54.渡隠が渡るモノ

 帰りの事も考えて斉藤くんに他の四年生と一緒に帰るように指示して、私たちは女隠の身体を中央に横たえさせてそれを囲む様にそれぞれ座った。
 表の方では女将さんは忙しそうに働いていて、きり丸くんと怪士丸くんがそのお手伝いをしてくれている。
 少しずつ明るい雰囲気に戻り始めた表の喧騒を遮るように如意自在を使って結界を張り、改めて志島さんと向き合った。
 疲れた様子で身体を横たえる平くんの頭を撫でながら同じように志島さんを見ている七松くんがおいしいけどここは我慢だ。
「結界を張りました。水神様は志島さんに聞く様にと言っていました。渡隠一族の話を聞いても良いでしょうか?」
 志島さんはじっと目を閉じて目覚める事のない女隠―――雛菊さんを見下ろして眉根を寄せていた。
「……俺ぁ、この御方を見るなぁ初めてなんだがなぁ」
 くしゃりと表情を歪めた志島さんがようやく口を開くと、雛菊さんの髪や服を整えてあげていた数馬が顔を上げた。
「おったまげるぐれぇそっくりだぁ」
「そっくり?」
 首を傾げた数馬に、志島さんは小さく溜息を零した。
「……渡隠が同じ渡隠と会うのは殆ど奇跡みてぇなもんだぁ」
「皆が皆父さんみたいだから?」
「それも有るけどなぁ……渡隠の力はお前ぇらと違ってかなり特殊だぁ」
「隠は一族ごとに力が違うのか?」
「七松先輩っ」
 七松くんの初歩中の初歩な疑問に志島さんは苦笑を浮かべ、平くんが慌てて七松くんを咎めるように名を呼んで諌めた。
「う、すまん。だが私は隠の話しか聞いてないんだぞ?話についていけん」
「まあ疑問に思うのは仕方ないかな。平くんもそれぞれの隠の力までは知らないでしょう?」
「はい。私が知っているのは蟲隠と菫隠の事くらいですし」
「菫隠は僕みたいに菫色の髪を持つ隠の事です。属性は木。樹木を操ったり心を通わせる事が出来ます。それとは別に癒しの力を持ったりしているので各隠の一族の頂点に居ます」
「僕は轟隠です。えーっと、火属性で、雷を操ります。隠の中では少し好戦的で危ない一族らしいです」
「……二人を見てるとそこまで強そうに見えないのはなんでだろうな」
「七松先輩!」
 再び平くんに注意され、七松くんは両手で口を押えた。
「僕は人と隠の間の子ですから。能力的には他の菫隠に劣らないんですけど、見た目がこうなので……。後、菫隠は基本的に穏健派なのでそう見えちゃうんだと思います」
「くのたまの三反田は好戦的だけど?」
「他の隠に比べるとって言う程度です。後、椛ちゃんはああいう性格なんです」
「へぇ……不破は?」
「僕は先祖返りと言う奴ですね。だからかはわからないんですけど、隠の本能が分からないんです」
「隠の本能?」
「食肉―――人を喰らう事です。彼らも元は鬼ですからその本能が根底にあるんですよ。菫隠はその本能が極端に薄く、逆に轟隠は強い一族なんです」
 平くんの補足に七松くんはへーとわかったのかわかってないのかわからない返事をした。
「平家と密約を結んでいる蟲隠はどちらかと言えば菫隠に近いでしょう。属性は土。虫を操り、使役します」
「蛟隠と言うのは?」
「蛟隠は水属性。一応滅んでる筈ですけど、水神様の言葉を信じるならまだ生き残りが居ると思います。彼らは水を操る一族の筈です」
 数馬の説明に七松くんは眉根を寄せた。
「渡隠は何属性になるんだ?」
「渡隠は菫隠と同じ木属性です。操る力は風……菫隠と一緒で渡隠にもそれ以外の力があると聞きました。志島さん、説明をしてもらってもいいですか?」
「構わねぇ。……俺達渡隠は土地を渡るから渡隠ってぇ事になってるが、本当に渡るのは土地だけじゃねぇ……時空[とき]だぁ」
「……時?」
「力の強さによってその回数や渡れる時間の長さは違ってくるが、俺達渡隠は世を越えて時空を渡る。話はさっきの奴に聞いたが、天女様とやらは恐らくこの御方の力を利用してこの世界に渡って来たんだろうよ」
「この人は渡隠でも力が強い方なんですか?」
「ああ……この御方は、俺達渡隠一族の長、雛菊様だぁ」
 私たちはこの人の名前を一切口には出していなかったけど、志島さんはこの人を最初から知っていたんだろう。
 同じ渡隠の一族の者ならば知っていても不思議はないかも知れないけど、志島さんは初めて見ると言っていた。
 まあ驚くほどそっくりな人が知り合いに居たから分かったって事で良いのかな?
「雛菊様は蛟隠一族が衰退する前に蛟隠一族最後の長だった伽耶って姫さんに自分の封印を頼んだらしい。俺も詳しい事情は知らんが、蛟隠一族は封印に関しちゃ他の隠の一族の上を行く存在だったらしいからなぁ」
 水神様が言っていた同じ韻を踏む姫と言うのは蛟隠の長姫様だったらしい。
 同じ音の名を持つ一族の末裔が一族が守ってきた土地を穢すと言うのは水神様にはお辛い事だったに違いない。
「雛菊様の直系の子孫にゃぁ、雛菊様そっくりの姫様が居ってな……俺が知ってるのはそっちだぁ」
 やっぱりくしゃりと顔を歪めた志島さんになんとなくそれ以上は聞かない方が良いんだろうなぁと思いながら私はただ「そうですか」と答えた。
「伝え聞くに、雛菊様は渡隠の力の他にも色んな不思議が折り重なった隠でなぁ……じゃからどうやって滅ぼそうにも人間の術如きじゃぁ滅ぼせんわ」
「じゃあ目覚めるって事ですか?」
「お前ぇはそれを望むんだな……」
 小さく溜息を零すと志島さんは雛菊さんに手を伸ばし、その額に皺くちゃの大きな手を置いた。
 そこから淡い緑色の光がふわりと広がり、室内に何処からともなく風霊が入り込む。
 四年生たちを正気にさせた術の時と違い、柔らかな絹を纏ったような美しい風霊たちが室内を舞う姿が知覚出来た。
 ちかちかと風と共に星が弾けるような光が繰り返される中、志島さんは眉根を寄せながら額から頭皮に向かって手を滑らせ何事か呟く。
 音として聞こえないその唇を読もうにも何を言っているのかさっぱりわからない。
 隠の間で使われる言葉かと思いきや、くらくんも数馬も聞き取れては居ないようだったから、きっと渡隠だけが使う言葉か何かなのかもしれない。
 風霊たちがどこか楽しそうに舞いながら消えて行く姿に余韻を感じながら、ぴくりと指先を動かし瞼を震わせた雛菊さんを見た。
「目ぇ覚めたかぁ?」
「……伽耶の封印が解けたのね」
「そうだぁ」
 志島さんの答えを聞きながら雛菊さんはふうっとゆっくり起き上がった。
 腹筋を使って起き上がるかのように手を使わずに。
 使ったのは恐らく風霊の力だろうけど、微量すぎて良く見えなかったわ。
「私は穢されて居た筈なのに……浄化したのは貴女?」
 こてっと首を傾げながら白くて細い指で指したのは私だった。
 まるでその手に扇を持っているかのような美しい流れるような仕草に思わずほうと溜息を零しそうになりながら私はこくりと頷いた。
「そう。内隠を宿しているからかしら……貴女、とても美味しそう」
 指していた指を下げ、着物の袖で口元を覆いながらころころと笑う雛菊さんに私は思わず目を見開き、その言葉の意味を理解したくらくんが慌てて私と雛菊さんの間に手を伸ばした。
 雛菊さんはどうやら愛らしい外見と違い、中身はこの場に居る誰よりも隠らしい隠の様だ。
「心配しなくても、理性がある今、そこまで濃い所有印を付けられた隠の華を食べたりなんかしないわ。冗談の通じない轟隠ね。先祖返りはやっぱり普通とは違うのね」
「!?」
 妖艶な指先に頬を撫でられたくらくんは目を見開いて驚いたけど、直にキッと雛菊さんを睨んだ。
「くらくんっ」
 慌ててそれを制したけど、雛菊さんを警戒してしまうのは私も一緒だ。
 理性を無くしていた時の方がよっぽど儚げに見えたのに、理性のある今の方が怖い。
「貴方たちの事を仔細に分かるのは、私が渡隠の長だから。警戒するのは構わないけど、まだ内隠が今世に生まれていない以上、貴女が元の時空に戻るか否かは私次第なのよ?」
 ころころと笑う雛菊さんはくらくんをその細腕で押しのけ、私の頬を両手で包み込み怪しく笑う。
「そのために私をこの時空に呼び戻したのでしょう?」
