21.接触

 休錬とは言え、美沙に部活の後になんて言われたら参加しないわけにはいかなくて、俺はきっちり昼までの練習を熟した。
 本当なら部活に参加しなくても、家から近い弓道場で練習が出来るのに、わざわざ早起きしてちゃんと学校に来た俺を誰か褒めてくれていいと思う。
 思わずため息を零したくなりながらも、弓道着から制服へ着替えた俺はロッカーの戸をパタンと閉じた。
「おい鉢屋」
 不意に潮江先輩に声を掛けられ、俺は開こうとした携帯を片手に潮江先輩の方を見た。
「なんですか?」
「珍しく休錬に参加したんだ。一緒に飯いかねえか?」
 こいつらとと潮江先輩が示したのは立花先輩と食満先輩だ。
 二人が何を考えてるのかはよくわからないが、あまりいい顔はしてない。
 普段であれば冗談でも飛ばすところだが、今の俺は美沙の事もあって正直この二人と一緒の空間に居たくない。
「すいません、これから約束があるんで……」
「それって週替わり女ですかー?」
「……………」
 のんきな声を上げたのは潮江先輩と俺の間にあるベンチに座りボーっとしていた一つ年下の綾部だ。
 週替わり女ってお前……美沙のウィークリー彼女より酷くないか?この不思議ちゃんめ!
「こら喜八郎!先輩相手に何言ってるんだよっ」
 綾部の発言に硬直していた田村が慌てて綾部の袖を引く。
「だってそうでしょ?一週間毎に違う人と付き合ってるのに一々彼女って変じゃない」
「そんなに変か?」
「変ですよ。月曜になったら別の人と付き合うのに部活の先輩よりそっち優先して楽しいですか?」
 くりっとした瞳が俺を見上げる。
 なんとも読めないその瞳に俺は今日が土曜日なのだと思い出した。
 いや、最初から今日が土曜日なのは知っているがそうじゃなくて……。
「……僕、おかしなこと言いました?」
「言っただろ!」
「いや……確かにそうだな」
「鉢屋先輩!?」
 驚く田村に俺は苦笑を浮かべるしか出来なかった。
「三郎、お前……」
 兵助が声を掛けようとした瞬間、手にしていた携帯が美沙からのメールの着信を告げる。
 俺はびくりとその音に、誰からかわかっていながらも画面を確認した。
 件名には『お疲れ様』と添えられていて、思わずほっと溜息を零す。
 『部活はもう終わったかな?今校門の前に居るから終わったら来てね』と言う内容に直ぐに携帯の画面を閉じる。
「すいません、やっぱり約束があるんで失礼します」
 ぺこりと先輩方に頭を下げ、他の奴らにも「お疲れ様」なんて声を掛け、俺は出入り口に屯している潮江先輩たちに近づいた。
「そうだ、鉢屋」
「……なんでしょう」
「代わりと言ってはなんだが、校門までは一緒に行こうじゃないか」
 くつくつと楽しげに笑った立花先輩は、俺の答えなど聞いていないと言うように部室の戸を開け「行くぞ」と、潮江先輩たちにも声を掛けて颯爽と歩き出す。
 この人は本当に……。
 俺は溜息を吐きたくなるのをぐっと堪えて先輩たちの後ろに続くように歩き出した。
 別に潮江先輩は良い。この人は多分美沙の事知らないし。
 問題は立花先輩と食満先輩だ。正直この二人と一緒に美沙の所に行きたくない。
「おい鉢屋」
「はい」
「別にお前の行動をとやかく言う気はないが、ちったぁ彼女より部活優先しろ」
「えー?今週はしましたよー」
「バカタレィ。今週だけじゃなくてそのまま続けろ」
 ふんと鼻を鳴らして言う潮江先輩に俺は苦笑するしかない。
「どうでしょう。俺にも明日の事はわかりませんから」
「お前なぁ……ん?どうした留三郎」
「あ、いや……」
 不意に足を止めた食満先輩に潮江先輩が声を掛ける。
 険しい顔をした食満先輩は潮江先輩の方を向くことなく、じっとまっすぐに前を見据えている。
 視線の先をなんだ?と追えば、校門の柱に背を預け、影になる場所で本を読んでいる美沙の姿があった。
「あいつは確か図書委員の二年?」
「池上美沙だ。綾部の言葉を借りるなら、彼女が例の週替わり女と言う奴だな」
「あいつが?」
 信じられないと言う顔で潮江先輩は美沙を見つめる。
「……普通、つか地味じゃねえか?」
「まあ確かに鉢屋のここ数カ月の彼女と比べると完全に見劣りするが……」
 ちらりと立花先輩は険しい顔をする食満先輩に視線を向ける。
「……あいつは普通の女じゃねえよ」
「なんだ留三郎、知り合いか?」
「……………」
 食満先輩は何か言おうと口を開いたものの、眉根を寄せただけでそれ以上は何も言わなかった。
 ふと美沙が本から顔を上げ、俺を見つけて笑みを浮かべようとしたが、食満先輩を視界に入れた所為か、笑みを強張らせる。
「行くぞ文次郎」
「は?指図してんじゃねえよ」
「そりゃこっちの台詞だばーか。仙蔵も行くぞ」
「いいのか?」
 食満先輩は美沙から目を反らすと、それ以上は何も言わず、すたすたと泣きそうに表情を歪めて俯いてしまった美沙の横を通り過ぎた。
 その後を立花先輩が追いかけ、潮江先輩は俺と美沙を一度ずつ見て、それからその後を追いかけた。
 食満先輩を見て笑みを強張らせたり、あんな傷ついた顔したりするなんて……美沙はやっぱり食満先輩が好きなんだろうか?
 深く聞いたこともないし、俺と違って噂の少ない二人の事なんて俺にはわからなかった。
 でも、どうしようもなくそんな二人の様子に怒りが湧いてきてしまう。
 彼女は本当の意味で俺の彼女ではないと言うのに、俺は本気で食満先輩に嫉妬していた。
「鉢屋くん」
 先に我に返ったらしい美沙が俺の前に来て声を掛けてくる。
「あ、っと……すまん」
 俺、今どんな顔してた?
 それはもう醜い形相でもしてたんじゃ……。
「……鉢屋くん?」
「な、なんでもない!」
「ならいいけど。……えっと……どこにしようか?」
「え?何が?」
「お昼。私、外食ってあんまりしないからどこに行こうかなって」
 苦笑する美沙の表情はさっきまでの愁いはない。
「ファーストフードでも平気?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
 美沙はこくりと首を縦に動かした。
 自然と浮かべられた美沙の笑みにとくりと胸が跳ねた。

 変わってしまう明日なんて―――来なければいいのに。



⇒あとがき
 ついに夢主、三郎、留三郎の三人が揃いましたー!!ばんざーい!!
 潮江さんは意外と優しい先輩だと信じてる。仙蔵さんはどう足掻いても三郎には優しくない先輩だと信じてる!!←
 綾部のストッパー役が田村なのが激しく違和感……でも滝ちゃんバレー部なんだよっ!!
 本当は小平太も弓道部に居れようかと思ったんですが、小平太が弓道部に居たら病気?みたいな気がしてきまして……静かな小平太のイメージが湧かないなんてっ。
 ちなみに竹谷さんと尾浜さんはバレー部で滝ちゃんと一緒に小平太先輩の被害にあってる頃でしょうね……ご愁傷様!
20110402 初稿
20220809 修正
res

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