10.予兆

 池上は今まで付き合ってきた女の子たちと同じ扱いが出来ないと今日の昼休みで良くわかった。
 デートのつもりで映画館に誘ったら俺が行きたいから誘ってくれたのだと言う反応を返してくれた。
 従兄との付き合いは浅いのか映画館もゲーセンも小さい頃に行ったきりのパターンらしく、娯楽施設よりも本屋に行きたいと言った。
 本屋なんて本当寄り道位のレベルでしかないから、どうせならその辺りブラブラして少しでも一緒に居たい。
 普段なら彼女の望むままに振り回されるだけで十分だと思っていた俺が、もっと傍に居たいなんて欲を持つなんて、池上恐るべし。
「ごめんね、鉢屋くんは退屈だよね」
 ちらりと見上げてくる池上に俺は首を横に振った。
「いや。言っただろう?雷蔵の影響で結構本読むって。まあジャンルはどっちかって言うと恋愛小説の方が多いけど」
「ふふ。なんかそんな感じ」
 リラックスした様子で笑う池上にどこかほっとしながら、俺は学校の中での池上と学校の外での池上の差を見つけてしまう。
 学校での池上の笑みはどちらかと言うと勘右衛門の言う通り八方美人的な愛想笑いだ。
 でも周りに愛想笑いだと悟らせないくらいには自然な笑みを見慣れていた俺にとって、その俺を信頼してくれているようなリラックスした笑みは温かかった。
 なんと言うか、同じ年の子に比べると少し落ち着いた大人の笑みに近い。
 女の子は俺たち男よりも心の成熟が早いからそう感じる子は今までも結構居た。
 でも池上の笑みは彼女たちとなんだか違う。
「うん。これ買ってくる。鉢屋くん、ちょっと待っててね」
 一冊の本を掴むと、池上は予想外な俊敏力でレジに向かって行った。
 まるで迷いに迷う癖に、決めてしまえば大雑把に行動する雷蔵のように落差が激しい。
 さっきの笑みといい……、
「予想外だ」
 思わず口元に笑みが浮かぶのを感じて、俺は口元を押さえた。
 雷蔵たちには普通なんて言ったけど、ああいう姿を見ると可愛いと言えばよかったと思ってしまう。
 けど、同時に学校でもああ自然体で居ればいいのにと思ってしまった。
 大人しいけど、暗い奴ではない。どちらかと言えば明るい。でも大人しいからパッとしない。
 真面目な奴だけど、飛びぬけて成績が良いわけではなくて、どちらかと言えば多分中の上位だろう。
 朝が早いのは今朝初めて知ったし、部活が社貢部だってのも昨日知った。
 同じクラスになって早二か月。
 池上は周りに自分を主張しない。
「お待たせ。ごめんね」
「ごめんねよりありがとうの方が良いな」
 そう言うと、池上は一瞬きょとんとした顔をして、すぐに小さく吹き出した。
「ふふ。そうだね。待っててくれてありがとう」
 満面の笑みに釣られるように俺も笑い、本を仕舞ったバックを持つ手とは反対の手を取った。
「それじゃあ行きますか、お姫様」
「っ!?」
 驚いた池上は繋いだ手を目を見開いて見つめ、顔を赤くした。
 本当に免疫がないんだなと感じる反応にくすくすしながら俺たちは本屋を後にした。
 勝手に繋いだけど、この反応は本当に良い。すごく可愛い。
「どこ行きたい?」
「え?あ……文具屋さん?」
 池上の言葉に思わず足を止め、今度は俺の方が驚いて池上を見てしまう。
「あ、ご、ごめん。変な事言った!あ、えっと……えーっと……」
 同じく立ち止まった池上は口元を手で押さえながらうんうんと悩み始めた。
 池上は俺に好意こそ抱いていないが、本当に真面目な性格をしている。
 お互いに振り回しているようで、振り回されてる。
 そんな関係がどこか心地いいと俺は感じはじめていた。
「だったら適当に見て回ろう。池上ってあんまり寄り道とかしたことないだろ?」
「う、うん。……実はこの辺りの地理、正直明るくなくて」
 苦笑を浮かべる池上は不意に何かを思い出したのか、「あ」と声を上げる。
「傘。傘が見たい」
「傘?」
「お義父さんが折り畳み傘失くしちゃったって言ってたから、もうすぐ誕生日だしプレゼントしようかと思って」
「プレゼントか……」
「メンズ向けのお店なんてもっと詳しくないし、鉢屋くん案内してくれる?」
 俺を見上げながら小さく首を傾げる池上に俺は思わず吹き出してしまう。
「いいぜ。前に八左ヱ門が傘折ってさ。ちょうどいい店知ってるぞ」
「よかった。傘だけじゃなんだし、雑貨屋さんとか、そう言う所も行きたいな」
「よし、じゃあ次の行動は決まりだな。行くぞ」
 繋いだままの手を引くと、池上は再び赤くなった。
 いつも笑みだけを浮かべていたのに、初めて見るくるくる変わっていく表情をもっと見たいと思いながら、俺は雑貨屋を目指して歩き出した。


  *    *    *


 部活は休みだけど、練習し足りない者や、普段の練習時間で弓を射る時間が極端に少ない一年生は火曜日も部活に参加する。
 顧問の厚木先生は来てくれるし、立花先輩と食満先輩は欠かさず部活に参加するし、潮江先輩も生徒会の仕事がない日はよく参加している。
 二学期の文化祭が最後の仕事ではあるけれど、潮江先輩は最終学年と言う事で出来る限り後輩に仕事を覚えさせたいと最近は不参加だ。
 今日は二週間ぶりに弓道場に顔を出した潮江先輩を前に一年生で、同じ生徒会役員である田村は委縮気味にではあるが、先輩の指導を受けている。
 二年生はそう多く参加している訳ではなく、俺以外は今日は居ない。
 まあ、放課後の休錬は朝の休錬に参加できなかった奴とか一年ばっかりだし、大体こんなものだ。
「久々知」
「はい、なんでしょう」
 不意に立花先輩に呼び止められ、俺は立花先輩に向き直る。
 気温が温かくなってきたことで汗をかいてしまったので部室にタオルを取りに行こうと思っていたんだけど……まあまだ時間はあるか。
「お前は確か鉢屋と仲が良かったよな」
「はあ……三郎が何かしましたか?」
 学級委員長で、彼女はころころ変わるが大事にしている三郎は悪戯好きとしても有名だ。
 勝負事になると勝ちを狙うし、頭が回るだけじゃなくて運動神経も良い。
 一見努力していないように見えて、休錬に参加しないだけで自主練は怠っていない。
 努力するところを見られるのも、失敗を見られるのも嫌う、プライドの高い男。それが鉢屋三郎だ。
「いや。ただ少し気になることがあってな」
 珍しく真面目な立花先輩の声音に俺は首を傾げる。
「久々知は鉢屋の今週の彼女を知っているか?」
 予想外の質問に首を傾げたくなりながらも俺は今朝初めてまともに喋った同級生を思い出した。
「鉢屋と同じクラスの奴ですけど?」
「名はなんと言うんだ?」
「池上美沙ですけど……なんでそんな事聞くんですか?」
「何、少し気になることがあってな。しかし池上美沙か……聞き覚えのない名だな」
 最後はどちらかと言うと独り言のような声音で言った立花先輩に、俺は眉根を寄せる。
 確かに目立つ生徒ではない池上は立花先輩と関わりないだろう。
 なのに何故急に気にするんだ?三郎の彼女になったことが何か問題なんだろうか。
「すまんな。引き留めて」
「いえ。失礼します」
 ぺこりと頭を下げ、俺は再び弓道場に隣接されている部室へと歩き出した。

「おいそこ!邪魔になるだろ!?」

 少し遠くで聞こえた、恐らく知らない生徒のやり取りの声に俺はぴくりと反応を示した。
 俺は今朝同じような台詞を耳にしたはずだ。
 あれは確か電車の乗車口での事だ。
 池上を見つけて思わず立ち止まった俺に向けて言われた言葉。
「……食満先輩?」
 食満先輩と立花先輩はどちらかと言うと仲が良い。
 潮江先輩も含め腐れ縁だと言っていたけど、食満先輩と立花先輩の中学生時代の接点は弓道部だけで、学校が一緒だったのは潮江先輩と立花先輩の方だ。
 あの二人は何か別の繋がりがあるように思うんだが、俺の気のせいだろうか。
 三郎に好意を寄せていないらしい池上さん。
 人を好きになり続けられないと言う不器用な三郎。
 池上と喋っていた俺を睨んでいた食満先輩。
 何故か三郎の彼女を気にする立花先輩。
 あんまり良い予感はしないが、どうせ三郎はまた週末に別れを告げるだろう。
 俺は首を横に振って前を向いた。
 外野である俺が口を挟む問題じゃない。
 これは当事者が解決すべき問題……いや、問題になるのかすらわからない些末な事だ。きっと。



⇒あとがき
 なんか物足りなくて兵助視点を追加しました。
 別に仙食にしたいわけではないんですが、若干それっぽく見える風になっちゃいましたね。
 これには別の理由があるんですが、それに触れるかどうかは私の記憶力だけが頼り!
 伏線張って拾い忘れることが過去に何度あった事かっ。
20110306 初稿
20220729 修正
res

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