28.タイムリミット

 神棚や日章旗、賞状等と一緒に壁の上の方に掛けられている時計が16時を少し過ぎたところで不意に留兄さんが私に声を掛けてきた。
「美沙、そろそろ部活が終わるから爪先立てて踵の上に腰落としとけ」
 首を傾げながらも少し腰を浮かせ、言われた通りにする。
「重心は踵の上」
 とりあえずこの姿勢、膝が痛い。
 そう思いながらもその姿勢のまま数分待っていると、しばらくしてから木下先生が部活終了の号令を掛けた。
 一通り見てきたけど、見よう見まねで終わりの作法をどうにかこなし、私の部活見学は終わった。
 下級生はこの後、的の片づけ等があるみたいで、久々知くんの号令の元一年生が動き出した。
 上級生―――久々知くんを除くほとんどの二年生と三年生はそのまま解散の様で各々弓道場を後にしていく。
 その姿を見ていると、留兄さんが「立ってみろ」と声を掛けてきた。
 私は足の痺れがと言おうと思ったけど、留兄さんがさっき言ってくれたようにしていたおかげか、それほど酷くなくなった痺れのおかげで素直に立つことが出来た。
「おお」
「座布団でもありゃ良かったんだが、流石にな……」
「と言うかパイプ椅子に素直に座ればよかったかも」
「まあそれもそうだな」
 最初に断るんじゃなかったと思いながらも、私はまだ少し痺れる足を擦った。
「……お前ら何時の間に仲良くなったんだよ。昨日の時点でどう見ても険悪だっただろ」
「良く言ったキモンジ。私もそれは疑問だ」
「……って、一寸待て!お前今普通にキモンジつったろ!!」
「気のせいだ文次郎。で、実際どういう事なんだ?」
 袴姿の先輩たちに囲まれ、私は隣に立つ留兄さんを見上げた。
 留兄さんは頬を掻き、苦笑を浮かべた。
「まあ、明日のお楽しみ?」
「だね」
 私も苦笑で返せば、立花先輩は眉間に皺を寄せ、潮江先輩は首を傾げた。
「明日ぁ?」
「月曜だからか」
「さて、それはどうでしょう」
 ささやかな仕返しとばかりに私は立花先輩を前に微笑んで見せた。
「それでは、私は待ち合わせをしたいと思うので失礼します」
「しっかりやれよ」
「わかってるよ。また後でね」
「おー」
 立花先輩と潮江先輩の二人に頭を下げ、留兄さんに手を振って弓道場を後にした。
 足の痺れが酷いから茶道部とかもなしかな、なんて思いながら、私は鞄から携帯を取り出し、鉢屋くんにメールをした。
 話があるので、学校の近くにある公園で待っていますとメールを打って、私は木曜日に行った公園を目指した。
 私がこの辺りで知ってる公園はあそこと水曜日に寄った公園しか知らない。
 水曜日に行った公園が夕方以降はカップルが多い場所だと知ったのは昨日の事だから、つい学校からより近い公園の方を指定してしまった。
 なんだか中途半端な私たちが行くべき場所じゃない。
 せめてこの間の小学生たちみたいな邪魔が入りませんようにと願うばかり。
 日曜日だから小学生は家族と一緒に居るわよね……多分。
「あ」
 公園を目前にして、携帯が震えた。
 まだマナーモードにしたままだったと思いながら私はメールを開いた。
 そこには、『わかった』と言う件名と、『俺も美沙とちゃんと話したいことがある』と言う本文があった。
 話したいことってなんだろう。
 ……別れ話?
 もしかしていつもこう言う風に改まって切り出すのかな……ちょっと会うのが怖くなってきた。
 思わず携帯を握り締めながら私は公園の中へと足を踏み入れた。
 日曜日とはいえ、時間はそろそろ17時になる。
 まだ日は高いけど、休日のこの時間に外で遊びまわっている子は居ないようで、犬の散歩をする人と一人すれ違った以外は人に会うことなく、私はベンチに辿り着いた。
 鉢屋くんは久々知くんと違って先に部室に向かってたみたいだけど、いつ来るだろう。
 ぼんやりと地面の砂を見つめ、特に何をするわけでもなくぼうっと意識を軽くどこかへと飛ばしていた。
 言う事は決めてる。でも、鉢屋くんが来るまでの時間が長くて、妙にドキドキした。
 どのくらいそうしてたかは時間を確認してなかったから分からないけど、ふと少し空が赤く染まり始めた頃、足元に影が差した。
「……美沙」
 掠れたような声に顔を上げると、不機嫌そうに眉根を寄せた鉢屋くんが居た。
「先輩に苛められた?」
「そうじゃねえよ」
 ぷいっと鉢屋くんは視線を逸らし、何かを押さえるように深く息をした。
「部活……なんで来たんだよ」
「……私、昨日言ったじゃない。またねって」
「それは……」
「ねえ鉢屋くん。ウィークリー彼女の終わりっていつ?」
 上手く言えなくてとりあえず確認したかった事を聞いた。
 鉢屋くんは目を大きく開いて、少し寂しそうに眼を伏せた。
「……美沙が決めればいい」
「そっか」
 私は傾いた夕日を見つめ、あれでは長すぎると携帯を取り出した。
 時計は17時20分を指していた。



⇒あとがき
 あれ?夢主に若干作法的な影が差してきた?
 ……仙蔵さんを前に出張らせたのがいけなかったんですかね。とりあえずキモンジネタを入れられて満足です。
 あ、ちなみに正座の痺れ解消法は座布団の上に正座した時にお勧めします。畳に直の時とかGパンの時は地味に膝が痛いので上手い事予防してください。
20110411 初稿
20220813 修正
res

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