30.新しい始まり

 僕の従兄弟である鉢屋三郎は大川高校だけでなく、近隣の学校でも有名な男だ。
 三郎の相談事を投げた僕の台詞を真に受けて人を好きになるための周期を一週間と決め、その一週間は一途に彼女を想うようにしていた。
 でも想うようにするだけで実際本当に三郎がその子を好きになることはなかった。
 多分、三郎の知ってる恋がよほどインパクトがあり過ぎたのだ。
 三郎は恋に憧れてるだけなんじゃないだろうかなんて思ったこともある。
 だけど三郎はそのおかげでようやく本当に想う事の出来る人と巡り合えたのだと思う。
 僕の席の近くで、同じ図書委員の池上美沙ちゃん。
 特に目立つ子じゃなくて、クラスに大抵一人か二人いる大人しい子だと思っていた。
 大人しいと言っても人の陰に隠れるような子ではなくて、ひっそりとした雰囲気が似合う少し大人びた子だった。
 先週の月曜日、遅刻して来た三郎が「今日から仲良し」なんて言うから思わず「え?本当に?」なんて聞き返してしまった。
 それ位、彼女は三郎に興味がなさそうな、軽く本の虫だった。
 ……僕も人の事は言えないけど。
 付き合い始めた後もなんかあっさりしててなんだか変だなとは思ってたけど、ちゃんとデートもしてたみたいだしあまり心配はしていなかった。
 心のどこかでまた来週になったら別の女の子が三郎の側にいるんだろうから、あまり深く付き合わない方が良いって、関係を避けていたんだと思う。
 三郎も、三郎の元カノも……ついでに兵助と勘ちゃんもあまり気にした様子は見せないけど、僕と八左ヱ門はやっぱり付き合いが変わってくるのがどこか居心地が悪かった。
 二年に上がって同じクラスの子が彼女になったのは初めてだったので、さてどうしようと考えながら学校につくと、池上さんは自分の席に座って本を読んでいた。
 周りの喧騒など気にした様子もなく黙々と読書を続ける池上さん。
 三郎は朝練に参加しているのだろうか、それとも遅刻だろうか……とりあえず姿が見えない。
 二人がどうなのかは知らないけど、最後に会った金曜日と様子の変わらない池上さんにどこか緊張しながら僕は自分の席に向かった。
 机の上に鞄を置き、席に着く。
 思わずふうと小さく溜息を零し、鞄からとりあえず教科書を取り出せば、小さく「あ」と誰かの声が耳に届いた。
 ちょうど池上さんの席の方からだと視線を動かせば、池上さんと目が合った。
「おはよう、不破くん」
 にこりと微笑まれ、僕はほっと胸を撫で下ろしながら笑みを返した。
「おはよう、池上さん」
「……ふふ」
「?」
 挨拶を返せば、池上さんは一瞬きょとんとした後、小さく笑った。
 首を傾げた僕に池上さんは本の間に栞を挟んで一度置いた。
「鉢屋くんって悪戯好きだね」
「まあ……そうだね」
 彼女が同じ学校の生徒の間の一週間は比較的穏やかな日常が訪れるけど、彼女が他校生だったりする場合は大体学校に居る間は暇なのだろう余計な事を良くする。
 だから先生たちが三郎の悪戯を抑えるために三郎に気のある生徒を嗾けたりすることがあるらしい。
 ……教師の立場としてどうなのだろうとは思うけど、問題起こされるよりはマシなんだろうと思わず同情してしまったことがある。
「でも、どうして突然?」
「んー……まだ内緒」
「?」
 楽しそうに口元に人差し指を当てた池上さんは、首を傾げる僕を見てくすくすと笑った。
 なんだか金曜日と違う雰囲気の池上さんの謎めいた言葉の意味が分からず考え込んでいると、気付いたらうとうとと頭が揺れていた。

