51.滝夜叉姫


 うっかり忘れてきた天女様は再び嫌そうな顔をする如意自在に持たせた。
 って言うかこの女まだ目が覚めないんだけど……椛ちゃんよぉ、まさかとは思うけど調合間違えたの?
 まあ天女様が大人しくしていてくれることは好都合だし良いんだけど。
 きり丸くんと怪士丸くんとくらくんと私の四人で引いた結界の切り口……と言ったら変だけど、お馬鹿な七松くんがうっかり踏み付けないように予め線を繋げずにおいた場所を通過し、私たちは鎮守の杜へと足を踏み入れた。
 もちろん此処から先は危ないからきり丸くんと怪士丸くんには結界の続きを書いてもらう意味も込めて置いてきたんだけどね。
「いやー、神使様の結界もえらいもんだね!」
 通過するだけで酷い目にあったよ!
「僕は何ともなかったけど……」
「僕も」
「まあ不破先輩と三反田はそうでしょうね」
「なんでだ!?」
 苦笑を浮かべながら答えた平くんに七松くんがさっぱりわからんと言う様に恐らく痛むのだろう腕を撫でていた。
 くらくんもくらくんで平くんの回答にきょとんと丸い目を更に丸くさせて私と平くんを見比べる。
 くらくんと同様に答えた数馬も不審げに私を見つめる。
「私言ってないよー」
「私は平家の人間ですからね。その位の知識は……」
「平家が何か関係あるの?」
「こらこら数馬よ。平くんすっ飛ばして私に聞くか。……まあいいけど」
 学年の壁と言うか、平くんはそれほど気にした様子はないけど、くらくんも数馬も平くんに対してちょっとぎこちないぞ!
 なんて言うか平くんは大人なんだな……いいネタをありがとう。
「行きはよいよい帰りは恐いって言うっしょ。この結界はそう言う意味なんだよ」
「なにそれ?」
 あれ?とおりゃんせっていつの時代からだっけ?
 ……ま、いいや。忍たまだもの!
「この結界は悪鬼を捕えておく物みたいだからね。人間は簡単に入れない仕組みな訳」
「私たち全員人間だろ!?」
 何を言っているんだと言う顔の七松くんに数馬は溜息を零した。
 あ、道中ちゃんと説明したのにお馬鹿な七松くんが理解してないって言う……ね。
 うん、理解したから泣きそうな顔でこっち見ないで。撫で繰り回したくなるでしょ!
「数馬から隠の話は聞いたんだよね?」
「聞いたぞ!」
「人間と隠は違うんだよ。一見すると一緒だから七松くんがそう解釈するのは間違ってないと思う。でもね、どんなに足掻いたって違うものは違うの」
 私とくらくんは同じ時を生きることが出来る。
 数馬はちょっと微妙かも知れないけど、私と椛は同じ時を生きれない。
 それは隠と人間の身体の根本的な作りの違いの所為。
 くらくんの場合は先祖返りだから私と同じ時を生きられるけど、私の方が先によぼよぼのおばあちゃんになっちゃう可能性の方が高い。
 まあそうなったらそうなったで楓さんたちみたいに化けて隣に立ってやるけどね!
