12.公園にて
毎週水曜日は部活の日だ。
でも全体練習じゃないから結構サボった頻度の方が高い俺だけど、今日は久しぶりに水曜日の部活に顔を出した。
案の定潮江先輩は驚いた様子で「明日は雨か?」と心配げに携帯の天気予報を確認していた。失礼な人だ。
食満先輩は久しぶりに部活に出てきた俺が気にくわないのかずっと睨んでいたし、そんな様子を見て立花先輩は何かを考えている風を見せていた。
その顔が楽しそうだったところを見ると、俺にとってか食満先輩にとってかはあまり良い事は起きないだろう。立花先輩はそんな人だ。
兵助は美沙が理由だってわかってるのか納得した顔でいたけど、殆どの部員が潮江先輩の反応か食満先輩の反応のどちらかだった。
まあ、普通そうだろうけどな。
美沙は放課後は空いていないが、俺が部活が終わるころには近くの公園で待っていてくれると言った。
きっと用事があるんだろうが、その時間を割くために態々早足で帰っていく姿を見ると少し申し訳なかった。
そんな美沙をあまり待たせたくないからと、俺は部活の後片付けを手早く済ませ、先輩方に「お疲れ様でした!」と頭を下げてそそくさと弓道場を後にした。
三人の先輩以外は俺の事を本当に良く思っていないんだろう。陰口が酷かったが、そんなことを聞いている暇はない。
夕方の公園はあまり治安が良いとは言い難いし、そんな場所に彼女を一人で待たせておくなんて俺が許せない。
どちらかと言えばカップルの多い公園だから美沙はきっと気疲れしている事だろう。
昼間の公園しか知らない美沙だからこそ言った待ち合わせ場所の公園の名前に俺の方が驚いてしまった位だ。
公園に辿り着くと、池の近くにあるベンチに座って携帯に触れている美沙の姿が見えた。
私服姿の美沙は学校と違って短パンにレギンスと言う格好で、髪も少しだけ巻いていた。
身体に少しフィットした形の少し長めのTシャツの上に黒いベストを羽織った姿の美沙はどちらかと言えば活発な印象を覚える。
スカートじゃないのは動きやすさを考えてだろう。足元はスニーカーだったから多分そうだ。
その姿に驚いていると、美沙は俺に気づいたのか、携帯から顔を上げて微笑んだ。
「お疲れ様」
その一言に胸がじんわりと温かくなるのを感じながら、俺は美沙に歩み寄った。
「おう。待たせてごめんな」
「ううん。そこまで待ってないよ。弓道部が終わる時間は大体知ってたから」
くすりと笑った美沙は、ベンチから立ち上がった。
三限目の地理の前の休み時間の間に雷蔵にでも聞いたんだろうか。美沙は意外と用意周到だからなあ……。
「部活はどうだった?」
「先輩たちに微妙に苛められたって言ったらどうする?」
「真面目に部活に出ないからだよ。潮江先輩とか怒ったんじゃない?」
「潮江先輩にはどっちかって言うと明日の天気を心配されたかな」
「あ、潮江先輩ってそう言う人なんだ」
美沙には生徒会長としての潮江先輩の印象が強かったんだろう。
実際の潮江先輩とのギャップが面白いのかくすくすと笑っている。
「えっと、少し歩く?」
昨日よりも何となく空気を読んだ発言がなんだかおかしくて、俺も笑ってしまった。
「そうだな」
それに気付かない美沙の手を取ると、美沙は少しだけびくりと反応をしたけど、何でもないと言うように首を横に振った。
特に気にすることもないだろうと思いながら、俺は美沙と二人、池の周りを少し歩くことにした。
「なんて言うかカップルばっかりだね。……あ、私たちもカップルか」
「そうだよ」
相変わらず自覚のない美沙にくつくつと笑いながら、俺は少しだけ強く美沙の手を握った。
湖面を見つめるとちょうど綺麗に夕日が沈んでいく。
その光景も、美沙の言葉も俺には寂しく感じて怖かった。
「やっぱりこう言う所って毎週一度は来る感じ?」
美沙の言葉に俺は口を噤む。
その様子を見て、美沙は慌てて口を押え、小さく「ごめん」と呟いた。
「いや。……こう言う所が好きな子も居れば嫌いな子も居るし……」
多分、美沙はそのどっちでもない気がする。
俺からふいっと視線を逸らした美沙は、沈みゆく夕日を見つめて目を細める。
美沙は何を思っているんだろう。
ふと美沙の向こうで唇を重ね合うカップルが見えて、俺は目を細めた。
別に付き合った彼女を大事にしたいからと、今までの彼女とキスやセックスをしなかったわけじゃない。
ただそこまでの好意や興味が湧ききれなかったと言うんだろうか。
俺の視線を追うように美沙がその姿を見つめ、びくりと肩を揺らす。
繋いだままだった手がぎゅっと強く握り返されて、俺は胸が躍るのを感じた。
「……美沙」
思わず掠れるような声で美沙の名を呼べば、美沙は恐る恐ると言うようにこちらに視線を戻し、上目遣いの瞳がどうしようと言うように僅かに揺れ、少しの間をおいてゆっくりと伏せられた。
* * *
するりと鉢屋くんの指先が頬を撫で、顎を少し持ち上げる。
思わず伏せてしまった目を開けられずにいると、柔らかな唇が触れ合った。
優しく触れた唇に驚いて目を開けば、切なげに細められた鉢屋くんの瞳と合った。
「鉢屋くん、今……」
思わず確認するように声を出したけど、再び鉢屋くんの唇が近づき、ドキリと胸が跳ねる。
再び目を閉じた私は鉢屋くんの唇を感じながら鉢屋くんの制服に縋った。
必要以上に肩や手に触れないって言ってたのに、色関係じゃ絶対落ちないって……。
私から何かをした訳じゃないし、鉢屋くんが何を思ってそうしたのかわからない。
だけど私は今、鉢屋くんとキスをしている。
付き合ってるんだから普通なんだろうけど……なんだろう。
「……騙された」
「え?」
思わず零れてしまった言葉が聞き取れなかったのだろう鉢屋くんは不思議そうに私を見下ろす。
「何が?」
その問いに、聞こえてしまったのだと思った私は慌てて口元を押さえて首を横に振った。
「……ううん、なんでもない」
別に彼女は騙すつもりで言ったわけじゃない。
不破くんも、そんなつもりで肯定したわけじゃない。
ただの偶然だ……と思う。
「……気にしないで」
キスをした瞬間の、あの胸の高鳴りもきっと、気の所為。
⇒あとがき
水曜日はざっくりと……と思ったら思いの外短くなりすぎました。
水曜のイベントを火曜に持ち込んだ所為ですね。
そしてお弁当に関しての話を描書き忘れたせいですねorz
20110307 初稿
20220801 修正
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