53.哀れな娘

 何とも微妙な空気になってしまったけど、一日に二度も滝夜叉姫を呼び出したことで平くんは体力的に限界だったのか、膝をついて憑依を解いた。
 それに気付いた七松くんが走り寄るのを横目に私は如意自在の傘から飛び降りた。
「華織先輩!何処も怪我してませんか?」
 走り寄ってきたくらくんに私はこくりと頷いた。
「平気だよ。それより……」
 血に塗れた他の死体と違い、その身体に不自然なくらい傷のない女隠を見下ろした。
 まるで平安の貴族の様に引きずるほどの長い黒髪を散らばらせる姿は背筋に悪寒を走らせる。
「この人、渡隠……だよ、ね?」
 思わずくらくんに縋るように制服の生地を握りながらくらくんに問う。
「うん……でも、父さん以外の渡隠、初めて見た」
「渡隠には村が無いですから。……でも、僕も志島さん以外の渡隠は初めて見たかも」
 唐尾と天女様と違って何故消滅しなかったのかわからない女隠を見下ろし、数馬は手を伸ばしていいのか迷った手をそっと女隠に伸ばした。
「……うん、死んでる」
 額に指先を触れさせた数馬はそう呟いて女隠の額を一撫でした。
「雛菊さん、だっけ?」
「確か唐尾と言う男がそう言っていたな。姿が見えんが」
 平くんを肩に背負い、七松くんも女隠に歩み寄る。
「唐尾は消滅したわよ。五行封殺印は死霊を浄化ではなく滅却する術だから」
「浄化と滅却……どう違うんだ?」
「……馬鹿は置いておいて」
「だから今野は私の事を馬鹿馬鹿言い過ぎだ!」
「実際馬鹿だろ!あんた本当六年間なに学んでたの!?」
 ありえないー!と叫べば、くらくんがどうどうと私の背を撫でる。
 華織ちゃんは馬じゃないわよ!失礼しちゃう!!でもくらくんだから許しちゃう!
「五行が巡るように、死霊となった陰の気もまた大地に巡るものなのよ。だけどそうはさせずに完全に滅却……輪廻の輪から外させるのが五行封殺印。本来なら五行のバランス……割合が崩れるから避けた方が良いからいわば最終手段ね」
 この説明に七松くんはほーと声を上げたけど、三歩歩いて忘れたらそれをネタとして熊井先生に売ろう。
「唐尾だけじゃなくて天女様も消滅したから五年と六年と術が解けなかった子たちも正気に戻ってるでしょうよ」
「……今野先輩」
「ん?」
 疲れた様子ではあったけど、七松くんの背中で平くんが小さく手を挙げた。
「その女隠は死霊ではなく生霊のまま封印されていたのではないでしょうか」
「可能性はなくはないわね」
「ただ気になるのは如何して生霊のまま封印したかですが」
「渡隠よりも蛟隠の方が力が強いはずだもんね」
「……木属性で風を操る」
 不意に声がして、社の方を向けば、社の壁をすうっと抜けて大きな白蛇の姿をした水神様が現れた。
 涼やかに鼓膜を震わす声が随分と懐かしく感じる。
「蛇!?」
「予想通りの反応ありがとう」
 ため息交じりに七松くんを横目で見れば、平くんが七松くんの大きな声に眩暈を覚えていた。
「此処の主様だよ。私たちは水神様って呼ばせてもらってる」
「神様なのか!」
「我のようなものを人は土地神と呼ぶ。……詳しい話は町に居る渡隠に聞くと良い」
「父さんに、ですか?」
「渡隠が普段扱う力は一面に過ぎぬ。故にあの一族は自信が操る風の様に生きる道を選んだのだ」
 言えるのはそこまでだとばかりに水神様は倒れ伏す女隠に近づいた。
「何とも因果な事よ。姫と同じ韻を踏む名の者が時を巡り、封を解くとは」
「水落茅の事ですか?」
「血は薄れておったようだが、隠れ里を抜けた蛟隠の末裔であろう。あの封だけは蛟隠にしか解けぬからな」
 目を伏せる水神様に私は首を傾げた。
 水落茅はアニメの方の忍たまを知っていたし、五年生の中でも鉢屋くんが一番のお気に入りと言うのはもう見てても良くわかった。
 この世界の未来から来たのなら蛟隠の末裔と言われても変ではないけど、もしこの世界の未来から来たのなら忍たまを知っていると言うのは変な話だ。
 まあそれを言ったら私が隠の華と言う存在であることも変な話なんだけどね。
「力が強すぎるばかりに他者に操られ続けるとは……この娘も哀れな娘よ」
 憐憫の目で女隠を見下ろす水神様が何事か呟くと、ふわりと二つの白い光が宙を舞う様に動き、神社を覆っていた結界が少しずつ切り替わっていく。
 空から光が降るようにして、今まで感じていた隠を封じ込める気配が消えた。
 それと同時に女隠の身体がふわりと風に舞い上げられるようにして浮かんだ。
「隠の華よ、この娘を町に居る渡隠へ。どうするかは同じ一族の者に任せるのがよかろう」
「はい。"如意自在"、悪いけどもう一仕事お願いね」
 出したままだった如意自在に頼めば、水落茅の時と違って素直に女隠の身体を受け取った。
 水神様と同じく憐れむ様に視線を落とした如意自在には水神様が言いたいことが分かっているんだろうと思う。
 如意自在が女隠の身体を受け取ると同時に、二つの白い光の姿が空気に溶けるように消え、気付けば水神様も居なくなっていた。
「……町に戻りましょう」
 心配な事はいくつもあるけど、何時までもここに居る訳にはいかない。
 歩き出した私に続く様に皆も歩き出した。

