24.八つ当たり

「あ、ブタ」
「だからムタだって」
「……間違えたんだよ」
 くつくつと笑う鉢屋くんに唇を尖らせ、私はエンドロールを見つめた。
 鉢屋くんが言っていた意味は物語が始まってからしばらくたってから理解できた。
 物語の中にはCMでも一応知っていたバロンだけでなく、ブタもといムタと言う名前で耳をすませで出てきた大きな白猫が出てきた。
 映画の途中で鉢屋くんがそっと教えてくれたけど、耳をすませばの主人公・しずくが描いたスピンオフ作品になるらしい。
 更にハルの友達・ひろみの好きなつげくんと言う人は、原作を書き下ろした作者の短編作品のキャラクターらしい。
 知らずに見るのと知って見るのもまた面白いと思う作品だった。
 私は見終わったと言う事に安堵してふわっと欠伸を一つ浮かべた。
「眠い?」
「少し。昨日あんまり寝れなかったから」
「ふうん……何してたんだ?」
 何の気なしにだろう、返された言葉に私の中で空気が止まった気がした。
 ゆっくりと隣に座る鉢屋くんの顔を少し見上げる。
 じっと鉢屋くんの瞳を見つめると、鉢屋くんは戸惑ったように私を見下ろす。
「……考えてた」
 綺麗な顔。
 柔らかそうな髪。
「―――鉢屋くんのこと」
 少し日に焼けた健康そうな肌。
 何時もは気だるげに細めている癖に、今は大きく見開いている目。
「え……?」
 思わず手を伸ばして鉢屋くんの前髪を分けるように髪に指を絡めた。
 ファーストキスは小さい頃の事だから比べられないけど、鉢屋くんの唇は柔らかかった気がする。
 するりと手を下ろし、あの時とは逆に私から鉢屋くんの唇に触れた。
 本当に触れるだけの、三度目のキス。
 今までの比じゃないくらい心臓がドキドキと激しく音を立てているのを感じた。
 鉢屋くんの大きな手が私の両手にそっと添えられ、私はゆっくりと唇を離した。
「……美沙?」
「私……本当、鈍感なの」
 どうしよう。なんで気付かなかったんだろう。
 抱きしめたいだなんて思ったなんて、そんなの鉢屋くんを愛しいと思ったからに決まってるじゃない。
 間違いなく、あの日保健室で優しくしてくれた鉢屋くんに、私はもうとっくに惹かれてたんだ。
 恋したことがないからこれが恋なんだってよくわかんなくて、気付かない振りをしてしまった。
「鉢屋、くん……」
 どうしよう。またキスしたくなったよ。
 こんな自分、はしたないって思ってぎゅっと目を瞑ったら、鉢屋くんの唇が閉じた瞼の上に優しく触れた。
「あっ」
 思わず目を開くと、鉢屋くんの顔がまた近づいて唇に触れた。
 薄く開いた唇の間から鉢屋くんの舌が侵入して来て、ぞくぞくと甘い痺れが背筋を走るのを感じた。
 狭い二人掛けのソファに逃げ場はなくて、包まれていた手が離れて背中に伸ばされる。
 私も少し夢中になって鉢屋くんの背に手を伸ばした。
 何度も触れて離れて、どのくらいの時間がたったのかはわからない。
 エンドロールの終わったDVDは静かになり、唾液の混ざり合う音が羞恥心を掻き立てるようにやけに大きく響いている気がした。
―――ヴーッ、ヴーッ
「「!」」
 不意に響いた携帯のバイブレーションに二人してびくりとなって唇を離した。
 音の発信源は鉢屋くんがソファの背もたれに掛けた制服の上着のポケットからだった。
「……………」
 多分、音が鳴らなかったらまだしばらく夢中になっていたんじゃないだろうか。
 荒れる息に胸を押さえながら、二人してじっと音の発信源を見つめた。
「携帯……出て良いよ」
「……ああ」
 重なり合っていた手が一度震えて、離れた。
 鉢屋くんはジャケットを掴んで引き寄せると、携帯を取り出して開いた。
 私は画面を覗き込まないようにしながらも鉢屋くんの横顔をじっと見つめた。
 画面をじっと見つめた鉢屋くんは数度音が繰り返された後、無言で携帯を閉じてしまった。
「……なんで、出ないの?」
「なあ、美沙……」
「電話、誰からだった?」
「え?……ああ、わかんない。知らない番号だったから」
 知らない番号。
 鉢屋くんの口からさらりと言われた言葉に目の前が真っ暗になった。
「これ、来週、美沙と行きたいんだけど」
 そんな私に鉢屋くんが取り出したのは金曜日、鉢屋くんがぐしゃりと握りつぶしてしまったあの試写会の葉書だった。
 本音を行けば、行きたい。
 でも、試写会は来週の日曜日。
「……ただのクラスメートとして?」
 携帯のバイブレーションが耳障りなほど鳴り続ける。
「出てよ」
「え?」
「出てってば……」
 こんなのただの八つ当たりだ。
 明後日の自分を想像したくないなんて……私、今きっとものすごく醜い顔をしてる。
「……ごめん、帰る」
 机の下の鞄を掴んで、私は逃げるように鉢屋くんに背を向けた。
「美沙」
「見送らないで……お願いっ」
 惨めな気になるのは嫌だなんて……私、自分勝手だ。
 尾浜くんに褒め言葉じゃないなんて言ったけど、私に褒められるとこなんてないんだから仕方なかったんだ。
「おや?君は三郎様の……」
「!……お邪魔しました」
 泣きそうな顔を笑顔に変えようと思ったけど、上手く笑えなくて、でも兎に角、家の人らしいお兄さんに頭を下げて私は御屋敷を後にした。




⇒あとがき
 猫の恩返しのネタバレを避けつつとりあえずちゅーまで行くぞ!と意気込んだんですが、夢主が初心過ぎて超楽しかったです。
 最後にちらっと出した利吉さんは野次馬しに行こうかどうしようかこっそり廊下で迷っていたんだと思います。
 伝蔵さんは態と乗り込む気でいそいそと伝子さんに変身中で不在だったとかだったら面白いんでしょうね。
 ……やばい、現パロな伝子さんが超見たい。誰か描いてくれないかな……
20110407 初稿
20220814 修正
res

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