09.約束

 あの後、鉢屋くんが私に必要以上に接することはなかった。
 多分、鉢屋くんは敏い人だから、昨日の私の言い方で学校では少し避けてしまう事を理解してくれたんだろう。
 不破くんとも今朝少し話をした位で、それ以上大きな変化はない。
 そのことにほっとしながらも何故か物足りなさを覚えた私は、鉢屋くんにお昼ご飯を誘われて一緒にすることになった。
 もちろん不破くんたちとは別に弓道場の裏手で、と言う話だ。
 弓道場の裏手ってどこだろうと思いながらも、私は下駄箱に一度靴を取りに向かい、待ち合わせの弓道場へと向かった。
「こっちこっち」
 裏手の方から手招きする鉢屋くんに気づいた私は鉢屋くんに呼ばた方向へと向かう。
 朝や放課後と違って人気の少ない弓道場は静かなもので、塀のすぐ側と言う事で薄暗いのかなとも思うけど、少し開けてるおかげで日差しが適度に差し込んでいる。
「見えないとこだけど、ここも園芸部の管轄なんだ」
 そう言った鉢屋くんが指差した方向には園芸部と書かれた立札が差されたプランターが並んでいて、色とりどりの花に目を細めた。
 そう言えばこれを管理してるのも中在家先輩だ。
 あのゴツイ体格で、男らしい雰囲気。でも女の子顔負けの可愛いおすすめコーナーを作ってみたり、こんなにきれいな花を育てているのだ。
 あの人は本当何者なんだろう。中在家先輩と同じクラスの図書委員の先輩は「七松くん曰く、中在家くんはフェアリーなんだって」と興味なさ気に答えていたけど、意味が良くわからなかった。
 中在家先輩もそうだけど、七松先輩も変わってるからなあ……。
「池上?」
「あ、ううん。なんでもない」
 私は首を横に振り、お弁当箱を片手に鉢屋くんが持ってきたのだろうピクニックシートの上に座った。
 鉢屋くんって本当準備が良いなあ。
 持ってきたお弁当を広げ、二人でいただきますと手を合わせてお弁当を開く。
 ちなみに鉢屋くんのお昼ご飯はコンビニの袋の中からがさがさと取り出したサンドイッチだ。
「鉢屋くんっていっつもパン?」
「基本はな」
「って事は彼女が作ってくれたり?」
「でも俺らの年で弁当作るって親が作ってるか冷食ばっかりだろ?だから基本的にこっち」
 そう言って鉢屋くんはコンビニの袋を軽く引っ張る。
「池上の弁当はっと」
 鉢屋くんは私のお弁当箱を覗き込んで首を傾げた。
「親の手作り?」
「私は自分で作ってるよ。お母さん、料理苦手だし」
「そうなのか!?」
 鉢屋くんは驚いた様子でまじまじとお弁当箱の中身を覗き込んでくる。
 あんまり可愛いお弁当ではないからそんな風に真剣に見られるとちょっと恥ずかしい。
「昔、近所のおばちゃんとかが色々教えてくれたから……その……」
「なんか温かい感じでいいな」
 鉢屋くんの言葉に私は首を傾げる。
「そ、そう?」
「ああ。確かに金平とか和え物とか、若い子向けの弁当の内容じゃないだろうけどな」
「可愛いお弁当ってお腹すいちゃうし、朝ごはんの準備もあるから基本作り置き出来るものばっかりだよ」
「卵焼きは甘いか?」
「甘めだけど、そこまで甘くないよ。……もしかして狙ってる?」
「狙ってる」
「しょうがないな。はい、手出して」
 こくりと頷いた鉢屋くんにくすくすと笑い、私は箸を上下逆さまにして卵焼きを摘まんだ。
「あーんとかしてくれるかと思った」
「しないよ」
 子どもじゃあるまいしと思って言ったけど、そうだ私と鉢屋くんは一週間だけとはいえ恋人同士だった。
「恋人同士ってあーんとかってするものなの?」
 そう問えば、鉢屋くんはにやりと笑い頷いた。
「……しないんだね」
 あんまりいい笑顔ではなかったから私はすぐにそう判断して小さく溜息を吐いた。
「ち。そこは冷静だな、池上」
「当たり前でしょ?私たちもう高校生だし……恥ずかしいじゃない」
「あ、その顔良いな」
「え?何か言った?」
「いーや。なんでもない」
 にやにやと笑いながら、鉢屋くんは掌に乗った卵焼きを口の中に放り込み、もごもごと口を動かす。
「うん、うまい。この位の甘さもいいな」
「そう?気に入ったのなら明日は大目に作るよ」
「本当か!?」
「なんなら鉢屋くんのお弁当も作ってもいいけど……それは流石にやり過ぎかな」
「いい!俺池上の弁当食べたい!」
 元気よく手を上げる鉢屋くんに虚を突かれたものの、その必死さに思わず笑ってしまった。
「わかった。じゃあ明日は鉢屋くんの分も作って来るよ」
「よっし!」
 本当にうれしそうな鉢屋くんは機嫌よくサンドイッチを口に咥える。
 なんだか委員長としてのしっかりした印象だとか、不破くんたちと一緒に居るちょっとお茶目なイメージだとか一気に払拭されてる気がする。
「あ、そうだ。今日の放課後は空いてるか?無理だったら明日でもいいけど……」
 心配そうに問うてくる鉢屋くんに、口に放り込んだ時雨煮を慌てて咀嚼した。
「今日は空いてるよ」
 昨日の晩、大量に作ったポトフの残りに今日はシチューのルーを溶かせばシチューになる。
 ポトフは他にもミネストローネにもカレーにも出来るから便利が良いんだよね。
 シチューにしてしまえば、更に残ったものをパスタソースとして利用できるし、後は食満先輩がどれだけ食べるか……だけど。
 あの人文句も褒め言葉もない癖に本当良く食べるんだよね。
 鉢屋くんはどのくらい食べるだろう。
 基本的にお昼はこれとコンビニの袋を見せてくれたけど、中にあったのはサンドイッチが二つ。
 食満先輩と違ってあんまり食べないのかな?
「……って、聞いてるのか?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。えっと、何かあるの?」
「はあ……映画でも行かないか?」
「映画?……うーん」
 別に映画が嫌いなわけじゃないけど、あまり映画館に行って映画を見るって事はしたことがない。
 最後に映画に行ったのは何時だっただろう。確かお父さんが死ぬ前の話だから小学校二年生以前の話のはずだ。
「映画館に行ってまで見たいものってないし……それだったら普通にゲームセンターとか?」
「池上ってゲーセンとか行くの?」
「従兄が好きだから一緒に行ったことあるくらい……かな」
 と言ってもその人は父方の従兄で年の離れた人だから小さい頃に何度か会った位。
 今の従兄、錫高野先輩が帰り道に七松先輩と立花先輩と三人でゲームセンターに行く姿を見かけたことはあるけど、一緒に行ったことはない。
「映画館もゲームセンターも久しく行ってないけどね」
「それって逆に珍しいな。普段休みはどうやって過ごしてるんだ?」
「うーん。図書館に行ったり、本屋さん廻ったり……位かな。テレビゲームもあんまり得意じゃないから」
「へえ……」
「あ、でも映画自体は好きだよ。邦画より洋画派だけど」
「なら本屋でも行くか」
「別にいいけど……鉢屋くんは映画館に行きたいんじゃないの?」
「と言うか俺は池上とデートしたいんだけど」
 意図を読んでほしかったと言うように、言葉に棘を含みながら口を尖らせた鉢屋くんに私は「あ」と声を上げた。
「ご、ごめん。私本当誰かと付き合った事とか、人の恋話とかあんまり聞いたことないから……」
「恋愛小説とかは読まないんだ」
「恋愛小説よりは推理小説とか冒険ものとかの方が好きなんだ」
「へえ。俺も雷蔵の影響で結構本読むけど、最近は何読んでるんだ?」
「森絵都のカラフル。ちょっと古いけど、中在家先輩がお勧めしてたから」
「へえ……俺も今度読んでみようかな」
 くすりと笑った鉢屋くんの笑みが綺麗で、私は思わずどきっとしながら頷いた。



⇒あとがき
 料理が出来る夢主なら、一度はやらねばお弁当イベント!!
 ってことで卵焼きについてぐだぐだ話に触れていたのはこういう意味でした。
 三郎は甘党と言う管理人の勝手なイメージ。対して雷蔵は辛党で、笑顔で辛い物をパクパク食べてそう。
 兵助は豆腐と卵を混ぜて醤油かな……八左ヱ門は塩味で、勘右衛門はマヨかけてそう(^p^)
 本当勝手なイメージです。
20110306 初稿
20220728 修正
res

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -