17.お詫び

 今朝も電車で久々知くんと目が合った。
 だけど軽く会釈で挨拶をしただけに留まり、久々知くんは私とは少し離れた場所で吊革に掴まり、ちらりと食満先輩を見た。
 その視線に気づいた食満先輩が不快そうに眉根を寄せれば、久々知くんは視線を下に落とし、小さく溜息を吐いた。
 なんだかよくわからないなあと思いながらも、私は本の続きが気になって視線を元に戻した。
 大川高校の最寄駅に着くと、人波を縫うように歩きいつものように食満先輩の後を追い掛けつつ改札口に向かう。
 今日で三日目になる鉢屋くんの待ち伏せ姿はすぐに見つけられたけど、初日の美土里ちゃんに声を掛けられるまでのように女の子に囲まれていた。
「鉢屋くん、おはよ」
「おはよ、美沙」
「あ、今週の彼女になった先輩だ」
「おはようございまーす」
「それじゃあ鉢屋先輩。また学校で」
「ああ」
 ひらひらと手を振る彼女たちに手を振り返した鉢屋くんをちらりと見上げる。
「見事なモテっぷりだね。色男さん」
「よしてくれよ」
 肩を竦める鉢屋くんに私はくすくすと笑う。
「それじゃあ行くか」
「うん」
 歩き出した鉢屋くんは私の歩調に合わせてゆっくり歩く。
 今日の小テストの事を少し話しながら、ふとそう言えば昨日は今日いた彼女たちの姿がなかったなと思い出した。
 まあ昨日は一昨日と180度違う暗い雰囲気を持ってたから仕方ないのかな。
 駅から学校までは十分も掛からないくらいに近くて、あっという間だったけど、教室が同じ私たちは三年の教室へ向かう食満先輩を見送って二年の教室のある階へ上がった。
「あ、美沙ちゃん!」
 は組の教室の前を通ると美土里ちゃんが窓から顔を出した。
 美土里ちゃんは窓際の席だったんだろうかと思いながら、私は足を止めた。
「おはよう美沙ちゃん」
「おはよう美土里ちゃん」
 笑みを浮かべる美土里ちゃんに釣られるように笑みを浮かべると、美土里ちゃんは満足そうにうんうんと頷いた。
「昨日はメールの返事がなかったから心配してたんだ」
「ごめんね。お義父さんが急に出張になってその準備で家中バタバタしてて……」
「え?そうだったのか?」
「うん。まあ少し余裕持てる位には間に合ったし大丈夫だよ」
「ならいいけど……無理するなよ」
「大丈夫だよ」
 くしゃりと頭を撫でる鉢屋くんの手にくすぐったさを覚えてくすくすと笑っていると、美土里ちゃんが私たちを見てにやにやと笑っているのに気付いた。
「なんだ美土里、羨ましいか」
「ほほほ羨ましい限りね。でも三郎はお呼びじゃないからとっと消えて頂戴」
「なんだと!?」
「美沙ちゃんと大事な女同士のお話があるのよ。ほら、しっし」
 犬を追い払うようなジェスチャーをした美土里ちゃんに鉢屋くんの眉間に皺が寄る。
「ごめんね、鉢屋くん」
 多分、昨日のメールの事だろうと思った私は鉢屋くんに謝って、見送るように手を振った。
「美沙が言うなら……」
 渋々と言うように隣のろ組の教室に向けて歩き出した鉢屋くんは、教室に入る前にちらりとこちらを見て、名残惜しげに教室に消えて行った。
「三郎ったら本当犬ね」
「ふふっ」
 美土里ちゃんは呆れながらそう言うと、机の上の鞄を開けた。
「昨日のメールは見た?」
「うん。来週の日曜日空いてるかだよね?」
「そうそう。昨日お昼邪魔しちゃったお詫びって言うか……はい」
 そう言って美土里ちゃんが鞄から取り出したのは一枚のはがき。
 なんだろうと覗き込むと、それは映画の試写会のはがきだった。
「週末は伯母様が家に居るって言ってたし、留先輩と行ってきなよ」
「……え?」
「その映画ね、留先輩好きな映画でさ。私もまさか当たると思わなくて……」
「ちょっ、無理無理!食満先輩となんて怖くて行けないよ」
 声を押さえながらも首をぶんぶんと強く振り、私は必死に抵抗する。
「美沙ちゃん。そんなに不安がらなくても留先輩は美沙ちゃんの事本当に嫌ってなんかないよ」
「美土里ちゃん……」
「まあ実はその日、私もう予定作っちゃってて行けないんだ。だから行くか行かないかは美沙ちゃんが決めていい。どうしても留先輩を誘えないって言うんだったら他の友達と行ってもいいよ。もったいないしね」
 そう言って笑った美土里ちゃんに別の子が声を掛ける。
 委員長だから他の子にも引っ張りだこなのはわかってるから、私は御免と言うように片手を身体の前に置いた美土里ちゃんに首を横に振って笑みを浮かべた。
 美土里ちゃんの口から鉢屋くんとと言う言葉は出なかった。
 確かに私は美土里ちゃんに鉢屋くんが好きだから付き合ったわけじゃないって言った。
 でも、美土里ちゃんに言ってほしかった。
 他の友達と、じゃなくて……鉢屋くんとって。
 でも来週の日曜日なんて、お互い好きで付き合ったわけじゃない私たちに迎える事は出来ないだろう。
 そう思うと胸がずきりと痛んだ。
「おーっす!」
 ぎゅっと抱えていた学校指定のバックの紐を握り締めていると、後ろから背を叩かれた。
 突然の痛みに思わず振り返ると、満面の笑みを浮かべる竹谷くんが居た。
「ん?どうした?ぼーっとして」
「あ、ううん。なんでもないよ」
 満面の笑みに反射的に同じような笑みを返した。
 さっき感じた痛みはもうなくて、首を傾げながらも竹谷くんを見上げた。
「おはよ」
「おう。今日は三郎と一緒じゃないんだな」
「美土里ちゃんに引き留められて」
「美土里?池上って美土里と仲良いんだ」
「去年同じクラスだったから」
「そうだったのかー」
「竹谷くんも仲いいんだ」
「中学一緒だしな」
 そう言って竹谷くんはにいっと笑いながら教室の扉に手を掛けた。
 だけど、それよりも早く教室の扉が僅かに開き、鉢屋くんがそろりと顔を出す。
「……浮気だ」
「うお!?お前は池上のストーカーか!?」
「俺は美沙の彼氏だ!!」
「威張んな気色悪い!」
「なんだとー!?」
 随分と低次元な言い争いを始めた二人に呆気にとられた私は、思わずくすくすと笑った。
 竹谷くんの笑みはとても眩しい、向日葵のような人だと思った。



⇒あとがき
 ウザイくらい嫉妬する三郎さんが楽しくて仕方がなかったです。
 竹谷は爽やかな鈍ちん野郎ですので本当くっつかないにも程があるって感じです。
20110323 初稿
20220806 修正
res

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