50.四年生

 彼らにとっての目的地と定めた池上屋の前には既に紫色の忍び装束を身に纏った忍たまたちがその姿を現していた。
 私服でないにも関わらず彼らが忍たまとはいえ怪しいと映らない辺り、落乱のお約束と言うものをこの世界に感じる。
 この世界は時にこう言う風に奇妙で、けどそれが当たり前で私からすると不思議な感覚だった。
 ま、大分この世界にも慣れた私が言う事じゃないんだろうけど。
「やーやー揃ってるね愚かな忍たまども!」
「華織先輩!」
 顔を突き合わせてそれぞれ話をしていたはずの彼らの中から真っ先に飛び出して私に向けて突進してきたのは喜八郎だった。
「おやまあ」
「華織先輩っ」
 ぎゅうっと男の子らしく力の強くなった両腕で抱きつかれ、私は苦笑を浮かべながら喜八郎の頭を撫でた。
 ちょいとばかり手に持ったままの踏子ちゃんが痛いよ喜八郎。
 少し遠くで平くんが仕方ないと言った様子で肩を竦め、その隣で斉藤くんがへにゃりと少しだけ困った様子で笑っていた。
 その他の子たちはこちらを睨んでいる所を見ると志島さんはまだ目が覚めていないのだろうか。
 張りつめた空気の中、のんびりと店先でお茶と団子を堪能している実にマイペースな女の子はこちらに視線を向けながらもくもくと団子に噛り付いている。
 なんて言う図太い神経の子かしら!一年生と同じ位に見えるけどくのたまの後輩に欲しい子だわ!
 ……じゃなくて!!!
「喜八郎」
「はいなんですか華織先輩」
「……正気だったの?」
「……いけませんでした?」
「あ、いや、うーん?どうだろう……」
 答えに困りながらもう一度喜八郎同様に正気の様子の平くんと斉藤くんを見た。
 平くんはまあ滝夜叉姫の事もあるし正気かもとは思ってたけど斉藤くんは如何してだろうと目を凝らせば、肩口に小さく淡い光の何かが見えた。
 あれは付喪神だろうか。まだ形がしっかりと定まっていない辺りまだまだ若い付喪神なんだろうけど、もしかして喜八郎の踏子ちゃんもそうなのだろうか。
 思わず視線を下ろせば、喜八郎の長い髪の間から不安そうにちらちらと姿を現す小さな光が見えた。
 まだはっきり知覚は出来ないけどやっぱりそうだ。
「踏子ちゃん様様だね」
「はい。華織先輩のお陰です」
 いつもの無表情はそこにはなく、至極嬉しそうな顔に思わずきゅんと胸をときめかせてしまった。
 なんだこの母性本能を擽る顔は。最終兵器かこれはっ。
 思わず喜八郎の可愛さに打ち震えていると、背後から抱きしめられ、喜八郎が離れいく。
「駄目だよ綾部。華織先輩は僕のなんだから」
 うおおお!くらくんが喜八郎引き離したのか!?って言うか何この羞恥プレイ!!
「く、くらくんっ」
「ふふ、華織先輩可愛い」
 本当の最終兵器はくらくんかあああああ!!!華織ちゃんの心臓破裂させる気なの!?
「……不破先輩、華織先輩。いちゃついてるとこ悪いんすけど」
「他の四年生の先輩たちがこっち睨んでますぅ」
「あ、いけね」
「忘れてた」
「「先輩〜」」
 一年生二人の苦言に私とくらくんはくつりと笑いながら店の奥からのそりと現れた志島さんに視線を向けた。
「やぁっと戻ってきたかぁ。ガキどもが喧しくてかなぁなかったぞぉ」
 くあと欠伸を浮かべる大男の登場に四年生はぎょっと店の方を振り返る。
 たまごとはいえ志島さんの登場を気配で予測できなかった事がショックなのか彼らは揃って苦い顔をしていた。
 まあ人と関わりたくないからで隠の力を使ってよほどの事を除いて常に気配を断ち続けている志島さんもどうかと思うけどね。
「ガキどもはこれで全部かぁ?」
 志島さんの言葉にざっと揃っている四年生を見回す。
「保健委員の子いなくね?」
「華織先輩、それは言わないお約束です」
「まあそういう事にしておこうか。志島さんお願いします」
「たぁく、めんどくせぇなぁ」
「父さん」
「わかってらぁ」
 志島さんはポリポリと胸元を掻いていた手を持ち上げたかと思うと、すうと息を吸い込んで両手を力強く叩き合わせた。
 パンッと強い炸裂音が三度続けて辺りに響いたかと思うと優しい風が空から舞い降り地面を一度撫でて再び空へと還って行った。
 今のが隠としての志島さんの風を操る力なのだろうか。
 知覚出来たけど、はっきりと見る事は出来なかった風霊のまるで絹がひらりと舞うかの様な美しさは息を飲むほどだ。
 ほんの数秒の出来事に私が思わずほうと溜息を零すと、くらくんが嬉しそうに微笑んでいた。
 志島さんの事本当好きだよねくらくん!何その笑顔超可愛い!!
「……私は」
 正気に戻った……と言うか、風霊によって浄化された様子の四年生が混乱した様子を見せる中、眉根を寄せて強く拳を握る人物がいた。
 四年ろ組の田村三木ヱ門くんだ。
 私がこの世界に来る前から知っている四年生のうちの一人である彼は足元を睨む様に見下ろしている。
