13.ファーストキス
けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音に覚醒を促された俺は、うなされていたのだろうか、じっとりと汗ばんだTシャツに不快感を覚えながらも目を開けた
見たはずの夢は良く覚えていないが、多分昨日の事だろう。
「はあ……」
俺は思わずため息を吐きながら目覚め誌時計の音を止めた。
昨日、俺は美沙にキスをした。それも二度、確認するように触れた。
今まで付き合ってきた彼女たちとですら中々交わしたことのないキスは、さながら花の蜜に誘われる蜂の気分だった。
甘露を啜ると言うのは多分言い過ぎだろうけど、それ位俺はただの唇が触れ合うだけのキスに酔っていた。
興味を抱き続けるなんて出来なかった俺がここまで嵌った様子を見せているのは珍しい事だと言えるだろう。
だけど美沙は唇が離れると、風に掻き消えそうなほど小さな声で「騙された」呟いた。
その言葉の示す意味が知りたくと思わず問い返してしまえば、美沙はしまったと言う顔で「気にしないで」と言った。
元々美沙は俺と付き合う事を一週間と最初から決めている。
俺に気もなければ、付き合うと言う行為に特に興味がなさそうだった。
普段通り、彼女は周りに……俺に合わせているだけに過ぎないのだろう。
「……行きたくない」
高校に入ってからは同じ学校に雷蔵がいるからと、学校に行きたくないなんて思った事一度もなかった。
なのに今日は行きたくないと思ってしまった。
多分、美沙が俺に興味がなくても、俺が美沙に興味が湧いている所為だろう。
一週間って区切りを決めたのは俺だ。
けど、俺はその一週間、何時だって本気だった。遊びじゃない。興味本位じゃない。
……先週までの俺はこんな奴だっただろうか。
思わず朝から二度目の溜息を零れ落ちさせながら俺は思う。
「どんな顔して会えばいいんだ?」
こんな感覚は久しぶり過ぎてこそばゆく感じるがこれが恋ってもんだよなって思えるほど今の俺は明るくなれない。
付き合うって最初に言いだしたのは美沙だけど、美沙は本気じゃない。
同意も得ずに唇を交わた俺を彼女はどう思ってるだろう。
「……本当行きたくねぇっ」
思わず枕に顔を埋めながらも、しばらくして落ち着きを取り戻し、どうにかいつものように「おはよう」と美沙にメールを送った。
忙しかったのか、何を思っているのかわからないが、美沙からの返事は俺と同じ内容の「おはよう」のただ一言だった。
* * *
朝、いつものように食満先輩の後を追いかける様に改札口を抜けた私は、売店の近くで俯いている鉢屋くんを見つけた。
昨日の楽しげな様子とは180度も違うその姿に思わず足を止めながらも、私は鉢屋くんに歩み寄った。
「おはよ」
「あ……おはよう」
「反応暗いよ?昨日はあんなに明るかったのに、どうしたの?」
体調が悪い……って事ではないと思う。
別に血色が悪いとかそんな風には見えないし。
それよりも同じ顔をした不破くんと同じような顔をしている。
不安そうな顔で何か迷っている。そんな感じ。
「もしかして昨日のこと?」
「え?」
「流石におはようのキスとか無理だよ?昨日のはなんというか……事故って言うか……なんだろ?」
事故以外に思いつかなかった私が首を傾げると、鉢屋くんは面食らったような顔で私を見下ろす。
時間にしてほんの数秒。
だけど呆けるには十分な間を置いて、鉢屋くんは吹き出した。
「ぶっ……くっくっく。昨日のは“事故”じゃなくて“罠”だよ」
「え?何それ。悪いの私って事?」
酷いなあなんて口にしながらも、鉢屋くんらしいペースに戻ってくれてどこかほっとした。
別にキスが嫌だったわけじゃない。
でも胸が躍るとかそう言うは一切なくて、キスってこんなもんなんだって感じの割とドライな反応を自分でもしていると思う。
昨日あの後すぐは当然戸惑ったけど、時間を少し置いただけで自分でも不思議なくらいあのキスを受け入れていた。
ただ、唇に指を這わせるだけで思い出せる。
受け入れてはいるけど、印象深いキスになった。
別にファーストキスでもないのに変な話だと思う。
「あ、そうだ」
「ん?」
「鉢屋くんのファーストキスって誰?」
「ぐふっ」
何の気なしに聞いてみると、鉢屋くんは突然咽た。
「だ、大丈夫?」
「いつじゃなくて誰と来たか……」
「あ、普通は何時、だよね。ごめん、でも鉢屋くんは皆よりうんと早い気はしてるから幼稚園とかかなーって勝手に予想。御遊戯会でとか定番じゃない?」
「ちゃんとそっちも聞くんだな」
「何となく気になっただけだけどね」
「……いつだったかは覚えてない。とりあえず小学校位だった気がする」
「何それ。微妙だよ?」
「幼稚園の御遊戯会はノーカンだ」
「え?そう言うもの?」
「当たり前だろ。それとも何か?美沙は御遊戯会でファーストキスは済ませたと主張するわけか?」
「もしかして駄目?」
「駄目って……え?マジで?」
「でも向こうもファーストキスはあの時だって言るし……」
「ちょっと待て!相手誰だ!?俺の知ってる奴か!?」
「知ってるって言うか……鉢屋くんの友達。私とは腐れ縁の尾浜くんだよ。確かあの時は白雪姫をやったんだよね。くじ運良かったから私が白雪姫やったんだ」
お父さん張り切ってビデオ撮ってたけど、あのキスシーン、尾浜くんが本当にキスしたからお父さんビデオ片手に大声あげてたんだよね。
最近はお義父さんに遠慮して見てないけど、あのビデオは大事に取ってある。
大事な家族の思い出だから……。
「よし、朝一番に勘ちゃんを襲撃決定だ」
「え?御遊戯会はノーカンなんでしょ?」
「相手が勘右衛門なら別!」
「鉢屋くんと付き合う前の話だしいいじゃない。あれカウントしなかったらファーストキスの相手鉢屋くんだよ?それじゃ駄目?」
効果があるかはわからないけど、上目づかい気味に首を傾げて言ってみた。
そしたら鉢屋くんがぐっと押し黙り、少しの間を置いて「許す」と言った。
少し赤くなった鉢屋くんが可愛くて笑ったら頭を叩かれた。
⇒あとがき
後半の話は若干取ってつけた内容です。書くつもりなかったんです。
でも手が勝手に動いてました。腐れ縁万歳!!
ちなみにこのお話の勘ちゃんは自由人です。「あの時はね、チューしてみたかったからしただけ。でもファーストキスはファーストキスだからちゃんとカウントしてるんだよ!」って言うのがきっと勘ちゃんの言い分。
……しっかりこの台詞まで妄想している辺り、私、意外に考えて……るようで基本考えなしだからプロットから抜けてる話があることにこれ書きながら気付いた。
抜けすぎなんだよね、私。でももうあっという間の中日の木曜日。ラストスパートに向けて頑張るぞー!!
20110311 初稿
20220801 修正
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