ままに生活していた。
 表情は変わらないし言葉数は少ないし奇行が多いし、自分から関わるつもりは一切なくて、唯一の接点でもある小野田が片桐を構う理由を理解することが出来なかった。
 去年小野田が学園を去らなければ、俺はずっと片桐とそれ以上関わることはなかっただろう。
「兵次郎」
「あー?」
「少し出てくる」
「おー」
 見た目のガラの悪さに反して中身は真面目な兵次郎からは、予習をしているため生返事が返ってきたが、気にせず俺は長屋を後にした。
 陽が落ち切って少し涼しくなった夜風に目を細めながら、煙硝蔵を目指して歩く。
 煙硝蔵まで来ると人気はぐっとなくなり、しんと鎮まりかえった静寂だけが場を支配していた。
 すんと臭いを確かめるように鼻を鳴らせば、風に僅かな血の匂いが紛れているのがわかった。
 臭いの元は間違いなく煙硝蔵の入り口に座り込んで、小さく丸まっている片桐だろう。
「おい」
 声を掛ければのろのろと片桐が顔を上げる。
 相変わらず何を考えているのか分からない顔が俺を認めると、ぱちりと瞼が一度だけ落ちて瞬きをした。
 動きは緩慢なくせにその瞬間だけあぶくがが破裂するように一瞬だった。
「こんばんは」
「間違ってねえけど、お前、こんばんはって呑気に言ってる場合じゃねえだろ」
「全部返り血」
「洗うか着換えろよ」
 溜息交じりに言えば片桐は首を横に振った。
「もう落ちない」
「そうかよ」
 溜息交じりにそう返し、俺は片桐の横に座った。
 隣に座る事で一層強く感じる血の匂いに、生理的な眩暈を覚えながら俺は目を伏せた。
「珍しいな」
「?」
「お前が自分で動いたのがだよ」
「そう言う忍務だったから」
「葦原も?」
「そう」
 こくりと頷いた片桐はじっと俺を見上げる。
「……今日はしないの?」
「……お前この流れで盛るか?普通」
「血に酔ったでしょう?」
「それ狙いかよ」
 俺は思わず額を抑え、確信犯的に血の臭いを纏い続ける片桐の唇に己の唇を重ねた。
 この唇も片桐自身のものではなく、偽りの顔は表情を変えることなく俺を受け入れるかのように目を伏せる。
 それを見ながら俺は片桐の制服に手を忍ばせた。
 片桐にも俺にも衆道の趣味はないが、こうして煙硝蔵で約束なく落ちあえば話をしたり、今日みたいに情を交わす事もある。
 だからこそ俺は片桐の本質を知っている。
 俺が最初に抱いた時からこいつは男を知っていたのだから、もしかしたらその相手もこいつの本質に気付いているかもしれない。
 それでも学園では俺一人だけだろう。

 “片桐三喜之助”はこいつ自身が作った存在しえない一個人の表面だ。
 無感情に、無感動にと徹する内に身に付いたんだろう処世術。
 こいつは恐れを総て感情の奥底に沈めて誤魔化している。
 俺を通じて、同じ名を持つ“春彦”とやらに救いを無意識に求める片桐の本質は―――“女”だ。



⇒あとがき
 あれ?書きたかった事が書ききれてない。
 もう一体どうしたらいいんだ\(^o^)/
 そして伊作視点に前半してみたものの伊作目立たない。ちょっと伊作頑張ってよ!←
 次回は兵助視点……になればいいな。
20100605 初稿
20220926 修正
    
res

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