18.不思議な言葉
今日の体育の授業は男女混合でソフトボールをすることになった。
チーム分けは男女が均等になるように女子は女子、男子は男子でじゃんけんをして決めた。
そんな運任せのはずなのに、私は鉢屋くんと同じチームになっていた。
竹谷くんと不破くんが違うチームになったのは不満気な様子だったけど、まあそこも運だから仕方ない。
「ん?」
ふと順番待ちをしていた鉢屋くんが視線を動かした。
なんだろうと思いながら私は鉢屋くんの視線を追うようにフェンスの向こう側に目をやる。
この時間、三年生は選択授業なのだと思う。
各々手にスケッチブックを持ち寄り、フェンスの周りにそれぞれの陣を取り始めていた。
その中に居た食満先輩は何故かじっとこっちを睨むように見つめていた。
珍しく目が合わないので首を傾げていると、隣に立っていた錫高野先輩が楽しそうに微笑みながらこちらに向けて手を招く。
鉢屋くんを呼んでいるのだろうかと思ったけど、目が合っているのは私だから私なのだろう。
一応確認のために自分を指差せば、錫高野先輩はこくりと頷き、フェンスに歩み寄ってきた。
「鉢屋くん」
「っと、何?」
「少し離れるね。私、順番まだだし」
「え?」
私はひらひらと鉢屋くんに手を振ってその場を少し離れることにした。
フェンス越しに錫高野先輩を見上げると、錫高野先輩は「よっ」と相変わらず軽い挨拶をくれた。
「……どうも」
学校ではまともに接触したことのない錫高野先輩だから、なんと返すべきか迷って、とりあえず頭を下げておいた。
「美土里に試写会の葉書貰ったべ?」
「あ、はい」
今朝の事なのに何で知ってるんだろう。
兄妹だとそう言う話もするのが普通なのかな?良くわからないけど。
「あれなー、うっちゃるのだけはやめな?」
「うっちゃ……?」
「あー……捨てるなって事」
「捨てる気はないですけど……一緒に行くかはわかりません」
「それでもえーよ。美沙も留三郎ももう少し自分からうんねっかればいーべ」
「はあ……」
本当錫高野先輩って方言がきつくてよくわからない。
美土里ちゃんはちゃんと標準語使ってるのに……小さい頃の癖ってそこまで残るものなんだろうか。
「仙蔵の奴がかんましてるみてーだけどあんま気にすんな。鉢屋の奴もよこはいりしねーで大人しくしてればいーけどなー……まあ仕様がねーべ」
にかりと錫高野先輩は笑う。
仙蔵って……立花先輩だよね?私と立花先輩接点ないんですけど?
「お、留三郎がしゃっこい目ーしてんべー」
にやにやと錫高野先輩は後ろを振り返る。
確かに食満先輩がこっちを睨んでるけど、しゃっこいって睨んでるって事……ではないよね?えーっと……。
「美沙ー!そろそろ戻ってこいよ!」
「あ、えっと……呼ばれてるんで戻ります」
「おー。俺もかったりぃけど授業に戻るべ。美沙もかーきさばいてとぶべー」
「えっと……頑張ります」
意味良くわかんなかったけど、とりあえず錫高野先輩に頭を下げてその場を去る。
「……何話してたんだ」
「あれ?私、また浮気疑惑掛けられてる?」
「どうせ錫高野先輩の事だから美土里関係だろ」
「……正解。良くわかったね」
「あの二人とは中学からの付き合いだからな」
そう言って鉢屋くんはがくりと肩を落とした。
私は別に嘘を言っていないけど、本当の事も言ってない。
話していたのは美土里ちゃんから貰った試写会の葉書に関してだ。
美土里ちゃんは食満先輩を誘ってと言った。錫高野先輩は捨てるのだけは駄目って言った。
私には食満先輩を誘う勇気はない。それならいっそ……。
「ねえ、鉢屋くん」
「ん?」
「美土里ちゃんから試写会の葉書貰ったんだけど……一緒に行かない?」
「映画?」
その瞬間、鉢屋くんの目が輝いたように思う。
映画好きなのかな?
「行く!いつ?」
「えっと、確か来週の日曜……」
日、と最後まで言葉は続かなかった。
そうだ、私たちは一週間だけの付き合いだ。
来週の日曜日なんて、訪れるけど、元通りの日曜日なんだ。
「攻守交代だー!!」
間抜けにも二人の微妙な空気を崩したのは竹谷くんのやけくそめいた叫び声だった。
チームメイトが動き始めるのを見て、私は笑みを作った。
「ごめん。また後で話そ?」
映画館で映画を見る事に慣れていない私より、映画好きの鉢屋くんが行けばいい。
なんとなくそう思いながら、私はベンチの上に置き去りになっていたグローブを手に外野の方へと走って行った。
来週の日曜日の事なんて、あまり考えたくなかった。
⇒あとがき
本当なら仙蔵と喋らせようかと思ってたんですが、何となく与四郎さんで!!
知ってる方言詰め込んだだけなので、文法的に可笑しいかもしれないけど、そこはスルーです。
与四郎さん動かすの難しいけど出すの好きだー!!
さて、お次は告白少女の代わりにあの人が現れますよ!!お楽しみ……になるかはよくわからない!←
20110326 初稿
20220809 修正
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