52.唐尾

※グロテスク表現有

「―――様どうかお許しを!」
 無限回廊を抜けた私たちは元の参道の地を踏むと同時に悲鳴染みた懇願の声を聴き、思わず各々の武器に手を構えた。
 話し声は参道の先にある小ぢんまりとした社のあるあの場所の方からだった。
 はっきりとした内容は聞こえないけれど、すぐに悲痛な叫びと怯えの声が聞こえて眉根を寄せながらも皆を振り返る。
 直に覚悟を決めた顔を確認すると私はすぐに地を蹴った。
 ぐちゃりにちゃりと明らかに人肉を食しているのだろう音に悪寒を覚えながらも私たちは最後の鳥居を潜って社のある場所に飛び込んだ。
「カ、ロ……―――!!!」
 伸ばされた手がボキリッと圧し折られ、声に成らない悲鳴が当たりに響き渡る。
 腕を折られているのはがっしりとした体格の大の大人の男であり、その腕を圧し折ったのは美しくも儚い雰囲気を持った女―――否、女隠だった。
 女隠は腕を圧し折った男の腕をそのまま引きちぎると自らの口に引き寄せてぐちゅぐちゅと生々しい音を立てながら口の中へと含んでいく。
 他にも数人、手足を刀で切られて動けなくなりながら助けをこう悲鳴を上げる女や、既に息絶えている様子の少年の姿が見受けられた。
 彼らがどういった存在かは分からないが、完全に息絶えている人間は間違いなくこの時代の人間だろう。
 愉快だとばかりに社の上からこちらを見下ろしてクツクツと笑う全身黒尽くめの年若い男と、まだ生きている様子の数人は明らかにこの時代の人間ではない格好をしていた。
「隠の華の方から来てくれるなんてこいつはツイてるじゃないか」
 美しい女隠は年若い男の声を無視して無心に男の腕を食し続けている。
 恐らく天女様同様平成の世から来たのだろう年若い男は社の階段に落としていた腰を上げ、にやりと笑う。
「気を付けて華織ちゃん、あいつ、隠だよ」
 数馬の声に私はこくりと頷きながら札を手に年若い男を睨む。
「俺の名は唐尾。礫隠一族の長さ」
 死臭漂う中でも笑みを絶やさない男は残った腕で助けを求める男の頭を踏みつぶした。
「……仲間じゃないわけ?」
「仲間?違うね。こいつらは用無しの屑だ」
 ケラケラと笑う唐尾と名乗った男は女隠の長い髪を掴んで引き寄せた。
「おい雛菊。折角隠の華が来てんのに何そんなゴミに噛り付いてんだよ」
 美しい女隠は表情を一切変えず、とりあえずくちゃくちゃと口の中に含んだ肉を噛み砕きごくりと飲み込んだ。
 その姿はもう隠ではなく悪鬼のそれだ。だけどあの女隠は隠の姿をそのまま保っている酷く異質な存在に見えた。
 普通狂った隠はもっと醜悪な気を孕んでいる物だけど、彼女からは生気自体が感じられない。
 唐尾と違い、着物姿の女隠は恐らくこの時代の隠だろう。いや、それにしても衣装が古いように感じる。
「……ん」
 小さな呻き声が聴こえ、ちらりと後ろに視線を向ければ、くらくんの背で天女様が目覚めたようだ。
「何、この臭い……」
「血の匂いだよ、天女様」
「……え?」
 反応の遅い天女様だったけど、直に状況を理解したのか悲鳴を上げてくらくんの背中で暴れる。
 慌てて平くんが手を貸し、天女様を地に下ろした。
「なんだよ、蛟隠の女も連れてきたのかよ」
「蛟隠?」
「唐尾!?どうして貴方がここに居るの!?」
 首を傾げた私の後ろで天女様が叫ぶものだから、私は唐尾と天女様を見比べた。
 この二人は顔見知りなの?って言うか蛟隠?
「あんたがこの雛菊の封印を解いてくれたからに決まってんだろ」
 あからさまに見下した笑みを浮かべて語る唐尾の天女様はわなわなと身体を震わせる。
「こいつは本当化け物だぜ。毎日人間食わせてたのに足りないって言うんだからな」
「化け物って……その人はあなたたちのお姫様じゃないの!?」
「お前ばっかじゃねぇの?こいつのどこがお姫様だよ!」
 掴んだままだった長い髪を引っ張り、唐尾は女隠を死体の上へと放り投げる。
 女隠は顔色を変えずにむくりと起き上がるとじっと私を見つめた。
「隠の華を喰らえば本来の力も目覚めるだろ!さっさと食えよ化け物!!」
「華織先輩は下がって!」
 慌てて私の前に立ったくらくんはバチバチと爆ぜる轟隠の力を身に纏った。
「ちっ。命令じゃねぇと駄目か。動け"雛菊"。隠の華を喰らえ」
「やらせない!!」
 まるでゾンビの様にぐわっと立ち上がった女隠は、勢いよくこちらに向かって走り寄る。
 いくらくらくんが先祖返りの隠であろうとあの化け物染みた女隠相手に立ち回りを続けられる気はしない。
 私は隠の華だけど、守られるだけの女になったつもりはない。
「数馬、援護して」
「わかってる!」
 迷うことなく直に小波ちゃんを呼び出して札を構える。
「平くん、七松くん、同時に掛かるよ!」
「はい!」
「任せた!」
「お前も頑張れ畜生!今生にお出でませ―――"滝夜叉姫"」
 さっきの今で申し訳ないけど、ここが正念場だと思う。
「加護を与えし者に力を与えよ―――"鵺"」
 私の呼び声に応えるようにと、平くんの身体を借りた滝夜叉姫と、七松くんの身体を借りた鵺がその姿を現した。
「『一日に二度も呼び出すとは人使い……いや、式神使いの荒い娘よ』」
 苦言を口にしながらもしっかりと扇を構えた滝夜叉姫の隣で、七松くんが虎の毛皮を纏った両腕を構える。
「これが鵺の力か!滝夜叉丸とは違うが何となくわかった気がするぞ!」
「何となくわかったんなら頼んだからね!」
「応!」
 七松くんは平くんとは少し違うようで、鵺の力を纏っていると言うのが正しいのだろう。
 意識は完全に七松くんの物だ。
「これならまだ余裕!お出で―――"如意自在"!」
 如意宝珠を掲げ、改めて如意自在を間近に呼び出すと、私はすっとくらくんと風の力でぶつかり合う女隠を指差した。
「遠慮は要らないよ、総攻撃!!」
「邪魔してんじゃねぇよ!!」
 ナイフ片手に向かってきた唐尾は忍びとして学んできている私たちの前では例えその身体能力が隠のそれであっても力不足だった。
 二人と一体は迷うことなく唐尾よりも女隠に向かい、私は彼らが避けた唐尾の懐に滑り込むと遠慮なく手にした苦無をその心臓に突き刺した。
 隠はこれくらいではそう簡単に死なないけど、隠は不死ではない。血を流し続ければいずれ死ぬ。
 礫隠は隠の中でも力の弱い一族だと椛は言っていた。彼らは卑怯な手管で生き延びた可哀そうな一族だ。
 きっとそれも彼で終わりだろう。彼の仲間は彼自身が餌として女隠に与えたのだから。
「糞がぁあああ!!!」
 心臓に突き刺した苦無を引き抜いた唐尾はその苦無を私に向けて投げる。
 だけど素人が投げる苦無を避けられないほど私はこの時代を呑気に生きていたわけじゃない。
 とんと地を蹴って宙を舞った私が避けた苦無は無防備になっていた天女様に向かう。
「う、そ……」
 ぎくりと身体を強張らせて動けなくなった天女様はその胸に苦無が突き刺さるとがくがくと身体を震わせた。
「いや……なん、で?……痛く、ない?」
「ひゃはは!馬鹿な女!お前自分が殺されたの忘れたのかよ!!」
 血をダラダラと流しながらも笑っている唐尾も一度死んでいるのかもしれない。
 あれは頸動脈切っても駄目かな。
 冷静になっていく頭で、力はちゃんと滝夜叉姫と鵺と如意自在の使役を意識しながら視線を巡らせる。
 こっちの方が人数は多いのにあの女隠マジ強すぎ。チート反対!
 だけど私の知る限り風を操る隠の一族はただ一つ―――渡隠だけだ。
 雛菊と言う名の彼女は渡隠なのだろうか。
 渡隠は隠の中でも異端な存在らしく、性質はもちろんの事、その能力が天女様と唐尾をこの時代へと招いたのだろう。
 渡隠ではない二人は命を代償にこの世界へと辿り着き、何がしたかったのだろう。
 天女様は愛されたかったのだろう。天女様ポジションを喜んで受け入れていたのだから。
 なら唐尾は?
「華織ちゃん!」
「おっと」
 くらくんたちの攻撃を逃れ、私の所まで辿り着いた様子の女隠の攻撃を慌てて避け、私は宙を舞って近づいてきてくれた如意自在の傘に飛び乗る。
 これで上手く避けられるけど、風の力を使われると厄介だ。
「七松くん!上手く抑えて!!」
「わかった!」
 迷うことなく女隠に立ち向かっていく七松くんを見下ろしながら、私は印を組む。
 いい加減怪士丸くんときり丸が封印の術式を結んでいてくれることだろう。
 唐尾の目的を知ったところで私が出来る事なんてあるとは思えない。
 女隠だけでも手一杯な状況で唐尾と天女様が居る事は正直邪魔に等しいので申し訳ないけど先に滅させてもらう。
「この地に宿る五行の力よ。今生に留まりし強き意志を持つ邪悪なる陰の気を打ち滅ぼせ!―――五行封殺印!!」
 鎮守の杜を外から囲む大きな封印術式が強い光を放ち、血を流しながらも痛みを知らぬ二つの屍に集っていく。
 いや、それだけじゃない、あの女隠にも光が向かっている?
「何だこれは!」
「いや!!」
 抵抗しても無駄なその光は唐尾と天女様と女隠の三人の身体と境内に転がる遺体を包み込むとその質量をどんどんと縮めていき、小さな硝子球になると同時に勢いよく爆ぜた。
 唐尾と天女様は完全に消滅したようだけど、女隠はその身体を地面の上に倒れさせていた。
「え?何?……あの女隠も死んでた、の?」
 誰か説明求むっ。



⇒あとがき
 随分と久しぶりに書いたら夢主のキャラを忘れている事に気づきました。間空けるの良くないですね。
 しかし唐尾が登場した途端一気にグロいなと……言う事で即効退場していただきました。
 代わりに女隠事雛菊姫を残してみました。ほらここプロットと違うぞ馬鹿ー!!!
20120125 カズイ
res

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -