45.考察と本気

 数日前に天女様を名乗る女の人が空から降ってきた。
 水落茅と言うその人は奇妙な人で、綺麗な見目をしていたけど、その周りに纏っている黒い靄みたいなものがなんだか気持ちの悪い変な人だった。
 同室の滝夜叉丸も、いつも滝夜叉丸に張り合ってる三木ヱ門も、途中から四年生に編入してきたタカ丸さんも同じ組の面々も皆彼女に夢中。
 先輩も後輩も須らく夢中だからとりあえず僕も近づいていた方が良いかなってそう思ってたんだけど……たった数日で何やら面白い事になったらしい。

『あーあーマイクテスマイクテス。これ本当に聞こえてるのかなー?』

 ガンガンッと何かを叩く音がけたたましく辺りに響く騒音に近い声は二年い組の教科担任である松千代万先生がたまに使われている拡声器と言う奴だ。
 どう言うカラクリになっているかは僕なんかよりも同じ作法委員で一年は組の笹山兵太夫の方が詳しく解説できるだろうけど、生憎兵太夫も天女様に夢中で……そう言えば一昨日の放課後に三年は組の浦風藤内が作法室に顔を出しているのを見かけたけど、藤内はどうして作法室に居たんだろう。
 天女様の側に居たいからと言う滝夜叉丸に付き合って穴掘りを我慢してたからちょっと抜け出して穴掘りしに行ったら見かけたんだけど、声掛ければよかったかな?
『ぐっもーにーん!状況が理解できない愚かな忍たまども!!』
 ……今日も相変わらずだなあ、華織先輩は。
 思わずそう思いながら宙を仰ぎ見る。
 拡声器は色んな所に仕掛けられているから、その分色んなところから声がして一体どこから喋っているのかよくわからない。
 取り敢えず後ろで松千代先生が「壊れるから大事に扱ってくださぁい」と小さく訴える声が聞こえる当たり、松千代先生も一緒に居るんだろう。
『さあて問題で〜す。君らの愛しい愛しい天女様はどこにいるでしょーか!』
「……五年生長屋?」
 確か寝泊まりはそこでしているはずなので今日もそこで目を覚ましているはずだ。
 僕はうっかり深夜に掘った蛸壺が思いの外居心地が良くてそのまま蛸壺の中で朝を迎えた訳だけど、彼女は五年生にべったりだから間違いなく一緒に居るはずだ。
 でも華織先輩がそう言うって事は、華織先輩が何かしたんだろう。
 僕はすくっと立ち上がり、踏子ちゃんを手に蛸壺の中から勢いよく外に出る。
 ちょっと深く掘り過ぎたから一度壁に苦無を突き刺して、それを軸にしてもうひと飛びすれば穴の外だった。
『まあ愚かな忍たま上級生には理解できないだろうから特別ヒント〜』
 にやりと笑う華織先輩の姿が想像できる楽しそうな声に僕はトントンと踏子ちゃんで肩を叩いた。
『……を教えたいところだけど、特別ヒントは華織ちゃんが妨害役に設定した下級生が知ってるよーん』
「わー、面倒臭そー」
「何を言っている綾部喜八郎!」
 ぼこっと足元の土が崩れ、塹壕から六年ろ組の七松小平太先輩が顔を出す。
 ……この人も天女様の側に居なかったっけ?
 真面なのは五年ろ組の不破雷蔵先輩と三年は組の三反田数馬くらいだと思ってたんだけど……違ったっけ?
 華織先輩が担当した授業を受けた下級生の一部を除いて順に真面に戻ってたみたいだけど、六年生は授業の後ボロボロになってたくらいで皆相変わらずだった気がする。
 六年生って本当化け物だなあなんて思ってたのになあ。
「茅さんを今野の魔の手から救うために動き出すぞ!」
「魔の手?」
 確かにこの状況だと華織先輩が悪者な気がするけど、その実、天女様の方が悪者な気がするのは僕だけかな?
 だって華織先輩以外のくのたま、誰一人として見かけないし。