「そこの部分は間違えないで。特にこの先に居る相手に対してはね。多分常識、通用しないだろうから」
「今野、私には区別の境が分からない」
「分かれ馬鹿」
「ば、馬鹿って……今野は私を馬鹿にし過ぎだぞ!大体、不破も三反田も私にはわからない位少し気配が薄いだけでどこが違うんだ!」
「違いますよ」
 きっぱりと平くんが七松くんの言葉を否定する。
「隠は元々鬼―――人肉を好む妖[あやかし]です。人とは生きる時の流れが大きく違います。不破先輩と三反田は他の隠に比べて我々に近い特別な存在であるだけで、くノ一教室の三反田先輩を思い起こしてください」
「くのたまの方の三反田?」
「彼女、他の六年生の中では背が小柄で四年生と体格変わりませんよね?女子は総じて我々男子よりも身体の成長が早いにも関わらず彼女は小柄です。それはつまり彼女の中で身体の成長が緩やかに進む段階に入ったからです」
 平くんの指摘はもっともだ。
 人の中で生きている以上切り傷やら打ち身やら……まあ主に怪我は沢山こしらえど、成長に関しては四年生を過ぎたあたりでぱたっと止まっている。
 そこまでしか成長しない子なのだと普通なら見るかもしれないけれど、平くんは違ったらしい。
 まあ事情を知ってるシナ先生が一度言い当てたことあるし、まあなんとなくこんな性質の平くんならわかってるんじゃないかなとは思ったけど、やっぱりバレてたか。
 本人は成長の兆しがないとぶうたれていたので周りもそれに流されていて気付いていないだけで、実際髪の伸び方も爪の伸び方も随分とゆっくりになったのは確かだった。
「生きる時が違う者を人は恐れる。人とはそう言う生き物なのです。だから隠は人に混じりながらも人と離れて暮らすのですよ」
「滝夜叉丸は随分と詳しいんだな」
「まあ仮にも平家の人間ですからね。ちなみに我が平家は今でも隠と密約関係にありますよ」
「「え!?」」
「え?って……二人ともに関係する事じゃんよー」
「「ええ!?」」
「……更に驚かれたし」
 数馬は多聞さんに聞いただろうし、くらくんは志島さんに……聞いてるはずがないか。
「一部の隠の話らしいんだけどね、平家とは持ちつ持たれつの関係……だったよね?」
「はい。我ら平家も昔と比べれば随分と落ちぶれ、主だった密約関係にある蟲隠もその数を減らしてしまっていますが、お互いが干渉しすぎないよう人と隠との仲裁役として動いています」
「滝夜叉丸の家ってすごいんだな!」
「まあ凄いのは家だけではありませんがね」
 自信満々の笑みを浮かべる平くんに七松くんはにかりと笑う。
 健全なはずなのに私の視線が二人を不健全な関係に仕立て上げるのはもう性かしら……落ち着け私。荒ぶるな。
「私の話は置いておいて。今野先輩、この神社の結界は入り口だけではないようですね」
「あー……ぽいねー」
 苦笑を浮かべながら、私は歩きながら置いてきたはずの足元の五色米がこれから進もうとしている道にあるのを確認した。
「結界を無理に解くと中に封印してるの出て来ちゃうかな?」
「可能性はなくないですね。無限回廊か……面倒ですね」
「無限回廊?」
「言葉通りだよ。前来た時はもう着いてた頃でしょ?」
「あ」
 首を傾げるくらくんに説明した後、私は果てしなく続く長い石畳をじっと見据えた。
 境目が分かっても結界の解き方が分かっても中にあるものの事を考えるとちょっと躊躇ってしまう。
「今野先輩、如意自在を結界に使用できますか?」
「あ、うん。万能型の優秀な子だから結界もいけるけど……」
 そしたら天女様誰が運ぶの?
「如意自在が結界を張ったら私を使ってください。それでもたないようであれば七松先輩を。今野先輩と不破先輩、それに三反田は力を温存していた方がいいでしょう」
「まあ七松くんは不安要素たっぷりだし平くんならその点慣れてるもんね。うん、わかったよ」
「じゃあ彼女は僕が抱えますね」
「ごめんねくらくん」
「結界の中だからか大分楽だしね」
 苦笑を浮かべながらくらくんは如意自在を手招きする。
 如意自在は天女様から解放される事が嬉しいのか笑顔は浮かんでないものの先ほどまでのあからさまに嫌そうな態度が消えた。
 如意自在お前どんだけ……
「それじゃあ行くよ」
「いつでもどうぞ」
「"如意自在"周囲に結界を張って!」
 了解とばかりに頷くとふわりと飛び上がり、如意自在が私たちを円の内側へと押しやるように結界を張った。
 二重の結界の狭間で私が破るのは内側の結界のみ。
 若干繊細な作業になるんだけど、そこは若干チートな私ですから。
 右手で一筆書きの六芒星を描き、その上を一直線に上から下へとぶった切る様にした勢いで地面に向けて印を振り下ろす。
