14.嫉妬

「ふわぁ……。なんでお昼ご飯食べた後ってこうも眠くなるんだろうね」
 思わず浮かんでしまった欠伸を手で隠した。
 昨日、一昨日と同じ弓道場の裏手でのランチタイムを済ませた私たちは暖かな午後の日差しにのんびりとした時間を過ごしていた。
 会話の途中で浮かんでしまった欠伸が恥ずかしくてそう言えば、鉢屋くんは楽しそうにくくくと笑った。
「寝ててもいいぞ?まだ五限まで時間あるしな」
「えー……やだよ。寝顔恥ずかしいじゃない」
「俺は気にしないけど?寧ろ大歓迎」
「やっぱやだ」
 自分の膝を貸してやるとばかりにぽんぽんと膝を叩く鉢屋くんからぷいっと顔を背けた。
―――ブーッブーッ
 ふと、鉢屋くんの制服の胸元のポケットで携帯が揺れる。
 マナーモードにしていた鉢屋くんはさして驚くこともなく携帯を取り出すと、サブディスプレイを見て、そのまま胸ポケットに携帯を戻した。
 携帯は相変わらず鳴り続けているから、電話だろうことは分かった。
「出て良いのに」
「いや、知らない番号だから」
 そう言って鉢屋くんはどこか寂しそうな顔で首を横に振った。
「よく掛かって来るの?」
「まあ、程々に」
「それって……元カノ?」
「……多分」
 何となく予感を覚えて問えば、鉢屋くんは気まずそうにそう答えた。
「それって、元カノになったらアドレス消去してるってことだよね」
「一度付き合った子とは連絡取らないようにしてるから」
「だから知らない番号に出ない?」
「ああ」
「……冷たいんだね」
 素直に認めた鉢屋くんを私は思わず批難してしまった。
「じゃあ美沙は自分が付き合ってる相手に気がある奴が電話かけてくるの平気?」
「それは面白くない、けど……」
 穏やかにそう返してきた鉢屋くんに私はぐっと言葉を飲み込み、視線を彷徨わせる。
 名前を知らない綺麗な花々。
 育てているのは中在家先輩だけじゃない。
 鉢屋くんの従兄弟でもある不破くんも園芸部だ。
 彼は友達で親戚だから絶対にアドレスから消えることはないだろう。
 尾浜くんも、久々知くんも、竹谷くんも。
 でも私は鉢屋くんの友達じゃない。
「じゃあ、来週になったら私のアドレスも消えるんだね」
「それは……」
 俯き、言葉を濁した鉢屋くんに私ははっと我に返って自分の口元を押さえた。
 一週間だけと言ったのは私の方なのになんで鉢屋くんを批難するみたいに言ってるんだろう。
 大体それを決めるのは私じゃなくて鉢屋くんの方だ。
「ごめん。別に私たち好きあって付き合ってるわけじゃないのに……我儘言いすぎた」
 鉢屋くんの顔が見れなくて、スカートの裾を握りながら俯いていると、再び鉢屋くんの携帯が鳴った。
 マナーモードのためにブーッブーッと着信を告げる音に私はどうぞと言うように片手を差し出した。
「そうだな。……ちょっと、ごめん」
 鉢屋くんは再び携帯に手を伸ばし、またサブディスプレイを確認した。
 「そうだな」って肯定する言葉にずきんと胸が痛むのを感じながら鉢屋くんが携帯を開く音を聞いた。
 カチリと音が耳に届き鉢屋くんが携帯を耳に当てる姿を思わず見上げた。
「……はい」
『ちょっと三郎!あんた今どこに居るのよ!!』
 電話口から聞こえる声は美土里ちゃんの声で、あまりの音量の大きさに鉢屋くんは携帯から耳を話した。
「どこって言えるわけないだろ?」
『あんた今日が委員会召集日だってこと分かってる!?』
「あー……そうだった気もしなくはないが……別に俺一人参加しなくても問題ないだろ?」
『何言ってんの!今日は全員参加だって前から言ってたでしょ!?』
「わかったから落ち着けよ美土里」
 どうどうと言いながらもさっきまでの暗さが取れて、笑顔になる鉢屋くん。
 美土里ちゃんと委員会が同じだから仲が良いのは知ってる。
 鉢屋くんの本命が実は美土里ちゃんじゃないかって噂も―――知ってる。
 気心知れたような穏やかな笑みが見ていて腹が立つ。
「あ」
 私は思わず鉢屋くんの携帯を奪い、通話を切った。
「……美沙?」
 鉢屋くんが呆然と私の名を呼ぶ声ではっと我に返った私は携帯を鉢屋くんに戻し、空になったお弁当箱をわざとらしく音を立てて片付け始めた。
「行っていいよ。委員会、大事でしょ?」
「何怒ってるんだよ」
「怒ってない」
 再び鉢屋くんの手の中で携帯が鳴る。
「げっ、また美土里の奴……」
 きゅっとお弁当箱を詰めた巾着の紐を締め、私はすくっと立ち上がった。
「私と付き合ってるのに電話に出る鉢屋くんが悪い!」
 何言ってんだか自分でもよくわかんないけど私はぷいっと鉢屋くんから顔を背けてそのまま校舎の方へと戻って行った。
 下駄箱まで俯いたまますたすたと歩いてきたけど、思わず玄関で立ち止まって振り返れば誰も居なかった。
 鉢屋くんは多分まだあそこにいる気がする。
 委員会は大事だろうけど、多分、私を気遣って追いかけてこないんだと思う。
 鉢屋くんは冷たくなんてないのに、私、なんてこと言ったんだろう。
 心の安寧を求めて彼女にしてもらっただけの私には嫉妬する資格なんてないのに……私、最低だ。
「あれ?池上さん?」
 ぽつっと掛けられた声に私は視線を上げる。
 ちょうど階段から降りてきたところらしい久々知くんは不思議そうに私を見ていた。
「三郎と一緒じゃなかったのか?」
「一緒だったけど、委員会……あるし」
 こんなところで立ち止まってちゃいけないと私は慌てて靴を脱ぎ、靴箱に押し込んで代わりにスリッパを引っかけて廊下に上がった。
「そう言えば勘右衛門が委員会って言ってたっけ」
 ぼんやりと呟くように言った久々知くんの所まで階段を上り、もう一度下駄箱を見た。
 鉢屋くんが来る気配はない。
「私、教室戻るね」
「あのさ」
 慌てた様子で久々知くんが私を引き留める。
「池上さんって……あ、いや……ごめん。なんでもない」
「……変な久々知くん」
 立ち止まっていても久々知くんの言葉の続きが分かるわけでもない。
 私は久々知くんにそう返して階段を駆け上った。



⇒あとがき
 何故か出張る久々知兵助にあばばばば。
 話が駆け足過ぎて頭が追いつかないです。畜生、三郎視点で書けばよかったか?
20110319 初稿
20220801 修正
res

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