  *  *  *

 町へと戻ると、四年生と志島さんに保護されるような形で池上屋の周辺に人が多く集まっていた。
 町の人たちは私たちの顔を見ると酷く安堵した顔になったけど、傍から見ると姿の見えない如意自在に抱えられた女隠に気づくと再び怯えたような顔をした。
 女隠はくらくんと数馬と違って純粋な隠であり、椛や志島さんの様に人に擬態している訳でもない。
 黒く艶やかな長い髪の間から覗く二つの角に人々は「鬼だ」と囁き合う。
 そんな人々の中心で、今まで一応気を張っていた筈の志島さんが何時もは気だるげに細められている目をかっと見開いていた。
 同じ渡隠の姿に驚いている、と言う風にも見えるんだけどそれだけじゃない気がする。
「華織先輩お疲れ様で〜す」
 何とも言えない雰囲気の中、のんびりとした声が私に向けられた。
「喜八郎もお疲れ様。ちゃんと学級委員長たちの指示には従っていたようね」
「授業の一環だって聞いてましたし、流石にこの状況でサボれませんよ」
「それもそうね」
「わわ!滝夜叉丸くん大丈夫!?」
 人ごみをどうにか抜けてやって来た斉藤くんは七松くんの背中でぐったりしている平くんに気づいておろおろとし始めた。
 まだこう言う事態に慣れていない彼らしい反応だけど、斉藤くんは直に七松くんに走り寄り、「奥で休ませてもらおう?」と七松くんを導く様に引っ張る。
 ちらりとこちらを見た七松くんにさっさと行くように手を振ると、私は周りの人に声を掛けた。
「元凶の隠は滅却しましたのでもう町に影響はありません!」
「けどその鬼はなんなんだい?」
 心配性のおばあちゃんの質問に私は笑みを浮かべた。
「この隠も皆さんと同じ被害者です。悪い隠じゃないので皆さんに何かする事は有りませんし、きっとこの町には留まりませんから」
 渡隠の性質は舐めちゃいけない。
 志島さんがある意味いい見本なんだけど、それが分からないおばあちゃんはまだ不安そうな顔をしている。
「ほら!笑顔笑顔!前にも言った様に、陰の気は彼らに力を与えてしまいますよ!」
「そ、そうだったね。女将さん、お団子一つ頂戴な」
 気を紛らわせようとおばあちゃんがお団子を頼むと、俺も私もと他の町の人たちがそれに続き、女将さんはちょっと困った顔をした。
「あらあらどうしましょう。そんな一斉にだと一人じゃ無理だわ」
「それなら俺が手伝いまーす!」
 ぴっと手を上げたきり丸くんに隣に居た怪士丸くんが目を大きく見開いて驚いていた。
「どケチのきり丸が率先して手を上げるなんて……」
「タダ働きは嫌いだけど、前にお土産も貰っちゃったし、それに……」
「それに?」
「な、何でもない!ほらほら、怪士丸も行くぞー!」
 妙に口ごもったけど、子どもっぽい表情で怪士丸くんの手を引きながら女将さんの後ろを追いかけるきり丸の表情はどこか嬉しそうだ。
 そう言えば女将さんってきり丸が覚えているお母さんの姿に似てるって言ってたっけ……甘えたい年頃だもんね。仕方ない。
 それにお駄賃貰わないとは言え術式の手伝いしか出来ないのが悔しいって顔ちょっとしてたし、自分の出来る事があるのが嬉しいのかもしれない。
 怪士丸くんも戸惑ってるみたいだけど、きり丸とどこか似た表情をしていたから同じ気持ちなのかもしれない。
「さて、と。私たちも奥を借りようかな。喜八郎」
「はーい?」
「四年生の皆は先に忍術学園に戻るように学級委員長たちに伝えて。途中で五年生や六年生に会うようだったら全員忍術学園に戻るように指示して頂戴」
「わかりましたー。華織先輩たちはどうするんですか?」
「私たちは志島さんとお話してから戻るわ。平くんの事もあるし、少しゆっくり目で追いかける形になると思うけど」
「そうですか。他には何かありますか?」
「そうね……。学園長先生に戻りましたら改めて報告をさせていただきますと伝えておいて」
「わかりましたー。では華織先輩たちもお気をつけて」
 ぺこりと頭を下げた喜八郎を見送り、私はくらくんと視線を合わせ七松くんたちが斉藤くんに引き摺られていった店の奥の方へと向かった。



⇒あとがき
 雛菊さんの説明が……終わらなかった。次こそ!
 とりあえず後少しで天女編終わりです。後2話位で収まればいいんだけど……無理かな。
20120530 カズイ
res

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