 あれだけ悪さしに来てたのにパタリと止まるなんて変なのにどうして気付かないんだろう。
『ちなみに六年ろ組の日向五郎丸と七松小平太の元には特別な妨害役を準備してまーす。とりあえず死ぬなよー』
「……だそうですよ」
「お前明らかに他人事だな!」
「他人事ですから。少し逃げた方が良いのかな」
「そうですね」
「「!?」」
 こくりと頷く菫色の髪の少年―――三反田の存在に僕と七松先輩は目を見張った。
 何時の間に僕らの前に現れたのか、気配を一切感じさせない登場に七松先輩は慌てて飛びのき、苦無を構える。
 僕も言い知れぬ圧倒感に思わず踏子ちゃんを構えた。
「あ、おはようございます」
 ぺこりと頭を下げた三反田に一瞬油断しそうになったけど、七松先輩は当然気を緩めずに殺気まで放って居る。
 流石は六年生と言うか……でも三反田は後輩ですよ?七松先輩。
「その力は妖術の類か、三反田」
「気配を消すことですか?」
「そうだ」
「えっと……実力です」
 苦笑を浮かべる三反田の手に椿の枝が握られていることに気づき、僕は眉根を寄せた。
 青い葉が付いているだけのその枝以外、三反田が持っている物はない。
 なのに武器を構えていないとこっちが危ういと感じるのは何でだろう。
「七松先輩は鵺の加護があるのにこちら側ではないんですね」
「!……お前、鵺を知っているのか!?」
「七松先輩の知っている鵺を知っている訳ではありませんけど、ちゃんと見えますよ。七松先輩が鵺の加護を受けているのは。それよりも……」
 ちらりと三反田は僕を見上げる。
「驚きました。正気なんですね」
「えっと……」
「正気?」
 ちらりと七松先輩の視線も僕に向かってきて、首を傾げた。
「……駄目?」
「駄目ではありませんよ。ただ本当に驚いただけですから……あ、危ないんで少し避けててくださいね」
「?」
「―――お出で、"古山茶・小波"」
 首を傾げると同時に三反田が椿の枝を持ち上げた。
 ふわりと菫色の髪が宙に揺れ、思わず目を見開いた。
 柔らかな菫色の光が三反田の身体を包んだかと思うと、三反田の後ろに少女が一人現れた。
 あんな子居ただろうかと思わず目を見開いていたけど、この場に居てはいけないと頭の中で誰かが叫ぶので慌ててその場から飛び退った。
 僕の知ってる三反田は、藤内の同室で、とんでもなく影の薄い不運な保健委員の一人だった。
 だけどそれを覆すかの如く、三反田が枝を一振りすると、少女が宙を舞い、七松先輩の身体をいとも簡単に吹き飛ばした。
「華織ちゃんの如意自在と違って僕が使役する古山茶の小波ちゃんは攻撃向きな子じゃありませんけど、気を抜いたら怪我しますから……気を付けてくださいね」
 そう言うと、三反田は再び椿の枝を振るう。
 一見すればただの枝を振るっているだけだろうけど、七松先輩に攻撃を繰り広げるあの少女を操っているのはあの枝だ。
 陰陽師と敵対する時の初歩は召喚をさせない事だけど、もし式神を召喚された場合は依り代を破壊すればいい。
 そんなの四年生の僕だって知ってる事をどうして七松先輩は分からないんだろう。
 そう言えば一昨日の授業でも七松先輩……と言うか六年生の全員が華織の使役する式神を前に全員敗北したのだと滝夜叉丸を経由して聞いた。
 僕より二年も多く陰陽術を学んでいるはずの先輩方が変な話だ。
「……これって天女様の所為?」
 まさかね……なんて思ったけど、じゃなきゃあそこまで皆が夢中になったり、様子が可笑しくなったりする理由が分からない。
「あー!やっと見つけましたよ綾部先輩!」
 眉根を寄せて考え込んでいると、近くの角から藤内が姿を現す。
「おやまあ藤内。どうしたの?」
「今野先輩に言われて探してたんですよ!って、あれ?……綾部先輩、もしかして正気ですか?」
「うん」
「うんって……ええ!?」
 驚く藤内に僕は首を傾げた。
「駄目?」
「駄目って言うか……今野先輩そんな事言ってなかったのになぁ」
「華織先輩、何企んでるの?って言うか下級生は華織先輩にどんな授業してもらったの?」
「別に企んでるとかじゃなくて、これ授業の一環らしいですよ。主に四年生の」
「おやまあどうしよう」
 そう言えば本当だったら昨日は華織先輩の授業だったはずなのに急に中止になって腹癒せに穴を掘っていたんだった……
 作った蛸壺の中が気持ちよすぎてうっかりしてた。
「まあ綾部先輩なら心配ないと思いますけど、僕たち今野先輩から結界札の作り方を教わったんです」
「結界札と言うと陰陽師の仕事の方のだよねえ。いいなあ」
「そうですけど……綾部先輩、ご存じだったんですか?今野先輩が陰陽師……と言うか外法師だって」
「うん。だって僕、華織先輩に可愛がってもらってるし」
「そうなんですか?まあ確かに名前で呼んでるなあとは思いましたけど……」
「蛸壺掘りを教えてくれたのも、えげつない罠を教えてくれたのも華織先輩」
「今野先輩なんてものを教えてくれてるんですかっ」
 藤内は額に手を当て、がくりと項垂れた。
「別にいいじゃない。それより、僕を探してたってどういうこと?」
「あ!そうだ」
 藤内は弾かれたように顔を上げ、懐から何やら札を取り出した。
「これ、僕が復習で作った結界札と地図と外出届です」
「結界札は分かるとして……地図って天女様の居場所が書いてあるの?」
「さあ……地図は一人一人違うみたいなので」
「ふうん」
 かさりと地図を開いてみれば、面倒な事に暗号で書かれている。
 解読して辿り着けと言う事なんだろうけど、これ華織先輩の手作り?
 外出届が添えられているし、この場所に行けばいいんだよね?
「地図はくノ一教室の皆が作ったものだそうです。たまに外れがあるそうなんで……」
 ちらりと藤内は三反田に押されている七松先輩をちらりと見た。
「水の気を辿ると良いそうです」
「水ねえ……」
 とは言っても僕は陰陽術を授業として齧っているだけで……あ、そう言う事か。
「うん、わかった」
「わかったんですか?」
「多分ね。取り敢えず他の人たちよりは早く着ける様に頑張るかな」
「是非頑張ってください!僕、作法室で皆の帰りを待ってます!」
 少し泣きそうな笑みを浮かべた藤内を横目に僕は外出届と地図と結界札を懐に仕舞った。
 そう言えば兵太夫も伝七も天女様の側に居たっけ……一人ぼっちにさせてたのかも。
 ぽんぽんと藤内の頭を撫でるように軽くたたけば、藤内は目を丸くして僕を見上げていた。
「大丈夫。華織先輩はすごいお人だから、直に元の忍術学園に戻るよ」
「……はいっ」
 面倒だけど、僕も頑張るかな……なんで僕が正気だったのかはよくわからないけど、天女様のあの黒い靄がよくない物なんだろうって事は分かったから、ちょっと本気出そう。
 僕は外出するための荷物を取りに長屋の方へと向かって走り出した。



⇒あとがき
 まさかの綾部さんが正気でしたなお話。
 全然兆候なかったのに何故こうなったしっ。と思った方は今しばらくお待ちくださいませ。
 多分もうちょっと後の方でそれについて触れますので……多分。
20110807 カズイ
res

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -