07.ようこそくのいち教室へ

 くのたま一年目は殆どくのいち教室の敷地から出ることはなかった。
 それは二年生から六年生までの先輩方からくのいちのいろはと共にありとあらゆるトラップについて徹底的に学ぶためで、一部の委員会に精を出すくのたまを除いて殆どが私と一緒だった。
 身近な存在で例外と言えば初江がそうだ。
 彼女は体育委員会にするか会計委員会にするかで悩んだ挙句に会計委員会を選択し、たまたま訪れた忍たまの委員会用の長屋で目撃した会計委員会のあまりの惨状に手を貸し、それからなし崩し的に忍たまの会計委員会に顔を出している。
 くのたまの会計委員の仕事は忍たまと違いそう多くないため予算委員会にまで駆り出されていった彼女に先輩方も頑張れとしか言えない様子だった。
 それからもう一人、委員長こと柳田薫嬢がそうだ。
 伊作そっくりの見た目の彼女はその冷静っぷりから、シナ先生の指名を受けて学級委員長の座に着き、他の学級委員長委員会の先輩方と共に何度か忍たま長屋に乗り込んでいったと言う強者だ。
 一年生なのに先輩たちと一緒に忍たまを罠に掛けた委員長は私たちの中で尊敬すべき存在だった。
 ああ、私もいつか忍たまを罠に……とうっとり考える当たり、くのたまって皆ドSだ。
 ちなみに私は図書委員になり、忍たまの敷地内にあるものとは別にくのいち教室の敷地内にある図書室で本に囲まれた幸せな生活を送っている。
 言うまでもなく椛は保健委員に決定した。満場一致の拍手に椛が涙目だったけれど、皆見て見ぬ振りをした。
 忍たまとそう絡むことはなかったけど、その分くのたまとしての礼儀作法はもちろん、身だしなみにも気を付けながらくのいちのいろはとあらゆるトラップについて学んできたこの一年の最初の集大成が今日だった。
 今日から三日間、忍たま一年生が一組ずつこのくのいち教室の見学に訪れる。
 最初はい組から、順にろ組、は組と続く予定になっているのだけど、そうなるとい組はろ組やは組にくのいち教室が悪戯を仕掛ける事を言いつけてしまうんじゃないか?と心配になった。
 だけどその心配も先輩主催のお悩み相談で解決済みだ。
 どうやら歴代の先輩たちが忍たま上級生を脅し済みで、しっかりと口封じをするんだそうだ。流石先輩たち。なにそれカッコいい!!
 更に言うならばい組はプライドの高い連中が集まるらしく、去年もい組は一切は組にその情報を漏らさず、ろ組に至ってはあまりの怖さに口を噤み、は組は何も知らぬままくのいちの怖さを知ったのだと言う。
 二年ろ組の小さな暴君を黙らせた先輩たちに今年の一年は地味だと聞いていたけど……上下に魔物が居る学年だからしょうがないと思う。
「緊張してきた……」
 なんでもない顔をしながらもそわそわした様子を隠せない椛に初江が首を傾げた。
「椛が緊張するなんて珍しいわね」
「椛の場合、罠に掛ける前に罠に掛からないかが心配なのよね?」
「くっ、痛い所を……」
 不運を言外に突けば、椛が目を反らした。
「……静かに。―――来たわよ」
 冷静に一年い組の来訪を告げた委員長の言葉に皆口を噤み、障子戸の向こうの会話に耳を側立たせる。
 忍たまの敷地ではまだあまり見かけないくのたま―――女の子に期待を膨らませているのであろう子どもたちの声に皆のにやり顔が増す。
 私も思わずにやりとしながらも、委員長が姿勢を正すと共に笑みを浮かべ直した。
 くのいちとはくノ一。つまりは女の性を武器とする忍の事を指す。
 まだ11歳と身体は未熟ながら、私たちだって年相応の女の武器と言うものがある。その一つが笑みだ。
 優しく笑えば胸をときめかせ、弱い笑みを浮かべれば庇護欲をそそられる。笑み一つでも様々あるのでそれをうまく使い分けるのも勉強だと表情の特訓をした日々が少し懐かしい。
 女は演じて何ぼだと先輩たちは言った。
 そしてくのたまの恐ろしさを今のうちに思い知らせるのだ、と。
 今のうち、と言ったのは一年の初めのうちにと言う意味ではないと私は考えている。
 私たちはいずれ上級生になり、男を相手にした本格的なくのいちとしての術を学ぶ。その時に忍たまに舐められて何か事が及ばぬよう、今のうちに釘を刺すのだろう。
 私たちに手を出したら恐ろしい目に合うが、それでもいいのか?と言うように。
 なんてプライドが高くて、それでいて柔軟性のある人たちなんだろうと、私は手ほどきをしてくださった先輩方に頭が上がらない日々だった。
 年齢にしてみれば私の方が年上なのに、彼女たちは大人だった。……いや、私が子どものままで居過ぎたのかもしれない。
「さあ、行きましょう」
 委員長はそう言うと、障子戸に手を掛けた。
 考え過ぎて無駄な時間を過ごしている場合じゃない。今は授業中だ。
 私は浮かべた笑みをそのままに頭を切り替えた。
「木下先生、一年い組のみなさん。ようこそくのいち教室へ」
 ぺこりと代表して委員長が挨拶すると、皆それぞれ獲物を定めて動き出す。
 私はそわそわおろおろとしながらでゅるんでゅるんに揺れる髪を持つ少年に歩み寄った。
 やだ本当に饂飩みたいな不思議な髪してる。これどうなってるんだろうとわくわくしながら少年の前でにこりと微笑んだ。
 自分で言うのもなんだけど、私は不細工ではない。割と整った顔をしていると思うし、実際それを損なわないようきちんとお手入れも欠かさなかった。
 左目の下の泣きぼくろが将来エロい子になりそうだと先輩方に評されたけど……華織負けない!!
 ……と、冗談はさておき。
「いらっしゃいませ」
「は、はじめまして」
 少年は私の笑みに頬を染め、恥ずかしさからかそっと視線を逸らした。
「私は今野華織よ。あなたは?」
「お、尾浜勘右衛門、です」
 おお、やっぱりあの勘ちゃんだ!勘ちゃんよりも随分と幼いけれど、尾浜くんは勘ちゃんと同じ丸い目で私を見上げてくる。
 これはすぐにでも期待に応えてあげたい気がするけど、それはまだ少し早い。
「くのいち教室の中を案内してあげるわ」
「はいっ」
 少し緊張している様子の尾浜くんの手を引き私は教室の方へと歩き出した。
 ちらりと睫毛の長い少女と見まごう少年の正面に立ち、どうやって昨日作った2B弾入りのビスコイトを食べさせようか考えている様子の椛が視界に入った。
「ちょっと待ってね。椛!」
 私は尾浜くんに声を掛け、椛の方に声を掛けた。
 椛はぱっと顔を上げ、一緒に居た忍たまもつられるように私の方を見た。
「昨日作ったビスコイトをあげるんでしょ?一緒に行きましょ?」
「ビスコイトっ」
 言葉に反応したのは椛と一緒に居た忍たまではなく、私の隣に居た尾浜くんだった。
 その反応からビスコイトを知っているんだろうなとは思ったけど、目をきらきらと輝かせている様子を見ると、きっと尾浜くんもビスコイトが欲しいんだろう。
 やだ、二段攻撃待ちなんて……知らぬが仏。飛んで火に入る夏の虫。
「……あなたも、いる?」
「欲しいです!」
 元気よく返事をした尾浜くんに、椛は安心したらしくほっと息を吐いた。
 まあ確かに椛がターゲットにと選んだ忍たまは泣かせ辛そうな表情の変化の薄い子だったもんね。まあ仕方ない。
「私は今野華織。あなたは?」
「……久々知兵助」
「尾浜くん、こっちは三反田椛。椛、この子は尾浜勘右衛門くんよ」
「よろしくね」
「よ、よろしくおねがいします」
 椛の私の上を行く本物の美少女笑顔に尾浜くんは緊張した様子で挨拶を返した。
「……久々知くんは人見知り?」
「……すいません」
「別にいいわよ。同じ忍たまの尾浜くんが居る方が気安いでしょ?一緒にビスコイト戴きましょう?」
 私はふふっと上品に笑って見せ、二人の手を引いて教室の前の廊下へと向かった。
 その際椛が転びかけたのを見たけど、私が何かするよりも早く、椛が名を付けたお梅さんが転ぶのを防いでいた。
 お梅さんはこのくのたま教室の敷地内で最も古い梅の木に宿っていた精霊で木霊[こだま]と言う妖怪だ。
 見鬼と言って妖怪等を目視することの出来る能力を持つ人間があまりいないためにその力が弱まりつつあったところ、椛が名を付けることで元気になったのだと言う。
 その事に恩を感じてか、お梅さんはくのたまの中でも椛に近しいくのたま、例えば私だとか初江だとかの身を悪戯心の強い雑鬼から守ってくれている。
 それがまたひっそりこっそり守ってるものだから何とも健気な妖怪だと思う。



⇒あとがき
 まずは一年い組から……と思って書いてたんですけど、思いの外長くなったのでここで一旦切ります。
 この二人って一番苛めやすいと、私個人的には思うんですが。
 ろ組苛めにくいww竹谷さんと鉢屋さんは苛めやすいけど雷蔵さんいじめるとかちょっとどうやればいいの\(^o^)/
20110424 カズイ
res

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -