06.モーニング

 私の朝は毎朝五時ピッタリ、目覚ましの音に促されて始まる。
 少しぼんやりした頭で目覚まし時計を止めると、欠伸を一つ。
 温かい布団の中は心地いいけれど、ゆっくりとしているしている時間は私にはない。
 伸びをして身体を解しながらベッドから抜け出し、壁に掛けてある制服に手を伸ばす。
 化粧をしないからと言って、身嗜みに気を使ってないかと言ったらそうではなく、ベッドサイドに立てている鏡を見ながら櫛を通し、寝癖で飛び跳ねている箇所があればヘアアイロンで直した。
 ここまで準備が終わればまだ寝ているだろう家族に気を使って昨日の内に準備しておいた鞄を手に静かに部屋を出る。
 洗面所で顔を洗って、ついでに歯も磨く。
 化粧はしないけど、唇が荒れやすいのでリップを一塗りだけして、今度は台所に移動する。
 大分慣れてきた綺麗で前より広い台所に入ると、真新しい私用の椅子の背に鞄を掛け、代わりにそこに掛けておいたエプロンを身に纏って「よし」と気合を入れる。
 気合を入れると言っても朝は皆パン食なので、主にお弁当の為だ。
 小さい頃に母子家庭になってしまった私は家事を率先してするようになった。
 それはお母さんがが再婚した今も変わらず私の役目。お義父さんも娘の手料理が食べれると喜んでいるし、再婚したことで週末はお母さんが晩御飯を作ってくれるようになって私も少し楽が出来るようになった。
 本当は再婚するときに毎晩お母さんが晩御飯支度するよって言ってくれたけど、小学生の頃から続いたこの習慣を今更変えるのも面倒で、家事が好きだからいいよって断った。
 そんな私をお母さんが大好きと抱きしめてくれるだけで、例えお義父さんの連れ子に嫌われていようと私は満足なのだ。
 そう、お義父さんには前の奥さんとの間に子どもがいるのだ。
 私の一つ年上で、私と同じ大川高校に通う三年生―――食満留三郎先輩。
 同じ学年にまるで双子のように顔がそっくりな従兄弟の錫高野与四郎先輩がいて、二人は不破くんと鉢屋くん以上に見分けがつかない。
 見分けを付けるとすれば二人の表情位じゃないだろうか。
 食満先輩の方が何時も怒ったような顔をしていて、錫高野先輩の方が何時も優しい笑みを浮かべている。
 引っ越しの時に手伝ってくれた錫高野先輩は私に対して優しく接してくれたけど、食満先輩は相変わらず私に構うなオーラを放ってくる。
 GW中に両親が旅行に行ってる時なんて、家には帰らず友人宅で過ごされて一人っきりの食卓には思わず溜め息を吐いたものだ。
 しかも基本的に連絡なしだったので二人分の食事の残りは翌日に消化しなくては行けなくなってしまって大変だった。
 再婚には反対しなかった癖にと思わず言いたかったけど、両親の手前そんな事を口に出したことはない。
 私一人がぐっと堪えて我慢すればいい話だと、諦めている。
「だめだめ」
 暗い気持ちで作ったご飯はおいしくないのだと私は首を横に振った。
 お弁当のおかずは基本作り置きのものが中心になるけど、朝ごはんの準備もある。
 昨日の内にスイッチを入れていた炊飯器が炊き上がったと音が鳴るのを聞き、ああもう二十分経ったのかとのんびり思いながらも手は素早く動く。
 いつも通りのごはんと味噌汁に今日は塩鮭と法蓮草のお浸し。
 法蓮草のお浸しは昨日の内に作っていたもので、ちょっと量が多かったかなと思いながらもそれをお弁当にも詰めていく。
 お弁当の中で唯一朝必ず作るのが卵焼きだ。
 お母さんはあっさりとした近所のおばちゃんに教えてもらった出汁巻き卵が昔から好きで、お義父さんもそれを気に入ってくれたみたい。
 私は少し甘めの塩と砂糖のシンプルな卵焼きが好きで、二人の分とは別に作っている。
 卵一つで作るよりも二つで作った方が綺麗に出来るので、以前はスクランブルエッグにしていたそれを綺麗に巻くと、残りは食満先輩のお弁当箱に入れた。
 今まで文句を言われたことはないけど、残したことはないから別に問題ないとは思うけど、家族になって一か月半。私は未だに食満先輩の好みがわからない。
 だからお弁当の中身にはお母さんの好きなポテトサラダが週に二回以上は入るし、義父が好きだと言ってくれた蓮の金平も週に二回くらい入れる。
 せめて嫌いなものが分かればいいんだけどと思いながらも食満先輩が食事を残したのは一度もなかった。
「あ、もう六時だ」
 朝の時間は早いと言うけど、本当で、私は慌ててご飯を盛りつける。
 毎朝休錬の日でない日も早く学校に行く食満先輩はもちろんの事、両親は朝の朝は忙しい。
 お母さんは起きてすぐにバタバタと化粧を始め、お父さんはゆっくりと新聞を読み進める。
 私と食満先輩はさっと朝食を済ませると食満先輩は朝練、私は予習にとそれぞれ早めに学校に向かう。
 少しずつ慣れ始めた生活だけど、通学が徒歩と電車になったのは少し難点かな。まあでも辛い坂道を上り下りして自転車で通学するよりは楽になったかな。
 ふとポケットの中に押し込んでいた携帯が鳴り、私は慌ててそれを取り出した。
 短い着信音でメールだとは分かったけど、相手の名前を見てぱちくりと瞬きをしてしまった。
 『おはよう』と短く書かれた鉢屋くんからのメール。一瞬何故?と思ってしまったけど、そう言えばお付き合いをしているとこういうやり取りもあるのかと納得もある。
「……お目覚めメール?」
 でももう起きている。なんとなく可笑しくて笑ってしまった。
「おはよう美沙ちゃん。楽しそうだね」
 そう声を掛けられ、顔を上げる。
 これから洗面所に向かうのだろうまだパジャマ姿のお義父さんの姿に私は笑みを浮かべた。
「おはよう、お義父さん」
「もしかして彼氏かい?」
「えっと……お試し、かな?」
「お試しかぁ。美沙ちゃんは慎重派なんだね」
「と言うか向こうが慎重派なのかも。ちゃんとお付き合いする人が出来たらお義父さんにも紹介するよ」
「うーん、それはそれでショックだからもう少しゆっくり検討してね」
 おっとりと話をするお義父さんに私はくすくすと笑った。
 娘が欲しかったと言うお義父さんは私を気に入ってくれていて、すごく甘やかしてくれる。
 まだ短い付き合いではあるけど、お父さんと同じ位に今のお義父さんも大好きだと胸を張って言える。
「あんまりのんびりしてると遅刻しちゃうな」
 ふふふと笑いながらお義父さんは洗面所の方に歩いていき、少し離れた部屋から聞こえるお母さんの「口紅きれてるー!?」の悲鳴に額を押さえた。
「お母さん、昨日の内に気づこうよ……」
 苦笑しながら、私は鉢屋くんへ返信すべく新しいメールを作成した。



⇒あとがき
 思いのほか月曜が長くなりましたが、この調子だと火曜も長くなりそうです。
 原作だと早起きするのは三郎の方でしょうが、夢主の家族構成説明のためこんなことに。
 本当は留三郎と与四郎を双子にして、お義父さんの名前を溜五郎とかにしてやろうかと思いましたが、止めました。双子の兄とか面倒だ\(^o^)/
20110228 初稿
20220725 修正
res

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -