四郎兵衛と救われた同級生の場合

※成長(+4年)

 ぽへっと口を間抜けに開けたまま空を見上げる大きなその姿に目を奪われたのは何度目だろう。
 昔は私よりも小さくて、ボケボケしているからとんでもなく頼りなかった。
 そんな彼が随分と立派に育ったものだと思う。
 結局六年間体育委員であり続けた彼は見事な体躯の青年へと成長していた。
 いつも一緒にいる三郎次・左近・久作を引き離して一番背が高い上に、脚力は一つ下の乱太郎に劣るものの持久力とスピードがある為に学園一だ。
「あ、時友先輩!」
 ぱたぱたと駆け寄ってくる後輩の声に視線を空から地面に戻した四郎兵衛は「なぁに?」とその後輩に問うた。
「皆本先輩が探してましたよ?予算委員会の資料作成が終わってないって」
「あ、忘れてた」
「もう!」
 頬を膨らませる二年生に、四郎兵衛はにへらと笑った。
 気の抜ける笑みなのに、その笑みに何処かほっとするのはあの日からだ。
 三年生に上がり、房中術の授業が始まるようになったくのたまたちは急激な変化を迎えた。
 私は覚えた知識に振り回されながらも、それでも最初の実技はいつかは訪れるのだと覚悟を決めようとしていた。
 だけど覚悟を決めきるよりも先に私はある実習の最中に見も知らぬ男たちに初めてを奪われた。
 当時の最上級生だった不破先輩たちに助けられ、命だけは助かったものの、数日は部屋から出られなかった。
 心配した友人たちが代わる代わる私を見舞い、少しずつ授業に復帰するようになった。
 最初の印象が悪かったのだとシナ先生は私の最初の実技授業に私を助けてくれた不破先輩を宛がってくれた。
 不破先輩はとても優しかった。
 優しすぎて申し訳なさまで覚えてしまうほど、私は怯えて、でもどうにか行為に慣れることが出来た。
 そうして元の生活に戻っていきながら、私はふとああして空を見上げていた四郎兵衛を見かけた。
 何をしているんだろうと思っていた私に彼はただ笑みを浮かべた。
 言葉のないその笑みに私は何か憑き物がすとんと落ちたようにほっとしてぼろぼろと情けなくも涙を流してしまった。
 四郎兵衛の笑みには何か術の効果でもあるのだろうかと思うほど安堵してしまったのだ。
 あの日から私は四郎兵衛に目だけでなく心も奪われている。
 でも四郎兵衛との関係は相変わらず同級生のままだ。何にも変わっちゃいなかった。
「何立ち止まってるんだ公子!」
 後ろから声を掛けられ、私は振り返る。
 そこには重そうに積み重なった本を抱える久作の姿があった。
 ちなみに私の手の中にも同じ量の本がある。
 これらはすべて卒業した中在家先輩が届けてくれた学園長先生の友人からの寄贈品だ。
 忍術学園で図書委員を長年務めた中井在家先輩にと城付なのに休みを使って態々忍術学園まで本を届けてくれた中在家先輩には頭が上がらない。
「って、あー……四郎兵衛か」
 腕を引く後輩に半ば引きずられるような様子で歩く四郎兵衛の後姿に久作が目を細める。
「あいつも馬鹿だよな」
 ぽつりと呟くように言った久作に私は苦笑を浮かべる。
 共に図書委員を続けてきた久作には私の気持ちなど遠の昔にばれている。
 肯定も否定もしない私を久作は黙って見守ってくれていたし、多分三郎次や左近にもばれている。
 どうにも私の眼差しは分かりやすいらしいが、当の本人は全くわからないらしい。
 ユキやトモミにも同じこと言われてるんだけど、片想い位自由にさせてほしい。
「ごめんなさいね。仕事に戻りましょ」
「別に少しぐらい立ち止まるのは問題ないだろ。女のお前にはその本は重たいんだよ」
「そんなことないわ」
「おい四郎兵衛!!」
「はへ?」
 くるりと後輩の足を止めて振り返る四郎兵衛に私の心の蔵がどきりと跳ねる。
「後輩とじゃれる前に少し手伝え!」
「じゃれてないよー」
「僕は四郎兵衛先輩を迎えに来たんです!皆本先輩の所にお連れしないと」
「……どうせ予算会議の資料作成が遅れてるんだろ」
「なんでわかったの!?久ちゃんすごい!!」
「久ちゃんゆな!……俺だって図書委員長だぞ?同じことはやってる」
「それ手伝ったら手伝ってくれる!?」
「公子がな」
「え?」
「本当?」
 ぱあっと明るい笑みを浮かべる四郎兵衛に、私は情けなくもうろたえて、助けを求める様に久作を見た。
「お前も苦労しろ、ばーか」
「ちょっ、久作!?」
「手伝う手伝う〜♪」
 嬉しそうに両手を制服に擦りつけて汚れを取ってから抱えていた本の半分以上を奪った四郎兵衛は、機嫌良さそうに廊下を歩き出す。
 本を丁寧に扱うのは久作の指導の賜物だろうけど……触れた指先が熱い。
「公子ちゃん早く早く!」
 私が苦労して抱えていた本を片手にのせ、ぶんぶんとこちらに手を振って見せる四郎兵衛の笑みが眩しくて、私は目を細める。
「お前も二、三冊持ってくれるか?」
「は、はい!」
 二年生の子は久作が少し腰を曲げて位置を下げた本の山の上の方にある三冊を手に取った。
 どうやら彼も手伝ってくれるらしい。
「公子ちゃん!」
「い、今いく」
 緊張して僅かに上擦った声になりながら返事をした私は慌てて小走りに四郎兵衛の後を追った。
「我儘になれよ、公子」
 小さな声で告げられた久作の言葉に一瞬振り返ると、久作はいたずらに成功した作法委員みたいににいっと笑った。
 背を押してくれた友人に感謝しながら私は四郎兵衛の元へと走り寄った。



⇒あとがき
 四郎兵衛は個人的におっきくなって欲しい。でも癒しな存在であることに変わりなければ尚良し!!
 と言う事で成長四郎兵衛になりました。
 片想いっておいしいね!←
20110318 カズイ
res

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