「雷蔵」
「いっ」

 不意にデコピンをされた僕は痛みに目を覚まし、額を押さえた。
 目の前にはさっき池上さんとの会話にも上がった三郎だった。
 まるで双子のようにそっくりだが従兄弟と言う事で同じクラスに居る三郎はこのクラスの委員長でもある。
 噂の事もあって目立つ奴だから、当然このやり取りでクラスの視線は一気に集まり、額を押さえる僕を皆が笑う。
 恥ずかしいと思わず俯けば、今度は三郎がさっきの僕と同じ悲鳴を上げた。
 そっちの犯人は眠そうな顔をした八左ヱ門だった。
「何してんだよ三郎」
「お前こそ何をする!」
「え?普通に殴った」
「八左ヱ門の癖にあっさり言いやがった!俺は雷蔵を起こしてやっただけだぞ!?」
「起こすのにデコピンは要らないでしょ」
「なんだよ美沙。雷蔵が寝ちゃったってメールしてきたのお前だろ?折角急いで来て楽しんでたらこれだぞ?俺は被害者だ!」
「えー?立派な加害者だよ」
 くすくすと笑う池上さんに教室内の空気がぴしりと固まった。
 池上さんはあまりいい顔をしなかったけど、三郎の方が分かりやすい奴だから、クラスの皆が先週の三郎の彼女が池上さんだって知ってる。
 今までならば三郎が別れた彼女とこんな風に親しく話すことはなかった。
 日曜日と月曜日を境に元の他人に戻っていた……と言う言い方が正しいのかはわからないけど、そんな感じだったのだ。
 なのに今、池上さんは普通に三郎に話しかけ、三郎も普通に返した。
 しかも三郎の奴、何て言った?メールしてきた?
 別れた直後に電話帳から彼女の電話番号とメアド消す奴が……あれ?もしかして消さなかったじゃなくて、消す必要がなかった?
「三郎、お前……」
 顔を上げれば、照れた様子でにっと笑った三郎の顔があった。
 ああ、お前やっと本当に好きで居続けられる子と出会えたんだな。
「え?マジで?……池上すげえ!」
「凄いのは美沙か!?」
「金曜の時点で険悪ムードだったからいっそ初の喧嘩別れでもするのかと……」
 あははと笑う八左ヱ門に三郎がうっと詰まる。
 ……確実にこれは何かあったんだろう。
 池上さんが喧嘩するようなタイプには見えないから、口論になったか、別れる一歩手前まで行ったか……まあ事実は僕にはわからないんだけど。
「うん、まあちょっと泣……」
「わー!わー!美沙、お前何をっ」
「事実を言おうとしただけだよ?」
「確かに事実だけどこんな大衆の面前で止めてっ。俺の沽券に関わるから!!」
 ……そうか、三郎、お前池上さんに泣かされたのか。
 二人の様子が気になってしんと静まり返っていた教室内には池上さんの声は良く通って、察しの良い奴は皆池上さんの言いたいことが理解できた。
 なんて言うか、池上さんって本当凄い子だ。
「お前ら何騒いどるんだ?」
 のそりと教室に入ってきた大木先生に三郎がぴたりと動きを止める。
「……なんで大木先生?」
「担任の先生は胃痛で今日は休みじゃ」
「胃痛?」
 三郎はちらりと池上さんの席を見る。
「可笑しいな……昨日はちゃんと元気だったのに」
「お前が突然大事を言いだすからじゃろうが。わしも電話で聞いてびっくりしたぞ」
「はあ……」
 気のない返事をする池上さんに大木先生は溜息を吐きながら教卓の上に出席簿を置いた。
「ほれ、そろそろチャイムが鳴るから席付けー」
 大木先生の面倒くさそうな声を聞きながら皆慌てて席に着く。
 大木先生はチャイムの音を確認してから出席簿を開いた。
 担任ではないけど、大木先生はこのクラスの授業を受け持つこともあるからざっと教室の中を確認して「欠席も遅刻も居ないな」と言って出席簿にチェックを入れる。
「さて、今日は朝一から重大発表じゃ。心して聞け」
 大木先生は出席簿を閉じ、皆のざわめきが静まるのを待った。
「このクラスの池上美沙のお母さんが今年の春に再婚して、名字が変わっておったんだが、池上が再婚に大反対して……」
「大木先生、そんな事実は有りません」
「なんじゃ詰まらん」
「勝手に話を捏造しないでくださいよ」
 溜息をつく池上さんに大木先生が唇を尖らせる。
「まあでも似たようなもんじゃろ。まあとりあえず今日から観念して名字が変わるから気を付けろよー」
 心して聞けと言った割にあっさりとした話の終わりに拍子抜けした。
 いやでもまだ名字言ってない。
「大木先生」
「なんじゃ不破」
「あの、名字言ってないです」
「おー、そうじゃった。まあなんだ……わしも吃驚したが、食満だ。三年は組の食満留三郎とは義理兄妹になるそうだ」
「食満……ええ!?」
 一斉に視線が池上……いや、食満さん―――言いにくいからしばらく池上さんのままになりそうだ―――に集まった。
 その視線を受けた池上さんは両目を瞬かせた後、にこりと微笑んだ。
「面白いでしょ?」
「いや、面白くないからね!?」
 確かに吃驚した内容に僕は首を横にぶんぶんと振った。
 はっと我に返って三郎を見れば、三郎は一人机に突っ伏し、肩を震わせていた。
「お前全部知ってて黙ってたなー!?」
 通りで食満さんが三郎が悪戯好きだって話をするわけだよ!!
「だって俺、昨日美沙に食満家に強制ご招待されたからな!」
「威張るな!……って、え?強制?」
 池上さんを見れば、ふふっと笑顔で誤魔化した。
 ずっと大人しい子だと思っていた池上さんがなんだか近づいてはいけない風紀委員と同じ匂いを漂わせている気がした。
「まあ食満姓もそう長い間じゃないからこの機会に美沙と呼ぶ事を許そう」
「なんでそこに三郎の許可がいるんだよ」
「だって俺、美沙の親公認の彼氏だもん!」
 だもんって……三郎なんで涙目なんだよ。
「はいはい、不運な鉢屋は置いておいて一応HR続けるぞー」
「大木先生そこ流さないで!俺の苦労を知って!!食満先輩がシスコンに目覚めたんです!!」
「おー聞きたくない単語が聞こえたから流すぞー。今日の三限の授業じゃが……」
「大木せんせー!!」

 こうして騒がしい新しい一週間が始まった。
 池上さんが食満先輩と義理とはいえ兄妹ってことは……ああ、僕も一応親戚になるのか。
 思わず遠い目になってしまいながら、僕はすとんと席に着いた。
 とりあえず三郎を後で絞めよう、なんて考えながらも思わず零れた笑いに口元を押さえる。

 皆幸せなのが、一番だよね。本当。



⇒あとがき
 次の連載の相手が雷蔵さんだからってあえて雷蔵さんで締めてみました。
 相変わらずのぐだぐだ&話の緩急の具合の酷さにお付き合いいただきありがとうございました。
 五年生の先生って木下先生しかまだ出てないので大木先生を登場させてみました。
 大木先生って便利ですね。どこでもドア並に便利ですね。自由です。愛してるぜ!!←
 ふと雷蔵さんの謎に気づいたんですが、この連載で雷蔵さん、何故か夢主の事をフルネームだとちゃんづけで呼ぶのに、名字だとさんづけになってますwww
 あとがきもぐだぐだですが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!
20110413 カズイ
res

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