20.恐怖感

 話ってなんだろうと思いながらも、私は立花先輩の後を追いかけて小走りに階段を駆け上った。
 階段を上って少し先にある小道の方へ入ると、人気がぐっと無くなる。
 元々駅までの近道だから人気の少ない道だけど……。
「お前、何故鉢屋と付き合っている」
「え?」
「長次……お前と同じ委員会の中在家長次に聞いたが、お前、別に鉢屋に興味があったわけじゃないだろう?」
「そうですけど……なんでそれを立花先輩に指摘されないといけないんでしょうか。後輩の心配ですか」
「はっ。私が鉢屋の心配?そんなものするか」
 ふざけたことを聞くなと言うように立花先輩が言うので私は委縮しながら「すいません」と小さな声で謝った。
「私が心配しているのは留三郎の方だ」
「え?」
「留三郎への当てつけで付き合っているんなら今すぐ別れてしまえ」
「なっ……」
 立花先輩の真面目な顔に私はなんと言っていいのかわからず言葉に詰まる。
 当てつけではないけど、きっかけは確かにある意味食満先輩で間違いない。
「まだ些細な兆候でしかないが留三郎に不調が見え始めた。同じ柔の弓を引くライバルとしてそんなことで差がつくのは気にくわん」
 ふんっと鼻を鳴らす立花先輩に私は俯く。
 立花先輩は純粋に食満先輩の心配をしているんだ。
 多分、当てつけなんて言うくらいだから立花先輩は私と食満先輩の仲を誤解している。
 それはつまりあの立花先輩が心配するくらいの仲なのに、私の事を一切周りに話していないと言う事。
 私はやっぱり認められていないのかもしれない。
「それに鉢屋は与四郎の妹が……」
「食満先輩がっ」
 立花先輩の言葉の続きを聞きたくなくて態と大きい声で私は立花先輩の言葉を遮った。
「食満先輩が不調だとしても……私には関係ありません」
「なんだと?」
「何で私が食満先輩に遠慮しなくちゃいけないんですか?認められてない私が、どうしてそんな事言われなくちゃいけないんですか?私が鉢屋くんと付き合ってるのは確かに食満先輩の事がきっかけです。でも食満先輩に私と鉢屋くんの仲を口出しする権利なんてありません。立花先輩だってありません」
「確かにそうだが、留三郎の事がきっかけと言うなら別に……」
「鉢屋くんが美土里ちゃんの事好きでもいいんです。私……今の苦しい状況から助けてほしかっただけなんですっ」
 立花先輩相手に私、何言ってるんだろう。
 思考が乱れて苦しくて、右手で額を押さえた。
 脳裏に浮かぶのはどこか寂しそうな鉢屋くんの笑顔だ。
 その事に無性に泣きたくなりながら私は首を横に振った。
 我儘なんてやっぱり言えない。
「どうせ後二日間なんですから好きにさせてください。……話はそれだけですか?」
「あ、ああ……」
 戸惑ったような立花先輩の返事を聞きながら私は立花先輩に背を向けて走り出した。
 我儘は言えない。
 でも、早く鉢屋くんの顔を見たい。
 そう思って駆け出した足は普段運動してない分遅くて、そんな自分の足に腹が立った。
「鉢屋くん!」
「……美沙?」
 俯いていた鉢屋くんが顔を上げたのを見て、私は思わず笑みを浮かべていた。
 ほっとしたんだ。
 さっきの寂しそうな鉢屋くんはもうそこには居ないんだってわかったから。
「って、美沙!?」
 慌てて階段を駆け下りていた足を不意に止めてしまった私の身体がぐらりと傾ぐ。
 落ちると思った瞬間、鉢屋くんの手が伸びる。
 流石運動部、なんて少し呑気に考えながら私は鉢屋くんの腕の中に飛び込んでいた。
 私が走っていた所為でついた勢いに、流石の鉢屋くんも負けて、二人して地面に落ちた。
「は、あ……あぶね……」
 鉢屋くんの腕の中で、私は自分の心臓が破裂してしまうのではないだろうかと言う程の鼓動を耳にしていた。
 まさかとは思うけど、鉢屋くんに聞こえてしまうんじゃないだろうかと思うほどの音に、私はぎゅっと強く目を瞑った。
「……大丈夫か?」
 大丈夫じゃない。
 身体を包む様に回された腕と、触れている部分が熱くて仕方がないよ、鉢屋くん。
 誰が言ったかって言うのは正直覚えていないけど、鉢屋くんと付き合った事のある誰かが言っていた。
 鉢屋くんと付き合う一週間は夢を見るには十分な期間だ、って。
 でもその一週間は私には恋をするには十分な期間だって……気付いてしまった。
 ううん、多分とっくに気づいてはいたんだと思う。
 それを認めていなかっただけで、きっともっと早い段階で、私は鉢屋くんに恋をしていた。
「おーい、美沙ー?大丈夫か?」
「だ、大丈夫!」
「本当に?」
「ほ、本当にっ」
 心配して顔を覗き込む鉢屋くんにぶんぶんと大きく首を縦に振って見せた。
 恋って……鉢屋くんが言うみたいに本当、しんどい。
 胸が裂けちゃいそうなくらい動悸が激しいし、美土里ちゃんとの事を思うと胸が痛い。
 それでも私に残された時間は後二日。
 二日経てば私の番号は鉢屋くんの携帯から消去されて、ただのクラスメート……もしかしたらそれ以下になるのかもしれない。
 そう思うと怖くて身体が震えた。



⇒あとがき
 うふふ、本当は土曜日に自覚するはずだったのに出張った立花先輩の所為で自覚しちゃいました\(^o^)/
 ……またやらかしました。プロット通りにならないのは自分クオリティって奴ですね。
 取り敢えず金曜日終了、残り二日です。
 この時点で20話か……もうちょっとサクサク書けると思ってたのになー……
20110327 初稿
20220809 修正
res

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