23.御屋敷

 キンコーン、と遠くで音がする。
 目の前に聳え立つ身の丈以上の大きな門扉を見上げ、私はただ呆然とするしか出来なかった。
『おかえりなさいませ』
「ただいま。彼女と一緒だから」
『かしこまりました』
 ガチャリと言う途切れる音ではっと我に返り、私は隣に立つ鉢屋くんを見上げた。
「は、鉢屋くんっ」
「ん?なんだ?まさかここまで来て帰っちゃうとか……」
 言わないよな?と言うように伏せ目がちに言う鉢屋くんに私はうっと言葉を詰まらせた。
 まるで捨てられた子犬のように哀愁を漂わせないでっ。私そう言うの弱いんです。
「か、帰らない、けど……なんて言うか……持ってる人は何でも持ってるんだな、って」
「なんでも?……そんな奴いないだろ?」
 いるよ。目の前に。
 でもそう言うって事は多分鉢屋くんでも持っていないものってあるんだと思う。
 まあ、人間だからそんなものだろうけど。
「じゃあ鉢屋くんは何が欲しいの?」
 そう問えば、鉢屋くんは門が開き歩き出した足をぴたりと止めた。
 どうしたんだろうと鉢屋くんを見上げれば、鉢屋くんはじっと私を見下ろした。
「な、何?」
 そんなにじっと見ても何も出ないよ?
 思わずびくりと後ずさると、不意に道の先にある玄関が開いた。
 玄関から出てきたのは深緑色のスーツ……じゃない、燕尾服?を来たおじさんだった。
「お帰りなさいませ、三郎様」
「ただいま」
 そう言えばさっきの声も優しくて落ち着いたおじさんの声だった。多分、あれもこの人だと思う。
 まるでドラマにでも出て来そうな執事さん……で、あってるのかな?
「部屋でDVD見るから」
「かしこまりました。後程お茶とケーキをお運びいたします」
「ありがとう」
 にこりと学校で浮かべるのとは違う、上品で綺麗な笑みを浮かべ鉢屋くんは執事さんの横を通り過ぎる。
「お、お邪魔します」
 私も執事さんにぺこりと頭を下げて慌てて鉢屋くんの後を追いかける。
 執事さんの顔がものすごく深い笑みを浮かべていたけど、どうしてだろう?
 首を傾げながら玄関入ってすぐの螺旋状の階段を上っていく。
 鉢屋くんも執事さんも靴だったし、靴のままでいいんだよね?洋館ってすごいっ。
「どうぞ」
 鉢屋くんの部屋は二階に上がって少し奥に行った所だった。
 部屋の中に入ると、シンプルだけどちゃんと生活感の感じられる部屋だった。
 ただ少し、男の子の部屋にしては物凄く整っている印象がある。
 ……一部散乱しているゲームを除いて。
「雷蔵がたまに遊びに来て散らかすんだ。あいつ大雑把だから」
「そう、なの?」
 不破くんと言えば図書委員会でもきちんと整理整頓しているような印象があった。
 一緒に当番をしていないから、たまに図書委員総出で大掃除をする時くらいの不破くんしか知らないけど。
「雷蔵は大雑把の上に迷い癖が酷いんだ。まあ、小さい頃からずっとだからいい加減慣れたけどな」
 にかりといつもの笑みを浮かべる鉢屋くんにどこかほっとしながら、私はゲーム機の側にしゃがみ込む。
「ゲームってあんまりしないからわかんないんだよね。やっぱり男の子ってゲーム好き?」
「まあ程々に。俺たちの中じゃ多分ハチが一番ゲーム好きだな。まあ高校に入ってから部活で地獄見てそれどころじゃないみたいだが」
「地獄って……竹谷くんってバレー……あー、七松先輩か」
「流石に暴君は知ってるか」
 鉢屋くんはアンティークっぽい机の上に鞄を置き、上着を脱いで椅子に掛けた。
 その足で私に近寄ると私の手からDVDの入った袋を抜き取った。
「あ」
「DVD、見るんだろ?」
 手馴れた様子でゲーム機の電源を入れ、DVDをその中へと入れた。
「ゲーム機って便利だね」
「その反応が新鮮だ」
 くつくつと笑う鉢屋くんに私は首を傾げた。
「ほら、こっち来い」
 鉢屋くんに手を引かれ、私は二人掛けのソファの上にぽんと座らされた。
 鞄をどうしようと思いながら、とりあえず目の前にある机の足元へと置いた。
 無線式らしいコントローラーを片手に鉢屋くんが隣に座ると、タイミングよく戸が叩かれ、慌てて立ち上がった。
「いいって」
 鉢屋くんは座ったばかりなのに立ち上がると、扉の方へと向かった。
 扉を開けると、そこには先ほどのおじさんがお茶とケーキが乗ったお盆を手に立っていた。
「お茶とケーキをお持ちしました」
「ああ。ありがとう」
「何か必要なものがございましたらなんなりと」
「わかってるっての」
 まるで執事さんを追い出す様にお盆を受け取った手とは反対の手をひらひらと手を振った。
 その様子に執事さんは満面の笑みを浮かべながら頭を下げて部屋を後にしていった。
「まったく……後ろに野次馬が居やがった」
「野次馬?」
「家庭教師の利吉さん。ちなみにさっきのは親父の秘書で利吉さんの父親の山田さんな」
「……燕尾服だったよ?」
「ありゃあの人の趣味だよ」
 眉根を寄せて唇を尖らせた鉢屋くんに私は思わず吹き出した。
「もしかして小さい頃からの知り合い?」
「良くわかったな」
「反応がお母さんを前にした従兄と一緒なんだもんっ」
「なんだそれ」
 不機嫌そうな顔をした鉢屋くんに私は話を反らそうと机の上に置かれたお盆の上を覗き込んだ。
「うわあ、おいしそうなアップルパイ」
「美沙〜?」
「そうだ。DVD見るんでしょ?鉢屋くんが言った見てのお楽しみって言うのが気になるな〜?」
 駄目かな?と思いながら鉢屋くんを見上げれば、鉢屋くんは額に手を当てて深々と溜息を吐いた。
「負けました。しょうがねえな……」
 鉢屋くんは私の隣に座ると、コントローラーでDVDを再生させた。
 ふわりと甘いアップルパイの香りと紅茶の香りに釣られながら、DVDのクレジットを見つめた。
 ……鉢屋くんがすごく近い。



⇒あとがき
 ケーキがアップルパイなのはこの間頂いたアップルパイが美味しかった所為です。
 手作りケーキ万歳!
 そして地味に登場な山田親子。まさかの鉢屋父の秘書と、三郎世話ががり設定です。
 そう言えばこの続きって若干他作品のネタバレになりますね。うーん。飛ばし気味に行くか。
20110405 初稿
20220813 修正
res

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