第弐話-2

 医務室に向かっていると、医務室の前で立ち止まったままの紫色の制服が見えた。
 薄暗い所為で顔が見えないけど、それが中原先輩だとすぐに分かった。
「心配?」
「!」
 声を掛ければ、中原先輩がぎょっとした顔で私を振り返った。
 隈の濃い顔が何か言いたそうに口を開いて、だけど背を向けて走り去ってしまった。
 四年生も確か消火活動に参加していたと思ったのだけど、抜けてきたのかしら。
 気にするのは後にしようと私は医務室の戸に手を掛けた。
「あ、三喜之助」
 布団に横たわる富松先輩の腕に包帯を巻きながら、伊作が顔を上げる。
「もしかして三喜之助も火傷したの!?」
「違う」
 私は医務室の中に入ると、空いてる布団の上に浦安の身体を横たえさせた。
 奥にある衝立を見れば、楠木先輩が灯を持って、校医の新野先生と美濃先輩と葦原先輩の三人が小野田先輩の治療をしているのが見えた。
「伊作、過換気症候群はわかる?」
「かかん……?……ごめん、わかんないや」
 しゅんとなった伊作に私は別にと声を掛けると、諦めて衝立の方へと近づいた。
「小野田先輩と一緒に居た一年、過換気症候群。後、気道熱傷の疑いあり」
「片桐、なんでさっき言わなかったんだよ」
「その後だったから。とりあえず気絶させた」
「その処置間違ってるってのは……」
「わかってる。でも、大木先生役に立たなかった」
「あー……大木先生なら仕方ない。新野先生、一年は俺が見ます」
「ええ、お願いします」
「片桐は風呂行って来い。その格好のままだと風邪ひくぞ」
「ん」
 こくりと頷き、私は後を先輩方に任せて医務室を後にすることにした。
 戸を引き外へと出ると、ふと足音が届いて音の方を見た。
「っ……片桐先輩!」
 軽い足音は私の姿に気づくと更に勢いを増して私に向けて体当たりしてきた。
 別に避けられないことはなかったけど、今避けて怪我人が増えても困る。私は足に力を入れて踏ん張り、自分よりも少し体格の大きな兵助を受け入れた。
「……かったっ」
 力いっぱい抱きしめて肩を震わせる兵助に私は溜息を一つ吐いた。
「良くない」
「あの、怪我人がいると聞いたんですけど……」
「お前保健委員?」
「はい。二年ろ組の福屋文右衛門です」
 いい返事をした少年は少女のように愛らしく、だけど保健委員らしく怪我人は放っておけない性格らしく心配そうな顔をしている。
 伊作が少し青い顔をしていたけど、人出はあまり足りていないのだろうことは分かる。
「……奥には近づかない方がいい。酷いから」
「っ……はい」
 緊張が走った様子の福屋は、恐る恐る医務室の中に入ると美濃先輩に声を掛けて早速こき使われ始めた。
「……お前はいつまで泣いているの」
 しゃくりあげながらも腕を解く様子のない兵助に、私はその奥にいた四人に目を向けた。
 兵助や福屋と同じ青の制服を着た四人は三郎様と……その他大勢。不破しか名前は知らないけど、心配して付き添って来たんだろうと思う。
 誰か喋る様子のない兵助の代弁してくれないかなと見ていると、ぼさぼさ髪の少年が三郎様達に押されて私の前に差し出された。
「で?」
「あの、えっと……兵助、煙硝蔵の爆発の話聞いてからずっと心配してて……ほら、兵助、片桐先輩に懐いてたし……えっと、片桐先輩が無事で安心したんじゃないかなーと……」
「そう」
「ハチ」
「だからなんで俺に説明させるんだよ。……あーっと、片桐先輩はなんで無事だったんすか?」
 三郎様に話を促される、ハチと呼ばれた少年に私は瞬きを一つして答えた。
「校外マラソンだったから」
「それで帰ってこれなかったんすね」
「だから変わってもらってた」
 そう答えるとびくりと兵助は肩を揺らし、ますます力を加えてきた。
 普段はマイペースな癖にとんだ甘えん坊だ。久々知もそうだったのかしら?
 私はふうと溜息を吐くと抱きついたままの兵助の身体を無理やり持ち上げて三郎様達に目を向けた。
「ここ邪魔」
「う、お……はい」
「片桐先輩すごい怪力……」
「えっと……片桐先輩」
「何」
「制服が濡れてますけど、大丈夫ですか?」
「あまり」
「あ、じゃあ服を……僕……のじゃ大きいし……ハチだと汚いし」
「汚いって雷蔵……」
「だって事実だろう?うーん、だとしたら勘ちゃんと兵助……かな……三郎は人に服貸すの嫌でしょ?」
 でしょう?と聞くように言いながらも三郎様には聞いてない辺り、三郎様が不破を気に入っているのが分かる気がする。
「でも体格的には三郎と文ちゃんが近いけど文ちゃんは委員会中だし……うーん」
 歩きながらも悩みはじめた不破の足が段々遅くなる。
「雷蔵、私、片桐先輩なら別に構わないぞ」
「え?」
「片桐先輩、結構綺麗好きだし、ちゃんと洗って返してくれますよね」
「当然」
「ならいいです」
 にこりと不破のような笑みを浮かべて言う三郎様が、決して私の為に言っていないことは分かる。
 三郎様は本当に不破を気に入っておられるようだ。
 でも私がミキだと言うことを差し引いてもバレてしまうような嘘は減点。まだまだですよ、三郎様。
「じゃあ私たち、服取ってくる。案内は任せたぞ、勘ちゃん、ハチ」
「え、三郎?」
 三郎様は雷蔵の手を引くと我先にとばかりに走っていく。
 仲がいいのはいいけど……本当、寂しい。
「片桐先輩?どうかしました?」
「お腹空いた」
 そう声を掛けられて立ち止まっていた足を再び動かしだした。
「あ、それわかります……食事取ってきましょうか?」
「なら、私の部屋に持ってきて」
「え?」
「服、借りなくてすむでしょう?」
「あ、そうっすよね!」
「任せた」
 ハチと呼ばれていた少年を置き去りに歩き出すと、勘ちゃんと呼ばれていた少年は、一瞬どちらについて行くか悩んだものの、私たちの後を追うことにして着いてきた。
「……あの」
「何?」
「兵ちゃん、重くないですか?」
「重い」
「……だってよ、兵ちゃん。片桐先輩に迷惑かけないで、下りなよ」
 いやいやと首を振る兵助に私は溜息を一つ吐いた。
「お前、部屋に戻ったら放るからね」
 たとえ兵助が嫌がろうと、私は着替えないと風邪を引いてしまう。
 私はすたすたと無言で歩き、気まずそうな少年だけがどうしようと言うように追いかけてくる。
「……お前、名前は?」
「え?」
「お前の名前」
「あ、尾浜勘右衛門です。兵助と同じ二年い組です」
「そう。覚えておく」
「はい」
 部屋の前に着くと、尾浜が戸を引いてくれたので、部屋の中に入りながら兵助を無理やり引き剥がした。
 また貼りついてこようとする兵助に「待て」と、犬のように指示をして押し入れから服の替えと制服の替えが入っている葛籠を引っ張りだした。
 替えと手ぬぐいを手に取ると、ちらりと尾浜を見た。尾浜はどうしようと迷ったが兵助の隣にちょこんと座った。
 二人が見ている前で着替えたくない私は、鬼桜丸の着替え用にと一応用意しておいた衝立に隠れながら着替えることにした。
 一瞬不思議そうな尾浜と目があったけど、尾浜は首を傾げるだけで詮索する気はないらしい。いい子だからそのまま大人しくお座りしていて欲しい。
「お、ここか?」
「ハチ、違う。その隣が黒ノ江先輩の部屋」
「はは、悪ぃ」
「もう……片桐先輩、開けても大丈夫ですか?」
「ん」
 どこで合流したかは知らないけど、三郎様達は三人一緒に来たらしい。
「あの、俺たちの分も持って来たんですけど、ここで食ってもいいですか?」
「別に構わない」
「よかった。ほら兵助、お前の好きな豆腐あるぞ」
 兵助は首を横に振って食事を拒否した。
 私は不破から自分の分を受け取って両手が塞がってしまったので、諦めて兵助の頭に踵を落した。
「っ!?」
「ちょっと、片桐先輩!?」
「お前、鬱陶しい」
 驚く不破を尻目に私は兵助にそう言った。
「面倒増やすな」
「痛いっ、片桐先輩痛いです」
「痛くしてる」
 頭を畳に擦りつけるように踏めば兵助が文句を言う。
 私を止めるべく三郎様達が手を伸ばす前にひょいっと兵助から退けば、二年生が団子状にまとまっていた。
 食事を死守していた不破と尾浜が呆れたように私を見ていたので、私は首を傾げた。
「何?」
「あ、いや、別に……」
「座れば。座布団いるならあっち」
 私は自分がいつも使っている座布団に手を伸ばし、畳の上に盆を置いた。
「いただきます」
「……片桐先輩って、結構我が道を行きますね」
「悪い?」
「あ、いえ……」
 尾浜と不破は、迷いながらも三郎様達と一緒に私を含んで輪を作るように座った。
 三郎様が正面に居るなんていい席順かも、なんて思いながら煮物を頬張る。
 戸惑いながらも、お腹がすいているのか食事に手を伸ばす三郎様達と違って、兵助は中々膳に手を伸ばそうとしない。
「兵」
「片桐先輩」
「……何」
「先輩達はどうなんですか?」
「今更」
 私は目を細め、溜息を零した。
「富松先輩は打撲と裂傷。小野田先輩は重度の火傷。浦安は過換気症候群と気道熱傷の疑い。それ以上は知らない」
「そう、ですか……っ」
 兵助は袴を強く握り俯いて肩を震わせる。
 泣いているのだろう。嗚咽が聴こえる。
「小野田先輩は……もう忍にはなれないと思う。あれは少し、酷い」
 衝立の奥に見えた小野田先輩の火傷痕は酷いもので、新野先生と先輩方で必死に破片を取り除いていたけど、あれは残るかもしれない。
 火傷の範囲も酷かったし、この時代の技術では正直、その命すら危ういだろう。
「そんなに酷いんですか?」
「……範囲が広すぎる。完治は難しい」
「そう、ですか」
 落ち込んでしまった二年生たちに命すら危ないかもしれないと言う言葉は飲み込んだ。



⇒あとがき
 次に行く前にちょっと入れておきたかったのですが……この先はオリキャラまみれになりそうなので次の話でネタ小出しにします。
 どうしても大木先生に頭撫でてほしかったのと飛びつく久々知が書きたくなって書いただけなので……すいません。
20100511 初稿
20220923 修正
    
res

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