03.不運幼児

 しじまさんの「いくぞ」の声と共に強い風が辺りを包み、私は思わずきゅっと目を瞑った。
 風はすぐに吹き止み、ゆっくりと目を開けてみれば、村の入り口なのだろうか、小さな橋の向こうに大きな丸太を二本、柱のように立てて柵の切れ目になっている場所がある。
 その奥には木造の古めかしい、こじんまりとした家が数軒見える。柵は村を囲む様に左右に広く広がっている。
 とてもさっきまで居た森の鬱蒼とした雰囲気を感じさせない穏やかな雰囲気を持つ村に私は目を瞬かせた。
「あの、ここは……」
「菫隠の村だぁ。お前ぇについた悪鬼のアトも綺麗に消しちまう強ぇ隠の村だぁ」
 しじまさんの言葉に私は首を傾げた。
 とてもあんな凶悪な鬼よりも強い鬼が住んでる村には見えない。
 少し距離はあるものの、子どもの遊ぶ和やかな声が聞こえるし、人が営んでいる生活音と言うのだろうか……そんな音も聞こえてくる。
 しじまさんは無言で歩き出し、村の入り口へとつながる橋を渡る。
「あ!」
 ふと菫色の髪の男の子がこちらに気づいて振り返る。
 まだ短い髪は結っていると言うよりはちょん髷を作っていると言うような印象で可愛らしい。
「あたりのおったん!」
 舌足らずな声でそう言って満面の笑みを作ると、男の子はぱたぱたとこちらに向かって走ってくる。
 小さな歩幅で懸命に走る姿は可愛いんだけど、そんなに急いだら転……あ、転んだ。
 びたんと擬音が尽きそうなほど綺麗に顔から地面に転んだ男の子にしじまさんがのそのそと歩み寄り、襟首を掴んだ。
「まぁたく落ち着きのねぇガキだぁ」
「ふえぇ……」
 男の子は丸い目を細め、表情を歪めた。
 しじまさんの顔が怖い……って言うのは多分この子にはないと思う。だってしじまさんの顔見て満面の笑みで走り寄ってきてたんだもん。
 泣きそうなのは多分顔面から地面に転んだ所為だと思う。顔の擦り傷が酷いし。
「うえっ、えっ……」
「あ、泣く」
 思わず声を上げると、男の子の涙がぴたっと止まった。
 ど、どうした少年よ!!
 思わず焦っていると、男の子が涙に潤んだ目でこっちを見てくる。
「い、におい」
「?」
 しじまさんの襟首を掴まれている所為で行方が良くわからない手がわたわたと動く。
 不思議に思いながらしじまさんが男の子を地面に戻すと、男の子はぴょんぴょんと跳ねて私に手を伸ばそうとしている。
「やめとけ。こいつぁお前ぇにゃまだ手におえねぇよ」
「れきゅーの!」
 ぷくっと頬を膨らませた男の子は小さな手を自分の顔に持ってくるとその膨らんだ頬を自分で潰した。
 何この子可愛い!と思って見ていたけど、男の子が自分の頬から手を離した瞬間、私はぽかんと男の子の頬を見つめる事となった。
 白くてすべすべした突きたくなるぷにぷにほっぺには顔の傷など見当たらず、次いで男の子が撫でた他の顔の傷もすうっと男の子の手が触れたところから綺麗に消えて行った。
 男の子の額にはしじまさんのように角が見えないと言うのに、どういう事だろう。
「あたりのおったん。らめ?」
 らめとか……何この子の破壊力半端ないっ。
 こてんと首を傾げる仕草の可愛らしさに私が言葉を失っていると、しじまさんが躊躇いながらも膝を折った。
 男の子はふにゃりと、くらくんとは真逆に警戒心の一切ない笑みで私を迎えると、小さな手を私の頬に伸ばした。
 その瞬間、身体がじんわりと温かくなり、さっきまでの怠さがが嘘のように身体にちゃんと力が入る。
「ね、たん、い、におー」
 すんすんと男の子は私の匂いを確かめるように嗅ぐ。
 なんだこの可愛い生き物は!!
 ……じゃなくて、落ち着こう私。
「しじまさん、私、歩けそうです」
「……だろうな」
 しじまさんはゆっくりと私を下ろすと、私は両手をついて地面の上に四つん這い、所謂orzなポーズで着地した。
 さっきまでの私だったらきっと腕に力が入らずにぺしょりと倒れてしまっていただろうけど、私はその体勢からゆっくりと立ち上がった。
 ちゃんとスカートの胴の部分を掴んで落ちないようにしながらね!
「……え、なにこれすごい。ケアルガ?」
「毛、有るが?」
「いやなんでもないです」
「まぁええ。それが菫隠の力だ」
「すみれ、おに?」
「あーい!」
 元気よく手を挙げた男の子に私は首を傾げた。
 すみれおにと言って手を挙げたと言う事は、この子はすみれと言う名前の鬼なのだろう。
 だけどやっぱりこの子には角らしきものは見えない。
 なんだなんだと言うように姿を現し始めた村人たちは男の子と同じように菫色の髪をした人たちばかりで、皆一様にしじまさんと同じ角をその額に生やしてた。
「人間だ、人間がいるぞ?」
「あの人間可笑しくないか?」
「どこが?」
「どこって言われてもなぁ……」
 村人たちのひそひそ声が耳に届き、私は首を傾げる。
 恰好が変と言われたけど、その所為だろうか?
 とりあえずスカートのウエストサイズを最小限まで小さくして、外向きにくるくると数度巻いた。
 それでもまだ少し緩いけど、さっきよりはずれ落ちにくくなっただろう。後ろから見た時にワカメちゃん状態になってなきゃいいけど……と、普段より短く感じる長さになってしまったスカートを見下ろした。

「一体何の騒ぎじゃ?」

 シャンシャンと軽やかな鈴の音と共に現れた美しい菫色の髪の少女の登場に私は目を見張る。
 しじまさんと同じ角を菫色の髪の間から生やした赤紫色の小袖姿の少女は、その足首に下げた鈴を鳴らしながら人垣を抜けて私の方へと歩み寄る。
「か、しゃま!」
 とたとたと男の子が少女の方へと走り寄るのを見て私はぎょっと目を見開いた。
 どう見ても私の元の姿と同じ年齢位にしか見えない少女が目の前の男の子の母親には見えなかったのだ。
 でも戦国時代ならこの位の子がどこかに嫁いで子どもがいてもおかしくない……のかな?
 常識の違いって恐ろしいな、なんて思いながら私は転びそうになった男の子を受け止める少女を見た。
「志島殿が何やら悪鬼の匂いを連れて戻ってきたと思えば……そのような者を、このような場所に連れてくるとは何事じゃ」
 汚いもの連れてきてんじゃねえよ!的な意味で言われたのかと思ったけど、彼女の眼はどうにも憐れみを帯びている気がする。
「こいつぁくらの奴が見つけたんじゃが……まさかこいつがそうとは思わなかったなぁ」
「そう、とは?」
 意味が分からず首を傾げながらしじまさんを見上げれば、しじまさんは眉根を寄せてぷいっと視線を逸らした。
「俺ぁ面倒が嫌ぇだ」
 そう言ってくるりとしじまさんが背を向けると、強い風がまた吹き、思わず目を瞑った間にしじまさんの姿はその場から消えていた。
 どういう手品……いやいや、力なんだろうと呆然としていると、少女の深いため息が零れ、私は身体をびくりと震わせた。
「かしゃま?」
「……仕方あるまい。人間よ、着いてまいれ」
「え?あ、はい……」
「皆、戻りや。この人間の処遇は後程伝える。……雑鬼らも戻りや」
 周りを囲んでいた菫色の髪をした鬼たちがその声に去っていき、その足元を小さな影がとことこと、ころころ、ふわふわそれぞれ消えていく。
 ……何あれ可愛い!
 真っ黒黒助みたいなのもなんか交じってたけど……あれってもしかしなくても妖怪?ざっきとか呼ばれてたけど……雑鬼?
 不思議に思いながらもシャンシャンと鳴る足音に着いていき、村の最奥にある他の家よりも少し大きな家に辿り着いた。
 ぱさっと御座のようなものを跳ね除け、少女は男の子を家の中へと通し、私に中に入るように促してくる。
「えっと……お邪魔します」
 別に売られるわけじゃないけど、気分はドナドナで家の中へと足を踏み入れる。
「らっしゃ!」
 にこりと可愛らしい笑みで迎えてくれる男の子に思わず笑みが浮かんでしまったのは彼の魅力の所為だろう。
「奥に入るが良い」
「あ、はい」
「ね、たん、こっち!」
 小さな手で私の手を取ると、男の子は近くの石の上に足を掛けた。
 だけどどうにも男の子はドジっ子と言うか不運属性と言うか……石の上に足を掛けた瞬間、つるりと足を滑らせた。
 咄嗟に男の子の身体を抱きとめた私は、思わず詰まった息を吐き出し、男の子の顔を覗き込む。
「……大丈夫?」
「らーじょぶー」
「ならいいや」
 男の子を石の上に乗せ、私は恐らくここから上がれと言って居るのだろうと感じて、かぽかぽと随分と大きくなってしまった靴を脱いだ。
 ずるずると引きずるような靴下もついでに脱いで、綺麗に畳んで靴の中にとりあえず押し込んでおいた。
 生憎制服のポケットはスカートを折った所為でどこにあるのかよくわからない状態だ。
 裸足で板の間に上がると、男の子も必死でそこをよじ登り、褒めて褒めてと言うように目を輝かせて私を見上げてきた。
 思わずその頭に手を伸ばし、よしよしと撫でると、男の子はまたふにゃりと警戒心の欠片もない愛らしい笑みを浮かべた。
「数馬、父様を呼んでまいれ」
「あい!ととしゃまー」
 ぱたぱたと部屋の奥に走って行った男の子の背を見送り、目を細めた。
「かずま、って、あの子の名前ですか?」
「そうじゃが、なにか?」
「あ、いえ……」
 菫色の髪に、見事なドジっぷり……基不運っぷり。
 名前はかずま。
 ……まさか、ね?


⇒あとがき
 うわーいとりあえず数馬を出せました\(^o^)/
 こっから三反田家捏造パラダイスです。←
 でも可笑しいな……最初は数馬じゃなくて夢主の親友になる子を出すつもりだったのに……手が勝手に数馬を書いてました。
 幼児の可愛さの破壊力はホント半端ないと思います。
 ちなみに数馬、現在4歳です。数え年で四歳なので言葉を覚えておしゃべりしたいお年頃辺りだと思うんです。……甥っ子姪っ子が大きくなりすぎて幼児の具合が分からない(´・ω・`)
20110419 カズイ
res

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