伊助くんと昔の幼馴染の場合

※成長(+4年)

「きゃっ」
 誰かに突き飛ばされるように身体がよろめき、私は咄嗟に強く目を瞑った。
 地面の上に転がるのは分かっていたけど、それでも恐怖が勝って強張る身体を誰かが抱きとめてくれた。
「おっと……大丈夫?」
 多分年は同じ位なんだろうけど、ふわりと優しく笑う細身の男の子の腕の中で私は恐る恐る目を開いた。
 長い黒髪の彼をどこかで見たことがある気がして私は首を傾げる。
「なあ、今の例の巾着切りじゃね?」
「そう思うならすぐに追えよきり丸。ああでも乱太郎、三治郎」
「わかってるよ、庄ちゃん」
「合点承知〜。兵ちゃんも行こうよ」
「そうだね」
 少し短めの黒髪の少年の指示に首を傾げながらそう言った少年は体格が縦にも横にも大きな少年に首根を掴まれ、優しげな少年と楽しそうに笑いあった少年たちの三人仲良く駆けて行く。
 その足の速さに目を回している間に私はその場にしっかりと立たされた。
「大丈夫?」
「え?あ……は、い?」
 吃驚しすぎて頭が真っ白になっている私の背を優しく撫でてくれるどこか見覚えのある男の子。
 他にも何人かの男の子が「大丈夫?」や「取られたものは二人が取り返してくれるからね」等と優しく声を掛けてくれる。
「庄ちゃん〜」
 ぶんぶんと手を振りながら戻ってきたのは先ほどの二人のうち優しそうな笑顔の少年だった。
 もう一人はどうしたんだろうと瞬きをすれば、彼はにこっと笑って「はい」と私の手に財布を乗せた。
「あ、私の財布」
「人ごみは気を付けた方が良いよ。ああいう人が多いからね」
 ぽんぽんと頭まで撫でられた私は「はあ」と微妙な声を出しながら頷いた。
 多分年下に見られているんだろうな……彼らがいくつかは知らないけど。
「団蔵、三治郎と兵太夫がお仕置きしてるから回収に行ってくれない?」
「なんで俺が……別にいいけど、虎若〜」
「はいはい」
 一人は嫌だからな!とでもいうようにじとりとした視線を向けられたがっしりとした肩を竦めた少年と一緒に何処かへ行ってしまう。
「えっと……ありがとうございました」
「いえいえ。僕たちもちょうどあの男を探してたからね」
「?」
「それよりも本当に怪我とかしてない?」
「あ、はい、大丈夫です。お手数をお掛けしました」
 ぺこりと頭を下げた私はようやくさっき私を抱きしめた男の子が誰かを思い出した。
 昔住んでいた家のご近所さんで染物屋の息子さん。
「伊助くんだ!」
「え?」
 首を傾げた彼は数度瞬きをした後私を改めてみて目を丸くした。
「え?公子ちゃん!?」
「うんそう。わーすごい偶然ね!背も伸びちゃってるし、流石は男の子ね」
「公子ちゃんはなんか変わってない気がするけどね」
「どうせ私はあれからそう背は伸びてませんよーだ」
 唇を尖らせれば伊助くんは笑いながら「ごめんごめん」と私の頭を撫でた。
 小さい頃は一緒によく遊んでいたけど、六つの時に私が引っ越してからは随分と会っていなかった気がする。
「伊助の知り合い?」
 そう問うてくる男の子に伊助くんは「ああ」と呟いた。
「幼馴染の粟生野公子ちゃん。六つの時に引っ越して以来だよ。あ、おじさんたち元気?」
「うん。元気だよ。えっと、粟生野公子です」
 ぺこりと頭を下げると、男の子たちは口々に名前を名乗ってくれるけど、一気に言われて目を回していると、苦笑しながら伊助くんが改めて紹介してくれた。

 財布を取り返してくれたのが乱太郎くん。足がすごく速い。
 指示を出していたのが庄左ヱ門くん。頭が良くてすごく冷静。
 巾着切りに気付いたのがきり丸くん。どケチで手に入れたものを手放せないからそれを止めていたのがしんべヱくん。力が強いらしい。
 後ろの方でのんびりと様子を見守っていたのが喜三太くんで、手に持っている蛞蝓壷をこっちに寄せないためにも私から引き離してくれているのが金吾くん。
 乱太郎くんと一緒に走って行ったのが三治郎くんと兵太夫くん。絡繰り作りが得意で、伊助くん曰く敵に回したくないタイプらしい。
 それを迎えに行ったのが団蔵くんと虎若くんで、二人はいつも部屋を散らかして手を焼かされているらしい。
 皆して私が一つ年上だと聞くと驚いていた。ユキちゃんとかトモミちゃんって言う私と同じ年の女の子は皆美人らしい。
 ……誰かは知らないけど人と比べないでほしい。自分の背が低いのも美人ではないのも百も承知だ。

「皆仲が良いんだね」
「もちろん!」
「いいなあ……」
 羨ましくは思うけど、彼らがただ友人同士で集まっているようには見えないため気安く混ぜてとは言えなかった。
 これは私の勘だけど、伊助くんの領域に私はもう踏み込んじゃいけないんだと思う。
 昔は彼の手を焼かせていたのは私だったのに、私の居場所は彼の側にはもうないんだ。
 何故かずきんと痛んだ胸に私は気付かないふりをした。
「それじゃあ、私家に帰んなきゃ」
 またねって、昔なら言えた言葉をぐっと飲み込んで私は笑みを作った。
「あ、公子ちゃん!」
「?」
 背を向けた私にきり丸くんが慌てた様子で声を掛ける。
 振り返るときり丸くんが八重歯を見えてにやりと笑った。
「失礼かもしんないけどさ、もしかして独身?」
「ちょ、きりちゃん!それ本当に失礼だよ!」
 慌てて怒る乱太郎くんに私は唇を尖らせる。
「どうせ嫁ぎ遅れだよ。それがなにか?」
「いーや。引き留めて悪かった、またな!」
 あっさりと私が言いたかったことを言ったきり丸くんに背を向け、私は小走りにその場を去った。
 あれを言ったのが伊助くんだったらよかったのにと思った頭をぶんぶんと横に振った。
 本当に"また"があればいいのに……私は伊助くんの顔を思い出すだけで高鳴る胸を押さえて、背後で交わされた会話など気付かずに家路を急いだ。


「……なんのつもりだよきり丸」
「食券一枚にまけといてやるぜ?」
「はあ……わかったよ。畜生」
「毎度ありー。にしし、伊助って案外わかりやすかったな〜♪」
「もうきりちゃんったら、馬に蹴られるよ?」



⇒あとがき
 久しぶりに会えた幼馴染に両片想いな二人に手を貸すは組の仲間。ちなみに授業かお使いの最中……のはず。
 男同士の友情に嫉妬するのとか若い子の特権じゃなかろうか……おばちゃん邪な目で見守っちゃうよ。←おい
20110215 カズイ
res

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