46.変調と覚醒

 トン、トン、トトン。
 不規則な拍子で軽い音を立てて木々の上を移動する私たちの頭上をすうっと軽い調子で如意自在の傘が宙を舞っている。
 傘の上には如意自在と天女様―――水落茅が居る。
 椛が調合した睡眠薬によってぐっすり眠り続ける彼女は静かなもので、この後自分がどうなるかを知らぬ哀れな寝顔だった。
 傘の持ち主である如意自在は嫌そうな顔をしているけれど、もうすぐ天女様とはお別れだからと渋々傘を操っている。
 そして私たちの背にはそれぞれ怪士丸くんときり丸くんが居る。
 図書委員会は中在家くんだけが正気じゃないだけだし、中在家くんの相手は能勢くんに任せて二人には手伝ってほしいことがあったので背負ってきた。
 一緒に走ってきても良かったけど、それじゃあちょっと遅くなっちゃうからね。
「不破先輩?」
 不意に足を止めたくらくんに不安そうに怪士丸くんが問いかける。
 私も丁度いい頃合いだったから学園に置いてきた式神から意識を切り離してくらくんに合わせて足を止める。
「どうかした?」
「これだけ近づいてるのに水神様の気配が感じられないんです」
「え?」
 眉根を寄せるくらくんに、私は慌てて水神様の気配を辿る。
 走りながら式神に意識を集中させていたから気付かなかったけど、確かに水神様の気配が感じられない。
「文には水神様が結界を張って守ってくれてると確かに書いてあったんですけど……」
「でもちゃんと結界の気配はある。……水神様の神使かしら」
「しんしってなんすか?」
「神様の御遣い。神社の狛犬とかがそうよ」
「へー……」
 納得したらしいきり丸くんを背負い直し、私は再びくらくんに視線を向ける。
「それにしても気配が感じられないのはおかしな話ね」
「どうします?」
「私たちは計画通りに動くまでよ。これ以上引き延ばすわけにも行かないし、結界はあるから様子を見つつ進めて行きましょう。じゃなきゃ志島さんと町の人たちが危ない」
「そうですね。早く三反田くんたちが追いついてきてくれることを願うばかりです」
「うん。あのまぬけどもがさっさと自分の力で目を覚ましてくれてたら話は早かったんだけど……あれだけ私が手を貸してやっても出来ないだなんて……本当万死に値するわ」
 元々見鬼の才能を持っていた日向くん。
 そして何故か鵺の加護を持つ七松くん。
 この二人が自分の力を自覚して天女様の術を打破できれば数馬が二人を連れてすぐにこちらに追いついてきてくれる予定だ。
 最悪、約束の刻限までに正気に帰らないようだったらちょっと危ないかも知れないけど連れてきた怪士丸くんときり丸くんに手伝ってもらう予定だ。
 二人とも才能があるし、ちょっと不利かも知れないけど補佐位なら行けるからね。
 後は無事に町まで辿り着けた四年生を志島さんの隠の力でどうにかしてもらえればまあどうにかなるでしょう。
 計画は急造とはいえちゃんと不安要素があることを見越して立ててあるんだから……失敗なんてさせない。
「行こう、くらくん」
「はい」
 今まで耐えてきたくのたまの皆や、今学園で上級生相手に頑張ってくれてる下級生たちの為にも早く解決してあげなきゃ。

  *  *  *

 松千代先生の拡声器からこちらに向かってくる今野先輩そっくりの式神は僕の目の前までやってくるとにこりと微笑んで白い和紙で出来た人形へと姿を変える。
 式神の後ろで今野先輩の手伝いをしていた松千代先生は用が済んでしまった直後にいつものように「恥ずかし〜」とその姿を消してしまった。
 どこにいっちゃったんだろう松千代先生……
 上級生が今野先輩の計画通りに居なくなった場合のために先生方の殆どは学園周辺の警戒に当たってるから多分松千代先生もそのために何処かに行ったんだろうけど……
「流石松千代先生……素早い」
「だねぇ」
 驚いている金吾にははっと笑いながら僕は式神を拾い上げた。
 僕と金吾に任されたのはこの式神を回収した後、次屋先輩と一緒に滝夜叉丸先輩の所に行く事だ。
 今野先輩が式神を通して言った妨害役の次屋先輩が無自覚な方向音痴のためこうして予め一緒に来てもらった。
 当の本人には途中で他の先輩に有ったら怖いですからと言っているからいつもみたいに勝手に何処かに行かないのでほっとしている。
 でもこの後滝夜叉丸先輩の所まで無事に辿り着けるかちょっと心配だなぁ……
「えっと、式神は僕が持ってていいんだよね?」
「そう言ってましたね」
 金吾の言葉を聞き、僕は式神を破ってしまわないように懐に仕舞った。
「終わったか?」
「「はい!」」
「じゃあアホ夜叉丸の所に行くか」
 のんびりとそう宣言した次屋先輩は迷いなく長屋とは違う方向へ向けて歩き出した。
「次屋先輩そっちは違います!」
「と言うかアホ夜叉丸なんて言ったら正気に戻った時に滝夜叉丸先輩に怒られますよ!?」
「へーきへーき」
「平気な訳あるかこの無自覚方向音痴!」
 何時の間に側に居たのか、次屋先輩の背後に立った滝夜叉丸先輩が次屋先輩の頭に握り拳を力一杯振り下ろした。
「ってー!!何すんだよアホ夜叉丸!」
「誰がアホ夜叉丸だ!私の名前は平滝夜叉丸!成績優秀眉目秀麗のこの私をこの間の試験で追試をさせられるようなお前にアホ等と言われる謂れはないわ!」
「あの女にデレデレした顔してるんだから十分アホ夜叉丸だろうが!」
「誰がいつあの女にデレデレしたと言うのだ!そんなの喜車の術に決まっているだろうっ」
 ふんと鼻で笑い飛ばす様に言った滝夜叉丸先輩の言葉に僕は「あれ?」と思わず首を傾げる。
 これには金吾も同じように疑問を抱いたみたいで同じ方向に首を傾げていた。
「あのぉ……滝夜叉丸先輩?」
「なんだ四郎兵衛」
「……正気、だったんですか?最初から」
「それがどうした。別に正気だったのは私だけではないぞ」
「「ええ!?」」
「つか正気なら正気で何であの女の側にいんだよ。意味わかんねぇ」
 唇を尖らせる次屋先輩に滝夜叉丸先輩は真面目な顔で少しだけ目を伏せた。
「あの時は皆可笑しかったからな……周りに合わせていて気付いたが、アレは喜八郎を気に入ったようだから正気ではない振りをしていたのだ」
「喜八郎って……綾部先輩ですか?」
「そうだ金吾。ちなみにあちらに居るタカ丸さんも正気だ」
「へ?」
 ぱっと滝夜叉丸先輩が示した方向を見ると、困った表情の斉藤先輩がこちらを見ていた。
「タカ丸さんも正気だったんですか!?」
「うん……えへへ、なんか照れるな」
 頬を赤く染めて後ろ頭を掻く斉藤先輩はこちらに向けてゆっくりと近づく。
「緊張したけど、上手く皆を騙せてたって事だよね」
「ええ。流石は髪結いとして町で働いていただけは有ります。その点タカ丸さんは自分の能力を誇っていいと思いますよ」
 滝夜叉丸先輩にしては珍しく優しい笑みで笑うものだから、僕と金吾は酷く驚いたし、次屋先輩なんか思いっきり顔を顰めていた。
「どうして無事なんですか?あの時すごい甘い匂いがして皆抗えなかったのに……」
「お前達この私が誰かを忘れたのか?私は"平"滝夜叉丸だぞ?」
「?」
「どういう意味でしょう……」
「……意味が分からないならそれで問題はない。まあ、今野先輩辺りはどうして私が正気ではないかと思っていたとは思うがな」
「「?」」
 ふふんと誇らしげに笑む滝夜叉丸先輩の言葉は難しくて、僕らは示し合わせたように首を傾げる事しか出来なかった。



⇒あとがき
 久しぶりに書きながら、相変わらず予定から着実にずれていてるなあ……と感じます。
 これどうやって収集つければいいのか段々わからなくなってきましたが、気合で乗り切ろうと思います!
 とりあえず体育可愛い。四郎兵衛視点で書けてちょっと楽しかったです♪
20110828 カズイ
res

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