04.八方美人

「今の誰?」
 きょとんとした顔で開口一番に切り出したのは兵助だった。
「池上美沙ちゃんだよ」
「雷蔵と席近いから見たことあるだろ?」
「いや、あるけど……三郎と仲良かったか?」
「今日から仲良し」
 そう答えると八左ヱ門と雷蔵の二人が目を丸くした。
「まさか、嘘だろ?」
「え?本当に?」
 そう言う二人に思わず眉根を寄せる。
「どう言う意味だよ」
「だってどう見たって相手にされてないよ。普通に友達の間違いでしょ?」
 雷蔵の遠慮のない言葉が胸に深く突き刺さった。
 一応彼女だよって言いたいけど、池上はちょっと変わってて、俺に告白らしいものをしなかった。
 多分、俺は池上にとって都合のいい人間だったんだろう。
 だから一週間彼女に欲しいと言ったんだろうと思う。
「俺としては美沙ちゃんが誰かと付き合おうって考える事自体、え?本当に?って感じだけどね〜」
 のんびりと言う勘右衛門に一斉に俺たちの視線が向かう。
 それを気にした様子もなく、勘右衛門はまるでリスのようにバームクーヘンを一皮ずつ削るように齧る。……楽しいか?それ。
「勘右衛門は彼女を知ってるのか?」
「知ってるよ。美沙ちゃんとは幼稚園、小中高一緒だからね」
「おほー。それは貴重な証人だ。なあ、池上ってどんな奴なんだ?」
「八、お前はクラスメイトだろ?」
 何を言ってるんだとばかりに言う兵助が眉根を寄せながら見やれば、八左ヱ門は「いやー」と後ろ頭を掻きながら笑ってごまかした。
「美沙ちゃんは、八方美人だから仕方ないよ」
 にこりと笑って言う勘右衛門に俺は眉根を寄せた。
 兵助もあまりいい顔はしなくて、雷蔵は苦笑を浮かべた。
「八方美人って……良い意味、だっけ?」
「はあ……八左ヱ門、少しは勉強しろよ。八方美人はあんまり良い意味じゃない。勘右衛門も、そんな笑顔で言う事じゃないだろ?」
「うん。でも客観的に見るとそうだよ。八左ヱ門たちから見た美沙ちゃんってどんな人?」
「明るい奴じゃね?」
「大人しい子だなって思ってたけど?」
「真面目なタイプだと思ったが?」
「つまりそういう事なんだよ。美沙ちゃんは周りに良い人に映るくらいに適度に八方美人を気取って壁を作ってるの」
 確かに池上はクラスに溶け込んではいるが、自分から率先して何かをしたりすることはないし、周りに誘われればついていくと言った印象だ。
 ああ、だから池上の印象が薄かったのか……。
「昔は違ったんだけどね」
 苦笑を浮かべながら勘右衛門はパックジュースの口を銜えた。
 雷蔵が言い淀んだ事といい、勘右衛門が苦笑した事といい池上は本当に色んな顔を俺に見せる。
 多分、今までの彼女と比べると池上は何倍も俺の興味を引く存在だと思う。
 だけど期待してはいけないのだと同時に思ってしまうのは、池上の俺に対する認識の所為なのだろう。
「八方美人って言ったけど、本当に良い子だよ。真面目で、優しくて、自分の事は二の次。どんなに辛くても笑うから、本気じゃなくても三郎に告白したって事は期待、かな」
「あ、やっぱり本気じゃないんだ」
「え?だって美沙ちゃん……っと、これは言わない方が良いか」
 勘右衛門は慌てて自分の口を押え、危ない危ないと笑う。
「池上さん、か……」
 一番接点のない兵助がじっと池上の居ない席を見つめる。
 兵助も何か思う所があったのだろうか。
 あの兵助がまさか一目惚れ!?
 ……いや、ないか。兵助の一番は何時だって豆腐だし、兵助の好みは豆腐のように色の白い子だ。
 池上はそんなに色が白いと言う程白くはないが、あまり日焼けしていない方ではあるかな。
 まあまだ五月だし、日焼けしてる奴なんて運動部の奴ら以外居ないけどな。
「池上さんと付き合うって事は……お前部活サボる気か?」
 ちらりと兵助が俺を見て言う言葉に思わず目を見開く。
「いや、必修日は参加すると思う、けど?」
 うち部活は必修だから最低限月・木は部活動の日となっている。
 俺と兵助が所属する弓道部はこれに水曜と日曜日が含まれ、その他に休錬と言うものが一応あるが、俺は休錬に参加したことがなければ、全体練習である日曜日以外は結構サボる。
 一応弓道の推薦入学をしている身としてはちゃんと部活に参加するべきなんだろうが、部活に参加するより夜の間の好きな時間に近所の弓道場に行った方が集中できる。
 部活は成績を残せばいいから顧問の厚木先生もあんまり怒らないけど、きちんと部活に参加してほしいみたいなことを何度か言われたことがある。
 でも部活に積極的に参加する気があんまり起きない。だから彼女と一緒に居る。
 ……そんな悪循環。
「三郎、池上さん部活に入ってないよ?兵助がそれ知ってたのは意外だけど」
「タカ丸さんが社貢部だから」
「ああそれで」
 納得する雷蔵に俺は首を傾げた。
 タカ丸さんって言うと確か高校入学と同時に留学じゃなくて実戦で揉まれるんだとかなんとか言って海外の美容室の見習いを熟して戻ってきたカリスマ美容師の息子だ。
 二年間学校に所属していたわけではないし、ただの休学だったから、年は一つ上だけど、学年は一つ下な金髪で目立つ先輩だ。
 校則自体が緩いからその金髪が許されているけど、あの人はちょっと変わってると思う。
 ちなみに兵助とタカ丸さんは同じ放送委員会で、髪が綺麗だからと言う理由で随分と懐かれているらしい。年上に懐かれてるって変な話だけど。
「タカ丸さんって社貢部だっけ?」
「そりゃそうでしょ。なんたってカリスマ美容師の息子だよ?家が忙しいなら手伝わなきゃ」
 八左ヱ門の疑問に勘右衛門が何を言ってるのと言うように言った。
 社貢部―――正式には社会貢献部は帰宅部と言う選択肢がないため生まれた部活で、活動は月に一度。
 学校周辺の清掃活動だとか、福祉施設の訪問とかそう言う活動らしいけど、詳しい事はあんまり知らない。月一でしか活動してないしな。
「集合場所に行くのが心細いとか言って連れて行かれた時に居たんだよ。あの日、女子は池上さんだけだったから覚えてる」
 社貢部の入部には面接試験がある。
 つまりきちんとした他の部に参加できない理由がなければ入部できない部活で、池上にはタカ丸さん同様それがあるんだろう。
 そう言えば雷蔵が委員会の当番、池上は昼の当番である中在家先輩と交代してるって言ってたし、家が自営業か何かで放課後は忙しいんだろうか。
 帰りは一緒に帰りたいが、部活……池上が真面目だと言うのなら参加しないと嫌われるかな?どうだろ。



⇒あとがき
 勘ちゃんと夢主はどっちかって言うと腐れ縁的な感じ。
 クラスも何度か同じになったことがあるくらいで、基本的に家の場所はお互い知らないけど、大体この辺りかなー位の認識。
 お馬鹿な八が愛しいんですがどうしたらいいかな(^p^)←
20110226 初稿
20220721 修正
res

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