03.ランチタイム

 授業の始まりだか終わりだかわからないけれど、チャイムの音に起こされるように目を開くと、腹痛よりも空腹感を覚えてお腹を擦った。
 寝起きの少しぼんやりした頭のままゆっくりと身を起こせば「おや」と言う優しげな男性の声が聞こえた。
「目が覚めましたか?」
「あ、はい」
 スリッパの音が近づき、ベッドの側に現れたのは保健室の主―――新野先生だった。
「生理痛だそうですが、薬は飲んだんですよね?もう痛くはありませんか?」
「大分楽になりました」
「無理はしないようにしてくださいね」
「はい」
 にこりと安心する笑みを浮かべた新野先生に私は笑みを浮かべて頷いた。
「教室に戻りますか?丁度今四時限目が終わったところです」
「あ、そうなんですね」
 眠りについたのが三限目の途中だから二時間近く眠っていたことになる。
 妙にすっきりした気がするのは久しぶりにゆっくり眠れたからかな。春からこっち、家でも気が抜けなかったからなあ……。
 私はベッドから足を下ろし、スリッパに足を掛けた。
 新野先生が机の方に戻っていくのを見ながらこっそり携帯を取り出してサブディスプレイを確認すると、ふわりふわりと淡い光がメールか電話かの主張をしていた。
 どちらかわからないけど、後で確認しようと再び携帯をポケットに押し込んだ。
 今まで保健室を利用したことはないけど、確か利用者報告書か何かに名前を書かなきゃいけなかったはずだ。
 保健室の中央に設置されている机の上にあるそれを見つけて歩み寄り、私は表を覗き込んだ。
 一番下には二年ろ組池上美沙と既に名前が記入されており、理由もしっかりと生理痛と記入がありベッド使用等の欄にもチェックが入っている。
「ああ、鉢屋くんですよ」
 首を傾げている私に新野先生がそう言った。
「え?いつまで居たんですか?」
「私が戻って来るのと入れ違いで教室に戻っていきましたよ」
 くすくすと笑う新野先生に、なんだか気恥ずかしさを覚えた私は慌てて頭を下げて「失礼します」とそそくさと保健室を後にした。
 特別棟から校舎棟に向かい、玄関側の階段を上って三階にあるのが二年生の教室だ。
 四限目が終わったと言う事で昼食を楽しみに教室を出てくる生徒の波を縫うようにして教室の中へと入った。
 二年ろ組の教室は昼休みになると普段以上に賑やかになる。
 二年の中でも上位を占めるの美形が五人も一堂に会するのだから当然と言えば当然なんだろうけど。
 ちなみにその美形と言うのは鉢屋くんたち三人と、隣のい組の久々知くんと尾浜くんだ。
 それぞれ違うタイプだけど、皆カッコいいのは確かで、そのうちの一人が今私の彼氏なのかと思ってもなんだか実感がわかない。
 夢を見ていたのだと言われた方がなんだか妙にしっくりと来る気がした。
「あ、美沙ちゃん。もういいの?」
「うん。薬飲んでゆっくり寝させてもらったから」
「そっか。あ、一緒にご飯食べない?」
「ごめん、今日図書室の当番なんだ」
 両手を合わせれば、残念そうに「そっかあ」と返事が返ってきた。
「ごめんね」
 もう一度そう口にしながら席に向かうと、近くの不破くんの席を中心に固まっている鉢屋くんたちが目に入った。
「あ、池上」
「ん?」
「メール見た?」
「ううん」
 首を振った私に鉢屋くんはがくりと肩を落とし、溜息を吐いた。
 昼休みに先生が教室を訪れることはないので、私は携帯を取り出した。
「あ、いや……削除していいから」
「?」
 なんでもないと言うように鉢屋くんは片手を振った。
 そう言われると気になるもので、私は携帯を開きメールを開封した。
 そこには『昼、一緒に食べないか?』と書かれていた。
「あー……ごめん」
 さっきの会話を聞いていたのだろう鉢屋くんは「いや」とゆるりと首を横に振った。
「昼の当番の日って図書室で食べるのか?」
「食べてから行ってもいいんだけどね。司書の先生と一緒に食べる習慣がついたと言うか……まあ、でもお昼はちょっと……」
 鉢屋くんの彼女がいじめられたとかそう言う噂は一切聞かないけど、不破くんたちは別。
 特に久々知くんのファンは怖いから一緒にお昼ご飯食べたら恨まれそう。……って言うか、お昼はどっちかって言うとこのメンバーから鉢屋くんが抜けてたイメージがあったんだけど、どうしてだろ。
「当番頑張ってね」
「あ、うん」
 にこりと不破くんに微笑まれ、驚きながらも私は頷いた。
 鉢屋くんと同じ作りの顔だけど、多分鉢屋くんはこんな柔らかで甘い笑みは浮かべないんだろうな……って言うのは私の勝手な想像であって、もしかしたら鉢屋くんだってこんな笑みを浮かべることがあるかもしれない。
 ……想像しがたいけど。
 私は携帯をポケットに戻しながら自分の席に歩み寄ると、机の横に掛けた鞄からお弁当と返す予定だった本を手に教室を後にした。
 基本的にお昼は図書室か吹き抜けの渡り廊下か園芸部のビニールハウスにお邪魔してるから誰にも覚られていないけど、このお弁当の中身も見られる訳にはいかないって理由もあったりする。
 別に見られたからって誰かに覚られるわけじゃないだろうけど、それでも誰かに見られたいとは思わない。
 だって、このお弁当一つで私の平穏が完全に壊れてしまうのだから。
 鉢屋くんの彼女に立候補したのは鉢屋くんとは一週間だけの付き合いだって最初からわかってるからであって、その一週間が過ぎてしまえば私はたった一週間の幸運に当たっただけど一人として皆にまた紛れられる。
 だから問題はないって、そう思うんだけど……。
「失敗したかなぁ……」
 思わず呟き、溜息が零れる。
 鉢屋くんは弓道部の特待生だ。あの人と嫌でも会う可能性がある部活の時間帯も避けないと……。
 私はちらりと渡り廊下から三年生の教室がある二階の方角を見下ろした。
 ここからじゃあの人は見えないし、あの人から私も見えない。
 でも見えたところできっとあの人は私の事など眼中にはないんだろうけど。
「……っ」
 あ、また吐き気。本当、嫌になる。



⇒あとがき
 紫乃の代わりの要素"あの人"。これはまだちょっと内緒で♪
 まあなんとなく関係は推測できるでしょうが(笑)
 教室の配置ですが、三年が二階、二年が三階、一年が四階と言う設定です。
 ちなみに一階は定時制用の教室と言う裏設定。モデルは管理人の母校ですが、多分水軍辺りの誰かが通ってます。←今思いついた
20110226 初稿
20220721 修正
res

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -