48.下準備

 私たちを迎えてくれた町にはいつもの活気はなく、どこかしんと静まり返っていた。
 それでも人波が全くないわけではなくて、旅人や商人らしき人たちが時折町人に声を掛けられながら歩いている。
「なんか寂しいっすね」
「仕方ないよ。結界が張ってあるって言っても危ない事に変わりはないしね」
 町に入ってすぐ私たちの背から降りたきり丸くんと怪士丸くんはきょろきょろと町の中を見て回る。
 真っ先に向かった池上屋に居た志島さんは疲れ果ててぐったりしていてとても話せる状態ではなかったけど、一応簡単に事情を説明してくれた。
 曰く、現れたのは鬼ではなく隠から生じた悪鬼。しかも志島さんと同じ風の力を操る隠だと言う。
 何故礫隠が関係しているとして、蛟隠の拠点となる場所で風の力を操る隠が出てくるのかはわからないけど、兎に角その隠の狙いは蛟隠の守り神―――水神様だったらしい。
 だから水神様は社の奥深くに強い結界を張って留まり、神使たちが外へ被害を拡大させぬように外側に結界を張っているのだ。
 それでもその力に見せられてか雑鬼が騒がしいらしく、志島さんは売るために持ってきた木彫りの人形に加え、商人から買い取った木材を掘り自分の属性の加護を与えてそれぞれの家に置かせて家の中に留まる様にしてくれたらしい。
 もし仮に神社の方で暴れるような事になれば結界変わりに風の膜を町に張るから兎に角今は寝させろと今は完全に寝入ってしまっている。
 その側に天女様を置いてきたけど、一応見張りに如意自在置いてきたしOKだよね。つかこれからする下準備の邪魔だし。
 一応念のためにくノ一教室の結界作りの才能が有る子を選抜して20枚ほど結界札を作って来たけど、これは町の中でも拠点となる家々に託せば良いだろう。
 これから掛けてしまう迷惑料としては安いものだが、まあそこは素人。この結界札の価値は分からんだろう。……多分。
「まあその隙を突いていけない事をしてしまう私たちも私たちだけどー」
「くのたまって本当鬼っすよね」
「やだきり丸くん。それただの褒め言葉よ!」
「いやー」
 苦笑交じりの照れ笑いを浮かべるきり丸くんの頭を撫でたけど、くらくんは心配らしく苦笑を浮かべている。
「きり丸、華織先輩だからいいけど、三反田先輩の前で口を滑らせるんじゃないよ」
「って言うか何で三反田先輩限定?」
「柳田先輩は多分きり丸なら許す。宇角先輩はまずくのたまらしくない」
「初江ってば授業以外じゃ滅多に悪戯しない良い子だもんね。だから今回の事も一番胸を痛めていると言うか……」
 他のくのたまたち怖いんだよ!正気に戻ったら上級生―――主に上級生を苛めるんだってもう準備完了してるんだよ!
 ……ま、私も止める気一切ないから同罪と言えば同罪なんだろうけど。
「あーあ、早く四年生たち来ないかなぁ」
「あの、華織先輩」
「なーに?怪士丸くん」
「どうして四年生の授業の一環にしちゃったんですかぁ?」
「そう言えばそれ俺も気になってました!」
 授業の一環は五年生も六年生も変わらないんだけど、五年生と六年生は一度この町ではなく裏裏裏山に着くように嘘の地図が渡っているはずだ。
 ちなみにその裏裏裏山には暫く会っていないくノ一教室の下級生たちと山本シナ先生が待機していらっしゃる。
 ……死ぬなよ、上級生なんだから。
 思わずその存在を思い出して遠い目になったけど、私ははっと答えを待っている純粋な眼差し二人分に視線を戻した。
「まあこれは七松くんたち以上の賭なんだけど、四年い組の平滝夜叉丸くんってすごいこっち関係の才能のある子なのよ」
「えー?嘘だー」
「本当なんですかぁ?」
「本当よ。なにせ家名が"平"だしなんとなーく聞いてみたんだけど、聞いたら自分でポロってくれたから」
「華織先輩、脅したの間違いでしょう?」
「テヘペロ☆……って冗談なのに三人とも青ざめないでよー」
 脅しちゃいないけど、騙しはしたかな。
 まだ色に甘っちょろい一年生のうちに口八丁で言いくるめて聞き出した名前の由来は原作の滝夜叉観音じゃなくて滝夜叉姫だった。
 滝夜叉姫と言えば平将門の娘・五月姫とされる伝説上の妖術使いなんだけど、実際に居たらしい。流石は落乱!何でもアリだね!!
 簡単に纏めると、滝夜叉姫は怨念を募らせて丑の刻参りと言う奴をして妖術を授かった。そして最期は陰陽術で討伐されてるんだけど、それは置いておく。
 この時代の平家と言うのは没落貴族にも程があり、実際平くんのお家もそう裕福では実際なく、気位だけが残っているようであの性格らしい。ちょっと納得。
 だけど家同士の繋がりはまだ僅かにあり、生まれてすぐにその才能を認められた平くんは滝夜叉丸の名を頂き、実際入学する前から陰陽道に関しては学ばされたらしい。
 でも一人で勉強するのは詰まらなくて、そんな平くんを見かねたご両親が忍術学園に入れてくれたらしい。
 その事情を話してくれた時の平くんの顔と普段の顔のギャップが激しすぎて、お陰で滝ちゃん受、特にこへ滝作品が涎物過ぎていけない。
 熊井先生も上手い事事情わかんない癖に書くからなあ……あの切ないこへ滝女体化話またやってくれないかな。
「華織先輩、滝夜叉丸先輩の家ってすごいんすか?」
「家が凄いって言うか、平くんのご先祖様……かな。平くんはその才能を継いでるから滝夜叉の名前を冠したんだって。凄いよね」
「そうっすか?」
「疑り深いなぁ。まあ平くん正気じゃなかったみたいだし仕方ないよね」
 まああの演技力の持ち主だし本当に正気じゃなかったかもちょっと怪しい気もするんだけど……
「とりあえず私たちはやらなくちゃいけない事をしちゃいましょう。私ときり丸くんは右回りに、くらくんと怪士丸くんは左回りにこの術式を書いて行くんだけど、半刻で終わる様に頑張りましょう」
「半刻……で、出来るかなっ」
「華織せんぱーい!お駄賃は出ますかー?」
「きり丸、今はそんな場合じゃないでしょぉ?」
「いやーついいつものノリで」
 緊張した様子だった怪士丸くんの肩からがくりと力が抜ける。
 きり丸くん今いい仕事した!多分無自覚だろうけどそれが君の持ち味だ!
「無事に事が終わったら図書委員の皆でお団子でも食べに行きましょう。もちろんお代は中在家くん持ちで」
「え?ちょっと華織先輩っ」
「いいでしょー。私たちこんなに頑張ってるんだからー。まあ私は自分の分は自分で出してあげるけど、正直六年生の馬鹿たちには全員下級生に奢らせる気満々よ?」
「ええ!?」
「五年生と四年生は?」
「四年生は可愛いから免除。五年生はくらくんに慰謝料兼ねて池上屋の売り上げ貢献でもさせればいいと思う。主に鉢屋くん」
「可愛いぃ?」
「きり丸、そんな顔しないで。四年生確かに濃いけど華織先輩のお気に入りなんだから」
「そうなんですかぁ?」
「そうなんですよぉ。まあ反応の度合いで見れば五年生も楽しいんだけどね」
「今でも兵助と勘右衛門のトラウマだからね、華織先輩」
「はは。任せて!」
「勘弁してあげてください」
「もー仲間思いだなー。そんなくらくんが大好き!愛してる!!」
「っ」
「不破先輩顔赤いっすよ」
「真っ赤です」
「ふふ、二人ともあんまり苛めちゃ駄目よ。くらくんの可愛い所は私の物なんだから」
 にこにこと笑いながら二人の頭を撫でた私は、二人に術式の内容を書いた紙をそれぞれ渡した。
「さ、あんまりのんびりもしてられないから急ぎましょう」
「はーい」
「はぁい」
「華織先輩の所為じゃないですか、もうっ」
 くらくんは真っ赤な顔で怒りながら背を向けると苦無を手に地面に術式を刻んでいく。
 随分と久しぶりな大きな術式は大きな封印の術式だ。
 これで結界の中に閉じ込められている風を操る力を持つ見知らぬ隠を封印することは残念ながら出来ないけど、強い意志を持った死霊を滅することが出来る。
 そうこれは賭―――隠と天女様、そして水神様。
 すべてが揃わなければ私にはこの状況が本当の意味では分からないのだから。
 だから早く来い平くん。君と七松くんが揃えばどう転んでもこちらの優勢で終わるはずなのだから。
「ふふふ……華織ちゃん頑張っちゃうんだから」
「華織先輩、目ぇ怖いです」
「そこは突っ込んじゃ駄目なのよきり丸くん!」
 私はにやりと笑いながら苦無でガリガリと土を削った。

 舞台の準備完了まで後半刻―――。



⇒あとがき
 お久しぶりーな隠の華の更新になりました。
 滝ちゃんをここまで持ち上げる気がなかったから今まで全く伏線張ってなかったんですが……って結局四年生が正気な理由に触れられなかったし!
 うう、次回頑張ります。
20110916 カズイ
res

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