01.一週間の始まり

 人を好きになると言う事は大変複雑な事だと私は思う。
 気持ちもそうだけど、第一に人間関係。
 自分一人の人生に好いた相手が絡むことでその相手の周りの人間とも交友関係が広がる。
 知り合いが増えることは嫌いじゃないけれど、それに巻き込まれるのは真っ平御免だ。
 好きにして構わないから、お願いだから私を面倒事に巻き込まないでほしい。私は普通に生きたいのだから。

「来ないなあ、三郎の奴」
「次は三限だし、もしかしたら今日は休みかもね」

 近くの席で交わされる会話をぼんやりと耳に入れながら私は今日が月曜日であることを思い出した。
 週の始まりなのだから今日が月曜日だと言う事は知っているけど、そうではなくて、今日が例の月曜日だと言う事に気づいたのだ。
 同じクラスの委員長である鉢屋三郎くんはこの学校のみならず近隣学校でも有名な生徒だ。
 週の初めの月曜日。最初に告白してきた相手と必ず付き合う。
 だけど週の終わりに必ずこう言うのだ。
 好きになれなかった。別れよう。―――と。
 中学が違うので彼が元々どんな人間だったかは知らないけど、私と同じ図書委員会に所属する不破くんの従兄弟だと言う事は知っている。
 何しろ彼らは双子のようにそっくりなのだから、興味がなくても耳に入ってくる。
 顔は似てるけど、不破くんは茶髪で鉢屋くんは黒髪だから区別はつきやすいと言えばつきやすいので、不破くんが間違って告白されたと言う話はとりあえず聞いたことがない。
 まあどちらにしろ私には関係のない話だ。
「池上さん、そろそろ授業始まるよ」
 とんとんと後ろの席の子が俯いたままの私の背を突く。
 別に眠っていた訳じゃないんだけど、私はゆっくりと身を起こして溜息を吐いた。
「体調悪そうだね」
「ちょっと生理痛が酷くて……」
 毎回そうではないけど、何か月かに一回位こう言う風に物凄い生理痛に悩まされることがある。
 最近はいつ痛みが襲って来てもいいように薬を準備していたけど、今日はうっかり持ってきていなかった。
 家を出るまでは一切痛くなかったから油断をしていたと言えばそれまでなんだけど、保健室に行けば薬があるだろう。
「ごめん、私保健室行ってくる」
「わかった。先生に伝えとくね」
「ありがとう」
 私は小さくお礼を言って、痛む腹部を押さえながら教室を後にした。
 保健室は特別棟の一階にあるので、手すりに縋るようにして階段を下りて一度下駄箱に辿り着く。
 そこから特別棟に移る渡り廊下があるので寄ったんだけど、ふとチャイムの音と同時に下駄箱の開閉音が聞こえた。
 誰かが遅刻してきたんだろうかと思って視線を向けると、学校指定のバッグを肩に掛けた鉢屋くんと目が合った。
「あれ?池上じゃん」
「……おはよ」
 一応挨拶をすれば、鉢屋くんはすたすたと私に歩み寄ってくる。
「何?お前サボり……じゃないよな。顔色悪いけど大丈夫か?」
「薬飲めば大丈夫だと思う」
 心配そうに顔を覗き込むように腰を曲げた鉢屋くんには少し驚いたけど、なんだか妙に納得できた。
 不破くんも、不破くんと一緒に話していた竹谷くんもそうだけど三人とも女子にモテる。
 その中でも一番モテてるのが鉢屋くんで、鉢屋くんは毎週彼女が変わってるのに人気は変わらない。
 それどころかそこがいいと一番モテているかもしれない。
 鉢屋くんと付き合っていたと言う子の話を結構耳にするけど、付き合っている間は絶対二股しない誠実さを見せる鉢屋くんは夢を見るのに十分なお手軽王子様なんだそうだ。
「よし、見つけたついでだ。ついて行ってやろう」
「え?いいよ……授業出た方が良いんじゃない?竹谷くんたち心配してたみたいだし」
「今から教室行ってもなあ……。ま、四限からちゃんと出るさ」
 からりと笑った鉢屋くんはそっと当たり前のように私の方に手を伸ばして優しく保健室へと誘導してくれた。
 さりげなく労わるような仕草に鉢屋くんは女の子慣れしてるなって改めて思った。
 長期休暇の間はどうなのか知らないけど、一年生の時からこうだから少なくとも一年間で四十人近く彼女が居たんじゃないかな。
 そう考えると鉢屋くんって結構タフだなあ……。
「新野せんせー……って、あれ?居ない?」
 首を傾げながら、鉢屋くんが保健室の中を見渡す。
 中に入ると置手紙らしきものが置いてあって、新野先生がここに居ない事を記してあった。
 どうやら骨折した生徒が居たみたいで、“サボりじゃない限りは好きにベッドを使ってください”と書いてあった。
 普通こういう時は保健室を閉めておくか他の先生が付き添うんじゃないだろうかと思いながらも、私はその言葉に甘えることにした。
「池上ー。頭痛?腹痛?それとも生理痛?」
 ふらふらとベッドに歩み寄った私に鉢屋くんが勝手に薬棚を漁りながら声を掛けてくる。
 腹部の痛みは確かに生理痛のはずなんだけど、妙に吐き気がしてきて思わず口元を押さえた。
「まさか妊し……」
「違うから」
 冗談を言おうとしたのか、ワザとらしく驚いて見せた鉢屋くんに私は肩を竦めながら小さく溜息を零した。
「ただの生理痛だよ」
「生理痛って吐き気の症状あったっけ?」
「無いと思うよ。これ最近ずっとそうだから生理痛とは別」
「最近?」
 首を傾げながらも目的の薬を見つけたのだろう鉢屋くんは薬と一緒にお水を用意して私の所まで持ってきてくれた。
 私はそれを受け取ると、水を先に口に含んで薬を放り込んだ。
 昔っから薬が嫌いな私は錠剤しか飲めなくて、これが粉薬じゃなくて良かったと心底思いながらごくりと一粒飲み込んだ。
「薬苦手?」
「病院も嫌い」
「あっそ」
 眉を顰めていなかったのにそう言われて驚きながらも答えれば、鉢屋くんは私が飲み終わった水が入っていたグラスを受け取り、流しに持って行った。
 その後ろ姿を見送り私はスリッパを落とす様に脱ぎながらベッドに這い上がって身体を横たえた。
 薬がそう簡単に効くはずもなく、小さく息を吐き出しながら腹部に手を当てる。
 グラスを片付けた鉢屋くんは私が横たわるベッドの端に座ると労わるように腰元を撫でてくれた。
 セクハラだよって冗談めいて言おうかと思ったけど、少し楽になるのを感じて別の事を口にすることにした。
「ねえ、今日はまだ告白されてないの?」
「って言うか俺今来たとこだし」
「待ち伏せでもされてるのかと思ってた」
「まあ、実際待ち伏せされたことあるけどさ」
「あるんだ。普段何時告白されてるの?」
「何時……別に時間は決まってないかな」
「ふーん」
「なんだその反応は。自分で聞いてきた癖に」
 唇を尖らせる鉢屋くんをちらりと見上げ、私はそう言えばと鉢屋君絡みの疑問を思い出した。
「最初に告白された子なら本当に誰とでも付き合うの?全然タイプじゃなくても?」
「タイプ?そう言うのは見た目じゃわかんないだろ」
「いや、だから見た目のタイプ」
「見た目、ねえ……。うーん、あんまり考えたことないな」
「例えば癒し系とか、元気系とか」
「おいそれって雷蔵と八左ヱ門の事か?」
「……ごめん、浮かばなかった」
「池上って友達いなかったっけ?」
「……どうだろ」
 少なくとも親友と呼べるような人はいないかも知れない。
 学校での知り合いは当たり障りなく付き合えればどうでもいいって感じ、かな。
 基本的に学校に縛られるのが嫌だし。
「で、タイプってないの?」
「戻るのかよ。まあいいけど。……そうだなあ、池上の顔は好きかな」
「あ、っそう」
 にやりと笑いながら言われた言葉に思わず目を逸らし、私は近くの枕を引き寄せた。
 綺麗な顔をしている人は本当に狡い。反則だ。
 意地悪で言っているとわかっているのに思わず反応してしまうのは、私が仮にも女の子だからなのだろう。
「ねえ……それ、私でもいいかな」
「ん?」
「ウィークリー彼女」
「なんだそれ」
「なんか上手い言葉が出てこなかったの!」
 眉根を寄せた鉢屋くんを引き寄せた枕で殴り、私は手持無沙汰になってベッドに顔を押し付けた。
 生理痛の痛みと一緒に押し寄せていた吐き気が落ち着いていた。
 鉢屋くんと居るとなんだか楽できる。女の子扱いされてるんだっていう感覚が多分そうさせてるんだと思う。
「……わかった。池上、携帯は?」
「んー」
 ごそごそと入学してから膝上をきっちり守ったままのスカートのポケットを探ってマナーモードのままの携帯を取り出した。
「受信?送信?」
「受信」
 鉢屋くんの言葉にメニュー、電話帳、自局番号と表示させて赤外線のボタンを押した。
「どこ?」
「ここ」
 鉢屋くんとは会社が違うみたいで赤外線の位置が分からずに問えば、カメラの横を示された。
 私がそこに押し付ける様に携帯を向けると、鉢屋くんは何故かくつくつと笑った。
「何」
「別に」
 何が可笑しいのか、鉢屋くんは携帯を弄りながら私の頭を撫でる。
 異性をあまり知らないけど、鉢屋くんの手は私と比べれば大きい。
 なんだか重たい癖にあったかいなと思いながら目を細め、震える携帯の画面を覗き込んだ。
 from欄には見知らぬアドレス。sub欄にはハートマークが三つ綺麗に並んでた。
「よろしく」
「うん」
 一週間だけだけど、私だって癒しは欲しいのだ。
 そう思いながら目を閉じれば、鉢屋くんが笑いながらも布団を掛けてくれた。

 これが私と彼の一週間の始まり。



⇒あとがき
 パロディ元のセブンデイズがBLと言う事で、色々悩んだんですが、さっぱりと言うかざっくりとした夢主になりました。
 先輩じゃなくて同級生。それも同じクラスって言う事で色々あるかもしれませんが、最後まで頑張りたいと思います。
20110221 初稿
20220719 修正
res

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