「いや、呼び戻したのは志島さんですけど……」
「結局は同じよ。貴女、志島が―――渡隠が時空を渡ると聞いた時、僅かだけど動揺したでしょう?」
「……否定はしません」
「華織先輩」
「大丈夫よくらくん」
 心配そうに見つめるくらくんに私は雛菊さんの手を解いて首を横に振った。
「確かに元の時空に帰れるなら帰りたい。そう思う気持ちもないとはいいません。でも、私は帰る帰らない以前に生きたいんです。死にたくないって言う生きたい思いがこの時空で生き始めた頃の思いです。でも今は……」
 くらくんの手を取り、指を絡めた。
「私はくらくんと……不破雷蔵と共に生きていたいんです。元の時空に帰ったらくらくんとは一緒に居られない。私にはそれが死ぬ事より恐ろしいんです」
「華織先輩……。僕も華織先輩と一緒に生きたいです。華織先輩が居なくなるなんて……僕には耐えられない」
「くらくんっ」
「華織先輩っ」
「……そう、これが俗に言うばかっぷると言う物ね」
 呆れ顔で感極まって抱き合う私たちを見ている雛菊さんの目が死んだ魚みたいになっていた。
 すいません、たまに衝動的にこうして抱き合いたくなっちゃうバカップルで。
「良くわからんが……雛菊ちゃんが意地悪な性格だって言うのは分かったぞ!」
「鵺の加護を得ただけに過ぎない只人が渡隠の長である私を雛菊ちゃん等と馴れ馴れしく呼ばないで頂戴。まったく……けどまあ良いわ。隠の華」
「はい」
「私以外で貴女を元の時空に戻せるものは居ないわ。……心配せず、この時空を轟隠と生き、そして共にその内隠を育みなさい」
 ふわりと優しく微笑んだ雛菊さんはふらりと立ち上がると志島さんの方へ歩み寄った。
「志島、貴方も動けぬ時空で待ち続けるは辛いとは思うけれど、隠の華と轟隠の行く末を見守って頂戴」
「はぁ」
「何とも気のない返事ね。まあ良いわ。何れ燈凪[ひいなぎ]に会えたその時は貴方が生きていることくらいは伝えておいてあげる」
 ふわりと着物を揺らしながら身を反転させた雛菊さんは無言で深く頭を下げた志島さんを満足げに横目で見やりながら足元から巻き起こった風にふわりと煽られるようにして姿を消してしまった。
 雛菊さんが消えた後、暫くして顔を上げた志島さんの目にはうっすらと涙が滲んでいた。
 こうして天女様騒動は雛菊さんが時空を渡って行ったことで二度と起きないだろうと志島さんは言った。
 まあ天女様騒動みたいな事が起きないってだけでその後も一年は組を中心に色んな騒動はその後も巻き起こって行く訳だけど、まあ今は置いておく。
「ねえくらくん」
「なんですか?」
「一緒に生きられるって、嬉しいね」
「そうですね」
「……なーばかっぷるー。結局元の時空とかなんとかってどういう事だ?」
「空気読めや!!七松てめぇこの野郎!!その話は後でも良いだろうがああ!!!」
「ひえー!?今野先輩落ち着いてくださいいいいい!!!」
 ふわふわと浮ついた気持ちになっていた所に空気読まずに話しかけてきた七松を取り合えずぶっ飛ばすことにした。
 戻ったところで他のくのたまたちが七松も含め忍たま上級生全員に制裁するのは分かってるけど、それまで待てるかこの野郎!!



⇒あとがき
 取り敢えず天女編はこれにて終了です。
 なんかぐだぐだどう纏めようと考えて多割には結局ぐだったまま終わってしまいましたが……
 さて、次回がいよいよ最後の終幕になるはずですが、本当に無事に終わってくれるんだろうか……心配過ぎて又手が止まりそうです。
20130917 カズイ
res

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