07.休錬
朝、妙に早い時間に目が覚めて欠伸を噛み殺しながらも広いベッドの上で伸びをする。
無駄に広い部屋の中は静かで、きっと部屋の外も静かだろうが、キッチンの方はいつも通りに騒がしいのだろう。
携帯を開いてみれば六時二分と何時もなら目にしない数字に「うわっ」と思わず呟いた。
何となく朝が早い印象のある池上はもう起きているのだろうか。
そう思いながらもいつも通りのメールを作成して送信ボタンを押す。
「ねえ……それ、私でもいいかな」
明確に好きだと言われた訳でもない始まりは、曖昧だがそう言うのも悪くはないと思う。
勘右衛門の言う通り、八方美人と言うか、周りに溶け込むのが上手い池上がまさかあんなことを言うなんて思わなかった。
顔は普通だし、性格も割と普通。
何人かで固まっていたらきっと見逃してしまうほどの十人並みの言葉が似合うのに、中身が結構読めない奴で面白い。
ウィークリー彼女だなんて言ったり、昼食を別にしたがったり……やっぱり池上は俺の事別に好きじゃないんだろう。
でも、可能性はゼロじゃない。
俺はそうやって週の初めにそうやって期待してきた。
でも相手に対する自分の気持ちは動かず、虚しさだけが週末に訪れる。
恋をしたかしないかの周期を一週間と決めたのは雷蔵の、きっと本人にしてみれば何気ない一言からで、特に意味はなかったけど、俺は一週間を短いとは思わない。
俺が知ってる恋は一瞬で始まり、俺の目の前で日ごと落ちて行った。
現在は隣のは組の委員長をしている錫高野美土里は竹谷八左ヱ門に恋をしている。
不器用な性格をしている彼女は中学の時からずっと片思いを続け、未だ八左ヱ門に告白すらできていないが、恋をしている彼女はとても穏やかな目をしていた。
あんな目を俺も意識せずすることが出来るのだろうかと思いながら、俺はこの周期を終わらすことが出来ないでいた。
「ん?」
ふと携帯が着信を告げ、俺は一度閉じた携帯を開く。
池上からだとすぐにメールを開くと、件名の『おはよう』と言う返事に頬が緩む。
本文には『朝早いんだね。ちょっと吃驚しちゃったけど、もしかして休錬参加するの?』とあって思わず首を傾げる。
「……休錬?」
思わず思ったことをそのまま返信にした。
返って来たのは『鉢屋くん弓道部でしょ?』と言うさも当たり前と言うような疑問だった。
「なるほど。……って、なんで池上が弓道部の休錬日を知ってるんだ?」
思わず首を傾げたが、弓道部が大川高校でも一番人気の部活でもあるから知っていても不思議ではないかと納得することにした。
特待生は俺だけではないし、特待生じゃなくても成績優秀な奴は多い。特に一個上の学年。
剛の弓を得意とする潮江文次郎先輩に、柔の弓を得意とする立花仙蔵先輩と食満留三郎先輩。
この三人は別名大会荒らしとも言われるほど必ず優秀な成績を残し、全国に名前を轟かせている。
まあ俺が入部してからその順位は大分荒れているみたいだが、その辺りは興味のない事だ。
俺は特待生である故の成績を残せればそれでいい。
周りの評価に揺れず、周りの言葉に流されない弓。それが俺の弓道。
「早起きしちゃったし、行くか」
どうせ二度寝をしたら起きれなくなるんだ。それなら素直に起きて休錬に参加するのも悪くない。
「池上、見に来ないかな……」
ちょっと期待してメールを送れば、さっきはすぐに返ってきた返事が来ない。
なんでだ?と思いながら先に制服に着替えていれば、いつの間にかメールが返ってきていた。
時間が掛かった割には至ってシンプルに『ごめん。宿題終わってないから教室にいるよ』と言う内容。
「うーん?」
これは躱された……のか?
微妙な所だが、まあいいか。
* * *
朝の涼やかな空気の中、ずらりと並んだ先輩方の弓が的を射抜く。
28m先にある的に見事皆中したのは僅かに三人。もちろん潮江先輩、立花先輩、食満先輩の三人だ。
美しい残身に幾人かの口から溜息が零れるのは仕方のない事かも知れない。
特に立花先輩の残身は美しい。これは俺も見習わねばと思っているが、これには立花先輩自体の残心が美しいからだから真似は出来ない。
俺も皆に交じって素直に先輩方への拍手をした。
「おい留三郎。お前少し会が長かった。癖付くぞ」
「……分かってる」
部長でもある潮江先輩の言葉に食満先輩は弓懸を嵌めた右手をぎゅっと強く握った。
普段は何かある度に喧嘩する二人だけど、弓道場で喧嘩したことはあまりない。
それだけ二人がここでは平静を装っているのだろうが、今日の食満先輩は確かに少し様子が可笑しい。
「……池上さんか?」
ぼそっと言った兵助に俺は隣に座る兵助を見る。
兵助は俺の視線に気づき、自分が思わず言葉を口にしていたのだと気付いたのか口を噤んだ。
どうやら言う気はないようだ。
だがなんで池上の名前が今ここで出るんだ?
「次、二年。射位へ」
疑問に思いながらも、俺は顧問である厚木先生の声を聴きながら一度目を伏せ心を静めた。
俺の心は何時乱されるのだろう。
それが待ち遠しいなんて、弓道家としては失格だろう。
⇒あとがき
本当は間に夢主視点入れてから鉢屋視点に戻そうかと思ったんですが、短くなると思ってそのままこっちに入れました。
管理人は弓道詳しくありませんが、高校の時は部室から弓道場が良く見えたので良く覗き見はしてました。
意味とか用語とか詳しくないのは未だに、ですけど。
そしてディフォ名で呼んでる方はお気づきかとは思いますが、こっそり『冬に咲く花』の夢主も出してみました。与四郎先輩出したしね!※
20110228 初稿
20220728 修正
※(追記)
PC閲覧は全話共通名前変換のためディフォ名でない限り判別ができないための表記です。
携帯は変換欄に『冬に咲く花』夢主と記載させていただきました。
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