49.僕らの理由

 あの後僕が正気だったことに驚いた様子だった三郎次くんから貰った地図が示していた場所は学園からのんびり歩いて二刻から二刻半ほどの距離にある町だった。
 活気のある町はこの辺りでは有名な大きな市の経つ賑わいのある町だと言うのに、今はすごく静かで忍術学園に巣食い始めた不気味な雰囲気に似ている。
 僕はあの雰囲気が気持ちが悪くて仕方なかったけど、滝夜叉丸くんが後少しの辛抱だって言うから素直にそうなんだとそう思っていた。
 それがこんな所でも見られるなんて……一体どうなってるんだろう。
「タカ丸さん、心配しなくても大丈夫ですよ」
「え?」
「ほら」
 何時もの様に自信満々の笑みを崩さず、滝夜叉丸くんは町の入り口の近くで佇む姿を指差した。
 それは僕たちと同じ四年生の制服に身を包んだ綾部喜八郎くんの後姿だった。
「喜八郎は私の隣に並ぶに足る優秀な奴ですので気づいたのですよ」
「気づいた?」
「この町の異常とあちらの方角にある神社の異変にね」
 くつりと笑った滝夜叉丸くんは最近ずっと手放すことのなかった戦輪の輪子ちゃんを取り出してくるくると廻したかと思うと、それを喜八郎くんへ向けて投げた。
「!?」
 飛んできたそれに気付いた喜八郎くんは慌ててそれを避け、そして僕らの存在に気づいて目を見張った。
「滝、夜叉丸?」
「私は滝、夜叉丸ではない!滝夜叉丸だ!!お前まで尾浜先輩の様に呼ぶんじゃない!」
「……正気、だったの?」
「ふん。無論だ。この私があの程度の妖術に引っかかるわけはないだろう」
 戻ってきた輪子ちゃんを懐に仕舞った滝夜叉丸くんと、おろおろしてしまう僕を見た喜八郎くんは大きな目を更に見開き、いつもののんびりした足取りで近づいてきたかと思うと滝夜叉丸くんの制服の袖をちょんと摘まんだ。
 俯いた表情は分からなかったけど、強く握られたそれに滝夜叉丸くんは苦笑しながら喜八郎くんの頭をそっと撫でた。
 滝夜叉丸くんは時々こんな大人びた顔をする。
 自信に満ち溢れた堂々とした顔でも、七松くんの前で見せる情けなく項垂れる時の顔でもない、ぞくっとするような妖艶な……例えるなら妙齢の女性の様な笑みだ。
 でも滝夜叉丸くんはまず間違いなく僕よりも二つ年下の男の子で、女の子では決してない。
 此処まで来る間に滝夜叉丸くんに教えてもらったけど、この表情の理由は多分滝夜叉丸くんの生まれに関係しているんだと思う。
 平と言う名前が示す意味を僕は知らないわけではないけど、本当にその血筋なのかを確かめた事は無かった。
「……馬鹿夜叉丸」
「こるぁあああ!だあああれが馬鹿夜叉丸だあああ!!」
 物凄い巻き舌で怒ったかと思うと、滝夜叉丸くんは喜八郎くんの頭を撫でていた手を握りしめて喜八郎くんの頭に拳骨を落とした。
 ああ、いつもの滝夜叉丸くんだとほっと胸を撫で下ろすと、それに気付いたのか滝夜叉丸くんは一瞬こちらを見てきょとんとした顔をした後、いつもの様な自信に溢れた笑みを浮かべた。
「さあ、喜八郎とも合流できましたし急ぎましょうか」
「うん!」
「三木ヱ門は?正気じゃないの?」
「あいつは仕方がなかったんだ」
「?」
 溜息を零しながら歩き出した滝夜叉丸くんに釣られるように喜八郎くんが歩き出す。
 僕も慌ててそれを追いかけながら滝夜叉丸くんの言葉に耳を傾けた。
 何でかは分からないけど、天女様が忍術学園に現れたあの日、四年生はいろは合同で組手をしていた。
 初心者同然の僕は当然勝ってっこないけど、手の空いてる皆に少しずつどうしたらいいかとかそう言う事を教えてもらったりしながら、皆の組手を見ていた。先生も見る事だって勉強だって言ってたからね。
 そして空から天女様が降りてきた時、三木ヱ門くんは同じろ組の子と対戦をしていて、僕はそれを横目に見ながら、受け身を取り損ねて痛かった背を滝夜叉丸くんに擦ってもらっていた。
 喜八郎くんは授業中にも関わらず踏鋤の踏子ちゃんを手にぼんやりと校庭の端で遠くを見つめていた。多分授業が終わり次第穴掘りにでも行きたかったんだと思う。
 だって喜八郎くんは滝夜叉丸くんと一緒に一番最初に対戦して先生に褒められて早々に見学側に回されていたんだから。
 そしてその時の状況こそ滝夜叉丸くんの言う仕方なかったに繋がる事だったようだ。
「喜八郎、お前の踏子は誰に貰ったものだ」
「誰にって……華織先輩以外に居るわけないじゃない」
 喜八郎くん曰く、踏子ちゃんは今野さんが愛用している踏助くんとお揃いらしく、それを気に入ってくのいち教室の用具倉庫から貰いうけたものらしい。
 喜八郎くんが持っているもう一つの鋤子ちゃんと比べると踏子ちゃんの方は少し年季が入っているので僕にも見分けが付くものだった。
「それだ。くのいち教室に古くからある物、そして今野先輩が良しとし、お前が大事に使い続けたそれをお前はなんというか知っているか?」
「踏子」
「付喪神だ!」
「つくもがみ?」
 こてりと首を傾げた喜八郎に滝夜叉丸くんは溜息を零した。
「お前本当に今野先輩に可愛がられている割に疎いな……付喪神とは古い年月を掛けて依り代―――今回で言えばその踏鋤に宿った小さな神だ」
「ええ!?そうだったの!?」
「タカ丸さん。これは貴方にも言える事ですよ」
 そう言って滝夜叉丸くんは苦笑しながら僕を指差した。
 思わず僕も首を傾げると、滝夜叉丸くんはとんとんと今度は自分の胸元を指で示した。
 今度は自分の胸を見下ろしながら手を這わせ、いつも感じていた感触に僕は「あ」と声を零した。
 そうだった。僕には喜八郎くんの踏子ちゃん以上に大事に持っていたものがあった。
 忍術学園に入学する時に父さんから貰った大事な櫛。
 これは父さんが祖父ちゃんから貰った櫛で、元々は祖母ちゃんが嫁入りする時に受け継いだ大事な櫛だ。
 ここ一番の時にだけ使おうと思って何時も持っていて、お風呂の時は手放すけどやっぱり手元に置いてたから……ああ、そう言う事なのか。
「僕、祖母ちゃんに守ってもらってたんだ」
「まあそうとも言いますが、それも付喪神の一種ですね」
 そう言って滝夜叉丸くんは僕の肩口に視線を向けてくすりと笑った。
「え?え?た、滝夜叉丸くん、何かいるの!?」
「何かと言えば……まあ居ますが、大丈夫ですよ。守ってもらってるだけですので。そのまま一緒に居てあげてください」
「一緒に……う、うん」
「ねえ、滝夜叉丸は華織先輩が何を考えているのかわかるの?」
「私も平一門の端くれ……隠については多少なりとも知識があるからな」
「鬼?」
「鬼は鬼でもかくれと書いて隠と読む者たちの事です。今野先輩の言う村の辺りはその一族がかつて居たとされる場所です」
「かくれおに?」
「妖怪の中でも人に最も近い隠……彼らは人の中で生き、人と同じ時間を生きる奇特な連中です。此方から手を出さなければよほどの事がない限り無害です」
「その隠が今回の事と関係あるの?」
「まああるんでしょうね。でなければ七松先輩の元へ我ら体育委員の後輩の誰かではなく保健委員の三年生である三反田数馬を差し向けた理由が分かりません」
 さんたんだくんって誰だろう……保健委員って事は乱太郎くんの先輩なんだろうけど……えーっと、二年生の保健委員の川西くんは三郎次くんに紹介してもらったから知ってるんだけどなあー。
 保健委員で他に知ってるのは六年生の善法寺伊作くんと一年ろ組の鶴町伏木蔵くんくらいだと思う。
「タカ丸さんが三反田を知らなくても無理はありませんよ。あいつは極端に影が薄い」
「気付いたら穴に勝手に落ちてるしね」
「お前は保健委員に少しは容赦をしてやれ」
「えー?向こうが勝手に落ちるだけだよ。それに華織先輩から教わった罠は仕掛けてない!」
「そこは威張るところじゃない!」
 滝夜叉丸くんは噛みつく様に喜八郎くんを叱りつけた後、こほんと咳払いをした。
「三反田本人は存在感を欲していますが、奴の才能は七松先輩ですら時折気配を見失う程の物です」
「あの七松くんが!?それってすごいね!」
「ええ。ですから今野先輩は七松先輩の嗾け役に三反田を選んだ。己の武器―――依り代とするために」
「依り代?って神様を下ろしたりする……普通道具じゃない?それって訓練してないと出来なんでしょ?」
 華織先輩に聞いたことあるよと喜八郎くんが問うと、滝夜叉丸くんは困ったように笑って歩調を早めた。
 どうしたんだろうと思いながらも僕はその歩調に合わせて速度を上げた。
「七松先輩は何故かは知らないがある妖怪の加護を受けている。それも無自覚にだから性質が悪い」
「無自覚だと何かあるの?」
「素知らぬ振りをする私の身になって下さい。暴君に更に力を与えてどうするんです。危険です!」
「……苦労してるんだね」
 鬼気迫った表情で主に後輩たちがと加える滝夜叉丸くんは報われないけど本当後輩思いの良い先輩だと思う。
 僕も見習わなくっちゃね!
「ともかく、隠とあの天女には何か関係があるのでしょう。此方から手を出さなければ無害とはいえ、全ての隠がそうではないのですから」
「隠、か……」
「その隠に対抗するために七松先輩や滝夜叉丸の力が必要なのはわかるけど、僕たち上級生を町へ向かわせている理由って何?」
 僕も思った疑問を喜八郎くんが口にし、滝夜叉丸くんはきゅっと唇を横に結んだ。
「滝夜叉丸?」
「……今野先輩は天女を排除するのだろう。あれはもう人ではない」
「え?」
「人の姿をした荒魂[あらみたま]だ。私でも気づくのに時間が掛かったが、アレは人以外の力が加わっている。だからこそ七松先輩や依り代修行をされている日向先輩の力が必要なのだ。私たちは大方今野先輩の術式の手伝いだろう」
「で、でも僕……」
「タカ丸さん、何も知らずとも出来る事はあるんですよ」
 にこりと滝夜叉丸くんは先ほどとは打って変わって優しい笑みを浮かべた。
 あ、まただと思った笑みに僕は目を瞬かせる。
 依り代と滝夜叉丸くんは言っていた。
 その意味も僕は知ってる。だからこそぞくりとした感覚に思わず滝夜叉丸くんから目が離せなかった。

 平一門の栄華の終わりの時代を駆け抜けた鬼才の妖術使い―――滝夜叉姫。

 ―――"おに"がくるよ



⇒あとがき
 いろはにほ!以来にタカ丸さんをこんなに出しました……好きです火薬委員。なのに三郎次との話は割愛しちゃいました。残念無念また来週。
 さて、とりあえず四年生が無事だった解説を……三木ヱ門は省きましたが、三木ヱ門の大好きな石火矢たちは一緒に行動できない形状&付喪神が着くほど古くないと言う事で天女様の虜でした。
 全員が全員正気なのも面白くないなーと思ってつい☆
 だって三木ヱ門が報われるの卒業後だし良いですよね!
20110925 カズイ
res

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