 仲の良い……と言ったら多分彼は怒るだろう喜八郎と平くんと斉藤くんが正気だった事が悔しいのだろうと普通なら解釈するんだろうけど、多分彼の本音は違う気がする。
 悔しい事に変わりはないだろうけど、それは正気じゃなかった事ではなく、気付けなかった事だろう。
 ゆっくりと息を吐き出す様に己を律する田村くんは最後にぽつりと初江の名前を口にした。音にはなっていなかったけど。
 喜八郎たちから見ると見えなかったかもしれないけど、私の位置からは丁度田村くんの横顔と言うか口元がはっきり見えたから間違いないだろう。
 田村くんは本当に初江が好きなんだな。私の予想がドンピシャで当たるくらいに彼の想いは一途だ。
「さて、正気に戻った四年生諸君。忍たまとして四年目ともなればもうこの状況の根源はわかってるわよね」
 にいっと笑った私に四年生は戸惑いながら顔を見合わせる。
 信じられないだろうけど、少しずつ事実を受け入れようと頷く子も居る。
「天女サマは災いを連れて降りてきた。ならば天女サマは還すべきではないかしら?」
「一体どうやって天女様を返すと言うのですか」
「そうですよ。僕たちが正気を失うような術を操る人を相手にだなんて……」
「不安がるなバカタレ!……ま、潮江くんが正気ならこの位言ったかもしれないけど、六年生もしっかり天女サマの術中だしね」
「今野先輩……」
「私たちはこれからこの町の近くにある神社に向かう。根源の根源はそこにある。……平くん」
「はい」
「君は私たちと一緒に行動ね」
「ええ当然でしょう」
「華織先輩。僕は?」
「喜八郎たち他の四年生はこの町に残って町の人たちの保護。指揮は実戦に強いは組の学級委員長を中心に学級委員長委員会の三人で執って、主に志島さんの言う事を聞くこと。頼みましたからね、志島さん」
「めんどくせぇ」
「父さん」
「わかってらぁ」
 さっきと同じ問答を繰り返す親子に思わず和みかけたけど、私は気を引き締めて田村くんに視線を向けた。
「田村くん」
「はい」
「君は今すぐ忍術学園に戻ってくのたまに伝言を伝えてくれる?」
「え?」
「もうちょっとしたら帰るから準備終わってなかったら急いでねって」
 戸惑う様子の田村くんに私は「お願いね」と彼の頭にぽんぽんと手を置いた。
 私、残念ながら田村くん派だから頑張れよー。
 名残惜しいけど手を離して、しっしと追い払う様に田村くんを行かせると、私はくるりときり丸くんと怪士丸くんに向き直った。
「二人はちょっと危ないけどさっきの術式の傍で待機ね。中には私とくらくんと平くん、それから遅刻組の馬鹿とそれを引き連れてきた数馬で行くから」
「馬鹿とはなんだ!」
「なななな七松先輩いいいい!?」
 突然湧いたように現れた七松くんの姿に平くんがびくりと反応する。
 顔が若干青ざめているのはもはや反射的なものと言ってもいいだろう。
 ご愁傷様、平くん。でもゴチですよ!
「七松くんちゃんと自分が馬鹿って言われたの理解したんだねえらいえらーい」
「棒読みで言うな」
 ぷくっと頬を膨らませて腕を組む七松くんに私はくつくつと笑い、七松くんの肩を叩いた。
「ま、ちゃんと鵺の加護を理解したなら足手まといにはならないでしょ。で、数馬。日向くんは?」
「夢前くんの悪戯心満載な心に干渉された犬神に日向先輩が勝てると思う?」
「いんやまったく!」
「……最初から日向先輩アテにする気なかったでしょ」
 数馬にじとっとした眼差しで見られ、私は小さく舌を出してわざとらしく肩を上げた。
 だってアイツ依り代修行時々サボるんだもん!体力ないし。
「ま、平くん居るし大丈夫でしょ。さ、いざ行かん!」
「華織ちゃんお願いだから考えてた事投げるの止めて」
「やーよ。これが私の歩く道。誰にも止めさせはしないんだからね。ひゃっほーい」
「……最後棒読みだし。もういいよ。はあ」
「溜息吐くと幸せ逃げるよ?」
「誰の所為だよ!」
 流石数馬、突っ込みのスピードが上がって来てる、だと……!?
「もう華織ちゃん知らない!」
 ぷいっと瞳を潤ませた顔を背けた数馬がずむずむと歩き出す。
 ちょ、数馬足元気を付け……
「ぎゃ!?」
「……ですよねー」
 見事な顔面スライディングゴチです。
「流石不運委員だな!」
「保健委員です!!」
 感心する七松くんの声にむくっと起き上がった数馬が突っ込みを入れた。



⇒あとがき
 数馬=突っ込み。出てくるキャラが増えると執筆に時間が開くだけ誰かが空気になる不思議。
 でも数馬だけは突っ込みと言うキャラが立ってきた……影が薄いのにねー。
 さーてそろそろバトルシーン突入……かな?頑張るぞー!
20111009 カズイ
res

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