47.不得要領

「……んっ」
「あ、目が覚めましたか?」
 高めの男の子の声に重たい瞼を持ち上げると、眼鏡を掛けた男の子の姿が目に入った。
 少し明るい茶色の髪をしたその子は水色の井桁模様の忍者の様な服を着ていて、私はここがどこであるかを思い出して慌てて飛び起きた。
「私、文……」
 声を発しようとするよりも先に強い眩暈が訪れた私はふらりとまた布団の上に逆戻りし、強く打った背中に身体を強張らせる。
「無理しないでください。文はちゃんと不破先輩が受け取りましたから大丈夫ですよ」
 私を安心させるかのように告げる男の子の声にほっと胸を撫で下ろした。
 どうやらこの子は私の額に濡れた手拭いを乗せようとしていたらしく、落ちてしまった手拭いを拾い上げて桶の水で再び濡らし直してから私の額に戻してくれた。
「私、ちゃんと忍術学園に辿り着けたんですね」
「はい」
「今野先輩曰く〜、送り犬って言う妖怪がここまで送ってくれたそうで〜す」
 男の子とは反対側に居た黒髪の青白い顔をした男の子がニコニコと私に教えてくれた。
 今野先輩って、華織さんの事よね?
 外法師である彼女の口から今更妖怪と言う単語が出ていたって驚かないけど……そっか、私やっぱり自力では辿り着けなかったのか。
 折角身を挺して町を守ってくれている志島さんの代わりに忍術学園を目指したって言うのに……
「どこかまだ痛みますか?妖術で付けられた傷は三反田先輩が直してくれたんですけど」
「三反田先輩って……えっと、椛さん?それとも数馬くん?」
「三反田数馬先輩です。三反田椛先輩はくのいち教室に籠っていらっしゃるので」
「?」
 苦笑を浮かべた男の子は猪名寺乱太郎くんと名乗ってくれ、釣られるようにもう一人の顔色の悪い子が鶴町伏木蔵だと名乗ってくれた。
 忍術学園は男の子と女の子で学んでいる所が違うらしくて、女の子たち―――くのたまは全員くのいち教室の敷地内から出てきていないんだとか。
 唯一の例外が華織さんで、今は不破くんと一緒に町向かってくれているらしい。
 私が忍術学園に辿り着いたのは昨日の事だけど、今朝のうちに出発したらしい華織さんたちはそろそろ町についている頃らしい。
 忍者って、たまごとは言え足が速いのねと思わず感心していると、猪名寺くんが一年生で一番足が速い事を教えてくれた。
 なんだか一見するとそうは見えないのに不思議……勘ちゃんもこんな所で五年間学んできたんだよね……すごいなあ。
「そう言えば……」
「はい、なんですか?」
「鉢屋くんは実習から戻って来てるのかしら?不破くんが行ってくれたんなら戻って来てると思うけど……」
 私がそう言うと猪名寺くんと鶴町くんは顔を見合わせ、困ったように眉根を下げた。
 どうしたんだろうと思っていると、猪名寺くんが改めて私を見下ろした。
「戻っては来てるんですけど……」
 ちらりと猪名寺くんが視線を動かすので、それを追いかけるように猪名寺くんの奥、衝立が立てられた場所からはみ出て見える布団を見た。
「三反田椛先輩特製の睡眠薬で眠らされちゃってるからまだ暫くは目覚めないそうで〜す」
 くのたまこわぁいとくすくす笑う鶴町くんの様子に別に怪我をしている訳ではない事が分かった私はほっと胸を撫で下ろした。
「無事に戻っては来てたんだね。よかった」
「それだけでいいんですか〜?」
「え?」
「普通、無事な顔まで見たいと思いませんか〜?」
「うーん……身体重くて動かないし……無事な事が分かっただけで十分だよ」
「慎ましやかさんだ〜」
「つつ……?」
 くすくすと笑う鶴町くんに、意味が分からないらしい猪名寺くんが首を傾げる。
「慎ましやか?どっちかって言うと斜め上なら言われてるけど……」
「えー?」
「斜め上、ですか?」
 驚く二人にこくりと頷いて見せれば二人は顔を見合わせくすくすと笑った。
 そしてどちらからともなく立ち上がり、衝立を動かしてくれた。
 衝立は男女が同じ部屋で眠っている事の配慮だったのかも知れない。
 そう思いながら衝立が動いた先の布団の中でぐっすりと眠る鉢屋くんの顔を見た。
 不破くんそっくりの顔は変装だって言ってたけど、変装したまま眠ってるなんて思わなかったな。
 ぐっすりと言っていいのかはわからないけど、ゆっくりと上下する布団の胸元にちゃんと息をしているのは分かった。
「美紗さんと鉢屋先輩ってどう言う関係なんですか〜?」
「えっと、お店の店員とお客様かな」
「お店?」
「池上屋の菓子職人なんですよね」
「うん、そうだよ。うちのお店知ってるの?」
「きり丸って言ってわかります?お店の手伝いしたことがあるんですけど……」
「きり丸?」
 そんな子居たかな?
「あ!すいません。きりって女の子はわかりますか?」
「ああ、華織さんの紹介でアルバイトしてくれたことあるよ」
「そのきりが本当はきり丸って言って、私の友達なんです」
「えっときりちゃんがきり丸くんって言う……え?男の子?」
「はい」
 苦笑を浮かべながら答えてくれた猪名寺くんに、私は思わず目を見開いた。
「でも、え?もしかして伊子さんや仙子さんも……」
「それは多分六年生の善法寺伊作先輩と立花仙蔵先輩の事だと思います〜。お二人とも綺麗な女装されますから〜」
「ええ!?」
 あんなに可愛い伊子さんと綺麗な仙子さんが男の子だなんて……
「もしかして勘ちゃんもあんな美人に女装できるのかな?」
「勘ちゃん?」
「って言うと、もしかして五年生の尾浜勘右衛門先輩?」
「うん……幼馴染なの。私の事斜め上って言ってるのもその勘ちゃんだよ」
「「ほえー」」
 関心した様子の二人にくすりと笑うと同時にからからとこの部屋の戸が開けられる。
「あ、庄左ヱ門!」
「それと彦四郎だ〜。どうしたの〜?」
「怪我でもしたの!?」
「いや、別に怪我はしてないよ」
 ふるりと首を横に振った男の子は部屋に入ると、直に私に向けてぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。僕は黒木庄左ヱ門と言います。目を覚まされたんですね。体調は大丈夫ですか?」
「あ、うん」
「池上屋の菓子職人さんですよね?」
「え?うん。そうだよ」
「いつもおいしいお菓子をありがとうございます。鉢屋先輩や尾浜先輩が委員会用にとたまに買ってきてくださるのでおいしくいただいています」
「こちらこそいつもありがとうございます。こんな態勢でごめんね?」
「いえ。無理はなさらなくて結構ですよ」
「庄ちゃんったら相変わらず冷静ね」
「乱太郎たちが慌てすぎなんだよ」
「そうそう。僕らはちゃんと尾浜先輩に地図渡してきたんだから。あ、僕は今福彦四郎です。庄左エ門と一緒で鉢屋先輩の後輩に当たります」
 黒木くんの後を追うように部屋に入ってきた男の子、今福くんくんは軽くそう言うと、まだ眠っている鉢屋くんの側に歩み寄る。
「やっぱりまだ目を覚ましてないか」
「だって三反田先輩の調合した薬だし〜無理無理〜」
「……なんでそんなに楽しそうなんだよ伏木蔵は」
「だって面白いじゃない。滅多に見られないよ、くのたまの本気なんて」
 くすくすと笑う鶴町くんと違い、げんなりとした様子で今福くんは溜息を零す。
「一応今野先輩に鉢屋先輩用の地図も預かってきたから、折角だから僕らで解いてみようかと思って。いい勉強になるだろう?」
「庄左ヱ門……こんな時にも勉強って、本当真面目だね」
「乱太郎も一緒に解いてみる?」
「遠慮する。頭痛くなりそうだもの」
 ふるふると首を横に振った猪名寺くんに黒木くんは残念そうに「そう?」と呟いた。
「これだからは組は……い組の実力見せてやるよ」
「じゃあ僕はろ組の実力見せられたらいいな〜」
「希望かよっ」
「駄目〜?」
「駄目じゃないけど……」
 さっきよりも大きな溜息を零し、今福くんは黒木くんが懐から取り出した地図を覗き込む。
 地図を見るだけで勉強になるのかな?
 良くわからないけど私は小さな背中を見守ることにした。
 うとうとと瞼も少し重くなって来たし、少し寝ていようかとも思うんだけど……

―――バキバキッ

「え!?な……っ!?」
 思わず飛び起きようとして再び布団の上に戻ると、心配した表情で猪名寺くんが手を差し伸べてくれた。
 も、申し訳なさすぎるっ。ごめんね、猪名寺くん。
「これは誰か裏手の木に落ちてきたかな」
「庄左ヱ門、お前冷静だな……」
「まあある程度想定の範囲内だからね。音の大きさから言って上級生な気がするけど……七松先輩?」
「そうじゃないか?日向先輩の所は三治郎と伊賀崎先輩だけど、あの二人には犬神が一緒についてるからな……」
「犬神って学園中で悪戯働いてるって言う?」
「そうその犬神。一応ある程度三治郎の言う事を聞く様にしてるらしいけど……吹き飛ばすほどじゃないだろう」
「でも七松先輩が吹き飛ばされるなんて……ねえ?」
「あの三反田先輩だし〜」
「乱太郎に伏木蔵!何気に酷い事言ってるの聞こえてるんだからな!!」
 外から聞こえた大きな声に猪名寺くんと鶴町くんは顔を見合わせる。
「ったく……医務室は結界札貼ってるんだから出るんじゃないぞ!」
「と言うか出たくないで〜す」
「七松先輩が怖すぎて」
「今どういう状況ですか?」
 楽しげに、けれど嫌そうに言った鶴町くんに同意するように猪名寺くんがこくりと頷いた。
 それを横目に黒木くんが冷静にそう問うた。
 声の主はどうやら数馬くんらしい。
「次で決まらなかったら七松先輩落とすから!」
「影が薄い三反田先輩とは思えない発言〜。すっごいスリル〜」
「別に好きで影が薄くなったんじゃないんだって!って言うか七松先輩復活早過ぎっ……もう!もう一度行くよ―――"古山茶・小波"」
「同じ手が何度も通用すると思うなよ三反田!」
「今度は別の手です!」
 二人の叫び声しか聞こえないけど、びゅうと強い風の音が聞こえたかと思うと、ギシギシと外にある木が揺れる音が聞こえた。
 嵐でも来ないと聞こえないだろうその音に思わず身体を強張らせていると、猪名寺くんがそれに気付いて私の手を握ってくれた。
「大丈夫ですよ。三反田先輩、陰陽術に関しては今野先輩よりも強いらしいので」
「実力が見えてない辺りが不運……流石は保健委員の委員長候補筆頭〜」
「だから聞こえてるって言ってるだろうが伏木蔵ー!!」
 叫ぶ余裕があるって事だよね……数馬くん、本当に凄いのかも。
 そしてそのすぐ後、二人の戦いに決着が着いたらしい。
 詳しい事情は相変わらず良くわからなかったけど、私の村に二人も向かうらしい。
 とりあえず気になるのは、天女様って言う単語だけ。
 天女と言えば豊宇賀能売神だけど……鉢屋くん、鬼が来るって言ってなかったっけ?
 本当、どうなってるんだろう……よくわかんないや。



⇒あとがき
 第三者から見た忍術学園の状況を書こうかなと思ってこっそり数馬vs小平太を出しました。ただし状況不明と言う落ち付で。
 だって数馬だもん。だって不運だもん。
 ……で片付けてみようかなっ、て誰かが囁いた気がするんですよ。←
20110829 カズイ
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