19.鈍感

「……え?」
「あげる。来週の彼女と行けばいいよ」
 トントンと軽快な音を立て、駅へと続く近道の途中にある階段を下っていく。
 その背を見つめているだろう鉢屋くんの手には、美土里ちゃんから貰った映画の試写会の葉書がある。
 無言になってしまった帰り道、気まずくなって、迷ったけど私は鉢屋くんに手を出させてそれを手渡すことにした。
「美土里ちゃんも錫高野先輩も無駄にはするなって言ってたし、私より鉢屋くんみたいに映画好きな人が行くべきだよ」
 あくまでも明るくそう言って振り返れば、鉢屋くんは酷く落胆した顔をしていた。
 私、不味い事言ったかな?
 だって来週の日曜日なんて、私たちにはない。
 抽選が当たったものを譲り受けて手に入れたものだからどうかとは思うけど、私が言った通り、見たい人が行くべきだよ。
 食満先輩を誘うなんて……無理だし。
 そんな簡単に誘えたらもっと早く義兄妹仲良くなってるって。
「美土里ちゃんは用事があるみたいだけど、不破くんとかさ……誘えばいいじゃない」
「なんで……なんでそんな事言うんだよ」
「え?」
「昨日は怒ってくれたじゃないか。今付き合ってるのは自分なのに、って……嬉しかったのにっ」
 ぽつりぽつりと語る鉢屋くんの手の中で葉書がぐしゃりと潰れていた。
 その時私は、不思議と申し訳なさとは違う感情を抱いていた。
 泣きそうに表情を歪めた鉢屋くんを無性に抱きしめてあげたいって……これ、どういう意味だろう。
 意味は分からないけど、私は誘われるように再び階段をゆっくりと踏みしめ、鉢屋くんに歩み寄る。
 一段間を挟んで立つ鉢屋くんは、元々私より背が高かったのに頭一つ以上は大きく見える。
 見上げた鉢屋くんは完全に目を伏せ、額を押さえた。
「なんでしんどいんだろ。人を好きになるのって……ほんと、しんどい」
 多分、それは鉢屋くんの本音。
 零れた言葉は私の意見と少し似てるけど、ちょっと違うと思った。
「鉢屋くんはすごいね」
「え?」
「私、そんな風に考えられないや。面倒なことになるって、完全に他人事だよね。……あ、だからか」
 食満先輩が一線置いてるんじゃなくて、私が一線置いてるから食満先輩も私に何も言えないんだ。
 お義父さんも言ってたじゃない。
 生まれつき目つきが悪いから人づきあいの苦手な子だけど、仲良くしてほしい、って。
「ふふ、やっぱり鉢屋くんすごいや」
「……美沙って、鈍いって言われないか?」
「え?なんで!?」
 恨めしく鉢屋くんに睨まれ、私は戸惑った。
 どこかどうなって鈍いに繋がったのかよくわからないんだけど。
「勘右衛門が美沙のこと八方美人って言ってた意味良くわかった」
 それ、褒め言葉じゃない。
 尾浜くん、鉢屋くんになんてこと言うんだろう。
「周りの空気に合わせて波風立てないで、上手く溶け込んで見せて……それって全部他人事として見てるからだろ?何でもかんでも嫌な事からは目を反らす」
 確かにそうだけど、はっきりと言われると胸にグサッとくる。
 だけど、それはお父さんが死んだあの日から守り続けてきた私のスタンスだ。今更変えようったって難しい。
「普段の美沙ってさ……案外何も考えてないよな」
「か、考えてるよ!……ちょっとくらい」
 思わず唇を尖らせれば、鉢屋くんはくつくつと笑った。
「そう言うとこ、可愛いくて好きだぞ」
「!」
「美沙はもうちょっと我儘なくらいでちょうどいいと思うぞ。自分を押さえたって疲れるだけだろ。俺は自然体の美沙が良い」
 ぽんと鉢屋くんの手が私の頭に乗る。
 さっきまで酷い顔してた癖に、見上げると眩しいくらいの笑顔があった。
「あり、がと……それ、前にお母さんにも言われたことあるんだ。でも、なんだろ……鉢屋くんに言われた方が嬉しい」
「そりゃよかった」
「私、もう少し我儘になってみる。ありがとうね、鉢屋くん」
「本当……鈍感だよなあ」
「えー?」
 呆れたように溜息を吐いた鉢屋くんに私は首を傾げた。
 鈍感って、今の話からどう繋がるの?
 思わずそう思いながらすたすたと歩き始めた鉢屋くんの後姿を追う。

「池上!」

 ふと誰かの私を呼び止める声に私は足を止めて振り返る。
 そこには今日、食満先輩や錫高野先輩と一緒に写生をしていた立花先輩が居た。
 立花先輩と言えば錫高野先輩の話にも出てきたけど……本当接点ないよね?
「少し話、良いか?」
「あ、えっと……鉢屋くん、先に……」
 ちらりと鉢屋くんを見ると、鉢屋くんは立花先輩をちらりと微かに睨むように見ると、私に向けて笑みを作った。
「いや、待ってるよ。ここで待ってる」
「ごめん、ね?」
「別に良いって。直に戻ってこいよ」
「安心しろ、そう時間は取らせんさ」
 くすりと綺麗な笑みを浮かべた立花先輩は「行くぞ」と言ってすたすたと歩き出した。
 待っていると言った鉢屋くんの笑顔は、笑顔じゃなかった。
 寂しそうなその顔は妙に私の脳裏に焼き付いた。



⇒あとがき
 告白少女ならぬ告白少年的な人が居ないので代わりの立花先輩が出張りに来たよ\(^o^)/
 次で金曜日も終わりだー!!
20110327 初稿
20220809 修正
res

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