「えーんがちょ!」
「……毎度思うけど華織ちゃん術を使う時なんでその台詞なの?」
「千えんがちょ言う釜爺が可愛かったから!」
「意味が分からないよ!」
 名作なのに畜生。
 半泣きの数馬から唇を尖らせて顔を背けた私は、目の前を見据えた。
 黒と紫の巨大な塊の姿をしたあからさまに鬼と言った感じの陰の気一杯の妖に私は目を見張った。
「わお。大物出たね」
「今野は落ち付き過ぎだ!どうするんだこれ!?」
「十分驚いてるっつの。まったく……平くんが頑張ってくれるから君は何もしなくていいの。ほら行くよ平くん」
「いつでもどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて。今生にお出でませ―――"滝夜叉姫"」
 すうっと平くんの側に寄り添うように漂っていた気配が禍々しい光を辺りに括目せよとばかりに走らせ、平くんの姿を取り込む。
 ベースは平くんな絢爛豪華でいておどろおどろしい陰の妖姫の姿は艶やかなようで陰鬱だ。
 語彙の少ない私には上手く表現しきれないけど、平くんに憑いた滝夜叉姫の姿がそこにあった。
 物質への憑依は何度かした事あるけど、生体への憑依は一度しか使った事なかったからちょこっとだけ不安だったんだけど、案外行けるもんだ。
「『童以外に呼び出されるとは思わなんだぞえ』」
「およ?お喋りできるんですか?」
「『くくっ妾も元は人ぞ?それに今は童の口を借りておるからな』」
「滝夜叉丸じゃないのか?」
 きょとんとした顔で首を傾げる七松くんに滝夜叉姫はふむと小さく呟くと七松くんから目を反らして悪鬼に目を向けた。
「『些末な事より大事な事じゃな』」
「はーい。ってわけでお願いしまーす」
「おいこらどう言う意味だ」
「そのままの意味でしょ?しばらく黙ってなよ七松くん」
「ぐぬぬっ」
 怒りは収まらないようだけど、今は言い争っている場合ではないと言う事は流石に理解しているらしい七松くんはそのまま引いてくれた。
 くっと笑うように喉を鳴らした滝夜叉姫は長い袖を払って流し目を送るかのように悪鬼を睨め付ける。
 その勢いに気圧された悪鬼の足が止まり、滝夜叉姫はどこから取り出したのかよくわからない扇を開くと高らかな声で笑った。
「『そなた程度で妾に勝てると思うなよ―――小物風情が!』」
 喝!……と言ったわけではないけど、滝夜叉姫の言葉一つで悪鬼の気配が揺らぐ。
 うおお怖いよこの人……って言うか守護霊と言う名の怨霊っ。
「『さあ妾を呼びし娘よ。言霊を使うと良い』」
「なんか私の言霊って必要ない位強くないっすか?」
 よく見てくださいよ滝夜叉姫。
 くらくんも数馬も頬を引きつらせてますよ。
「まあでもお言葉には甘えますけど。"滝夜叉姫"、丑の刻参り!」
「『小物風情に大技とは……まあ良いであろう』」
 ブンッとなんとも言えない音と共に滝夜叉姫の扇が小槌に変わり、左手には何処からともなく大きな杭が現れた。
 杭はふわりと宙に舞いあがり、まっすぐに悪鬼の方を向く。
「『滅びるが良い』」
 振り上げた小槌が宙に浮く大きな杭を打ち付ける様に振りかぶられる。
 悪鬼は睨め付けられた影響からかその場から動けないまま、心臓部分に大きな杭が突き刺さる。
 ふおおおアレは痛いとか言うレベルじゃないよね!?
 心臓部分を中心に悪鬼の身体が石化したかと思うと、ふわりと風が舞い、石は砂へと変わってさらさらとその姿を消してしまった。
 滝夜叉姫イコール丑の刻参りなんで安直に考えた私が馬鹿でした。
 滝夜叉姫自身が言う通りこれは大技だ。
 目の前の光景とその強すぎる力に思わず背筋に悪寒が走った。
 それをちらりと見やった滝夜叉姫は寂しそうな眼差しで、けれどそれでいいとばかりに微笑んで勝手に平くんから離れた。
 まああまり憑いてるのも負担になるだろうけど、憑依させたのは私なんだから私の指示は聞いて欲しい。
「これで先に進めそうですね」
「……滝夜叉丸?」
「はい?」
「……やっぱりわからん」
「?」
 眉根を寄せる七松くんに平くんは首を傾げた。
「だからわかれっつの」
「わからんものはわからん!」
 きっぱりと言い放つ七松くんに言いたいことは一杯あるけど、無駄な時間を使いたくなくて私はぐっと言葉を飲み込んだ。
 ああもうこの馬鹿本当どうにかして!



⇒あとがき
 一応補足ですが、とおりゃんせは江戸時代以降です。
 執筆時間が開いたからなんか頭が混乱してますけどちゃんと伏線回収出来てるかな?私……
20111101 カズイ
res

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -