43.山神様の若葉

 校庭に集まった六年生と五年生の中心にいるのは流石天女様と言っていいだろう。
 下級生よりも多くの時間、妖術に対する授業を行ってきたはずの上級生のあまりの様子に隣を歩いていた授業を見学する五年生の監督を務める木下先生は溜息を零した。
「授業の前だからと言う理由にはならんぞ」
「まあまあ、木下先生そう溜息を吐かないでください」
 ニコニコと微笑む今日の実技担当である小林先生に木下先生は渋面を浮かべる。
 小林先生は逆に落ち付き過ぎだと思うんだけど、過剰反応されるよりは幾分かマシでしょう。
「こらお前達!いつまでも固まってないで五年生は校庭の端に寄らんか!!」
 木下先生の怒声に五年生はこちらを見るけど、すぐに天女様の方を見て「危ないですから移動しましょう」等と優しく声を掛け始める。
 その中に混じって「木下先生の大声やんなっちゃうよなあ」なんて声が聞こえてきて木下先生の眉尻がぴくりと動くのが分かった。
 教え子が大好きな木下先生の事だ、そう変わらない表情の下で物凄く寂しがってるんだろうなあ。
「ごめんなさい木下先生」
「いや」
 木下先生は小さく首を横に振った。
 天女様の一番の目的は上級生だろうと言ってはいるけど、まず間違いなく五年生狙いと言っても良いだろう。
 明日、立花くんたちと食事をする約束をしていたけど、一緒に食べるではなく五年生たちを優先させた。
 しかもくらくんが離れる事を渋っていた様子を見ると、仲良しこよしで自分を囲んでいる姿が理想なのかもしれない。
 くらくんに対してのみなんとも思っていないことは分かるから、そこはちょっと安心してる。
 これ以上くらくんの心労が増えたら私、容赦なんか出来なくなっちゃう。
「六年生の皆さん。授業を始めますよ」
 天女様が離れる事を渋っている様子の六年生の意識を手を叩いて向けた小林先生は私を手招きする。
 さっきまで隣を歩いていたはずの木下先生は天女様と一緒に場所を移動することにした五年生の方へと姿を消した。
「午前中のうちに既に伝えましたが、今日の午後の授業は予定を変更してくノ一教室の今野さんの教育実習の一環として授業をお願いすることになりました」
「小林先生、他の先生にもお聞きしたのですが何故我々六年生が彼女に教えを請わねばならないのですか」
「おや、彼女から学ぶ事は無いと?」
 明らかに不満があると言う様子の潮江くんに小林先生は表情を一切崩さずに答えを返した。
 普段の潮江くんでは陥ることのないだろう忍の三病―――"敵を侮るべからず"を犯すだなんて。
「六年生は日向くん以外は知らないんでしたか?」
「いえー?立花くんと潮江くんと善法寺くんの三人は知ってると思いますけどー?」
 わざとらしいかとは思うけど語尾を伸ばしつつ気だるげに首を傾げる。
 まあ実際この三人以外の前で私が堂々と外法師としての術を使った事は無いから言ってることは事実なんだけどね。
「そうでしたか。では改めて説明しましょう。今野さんと同じ出身の三年は組の三反田数馬くんのお父上、三反田多聞殿は陰陽寮に所属していた陰陽師です。現在はその席を外れていますが、今野さんはその直系の弟子に当たります」
「所謂外法師と言う奴か」
 さっき突然犬神が見えるようになったらしい七松くんが胡乱な瞳で私を見つめる。
 うん、流石は暴君。自力で天女様に与えられた力の呪縛から解き放たれそうじゃない?
「そう言う事です。ただし実力に関しては陰陽寮の陰陽師に匹敵するものと言っても過言ではありません。そんな彼女に妖術に対抗する訓練のため授業をお願いすることにしました」
「妖術と言っても幻術みたいに薬は使わないからちゃーんと自覚持って戦ってね?」
「おい今野。俺は見鬼だから良いとして他は見えないんだぞ」
 眉間に皺を寄せ、抗議を口にする日向くんに私はくすりと笑った。
「見えない敵とどう戦うのか。それがこの授業でしょ〜?って言うか見えない奴にはちゃーんと手加減してあげるわよぅ」
 私は胸元に潜めた如意宝珠をそっと撫でる。
 力を籠めればすぐに現れる如意自在に反応したのは日向くんと七松くんくらいのもので、後は皆二人が警戒したのに合わせるようにそれぞれ警戒を強めるだけだった。
「日向くんと七松くんの相手はこの如意自在ね?私が一番信頼している式神よ」
「七松?って、小平太お前あれが見えてるのか!?」
「見えたらおかしいのか!」
「だってお前今まで見えなかっただろ!」
 同じろ組である二人の口論を横目に私は小林先生に視線を向ける。
 小林先生は笑顔のままこくりと頷いてくれたので、私はそのまま授業に入ることにした。
「見えない奴らはちゃぁんと逃げてねぇ」
「は?」
 近くに居た立花くんが眉を潜めるので、それが可笑しくてくすっと笑う。
「"如意自在"、日向くんと七松くんに手加減しつつ攻撃!」
「ちょっ、待て!!」
 慌てて逃げた日向くんを見て七松くんも慌てて横に飛びのく。
 それを見て六年生たちが慌てて校庭の端へと飛び散る。
「五郎丸!弱点はないのか!?」
 馬鹿……こっちに聞こえる声で聞いてどうするのよ。
 そう思ったのは私だけじゃないようで、日向くんががくりと肩を落とす。
 だけど二人を引き離す様に如意自在が持っていた傘を振り下ろす。
 手加減しろと言ったにも拘らず無表情でどうやら不機嫌だったらしい如意自在が振り下ろした傘は地面を抉った。
「こら今野!手加減するつったの嘘か!?」
「あれぇ?」
「あれぇじゃねー!!!」
 怒鳴る日向くんに私は首を傾げながらちらりと天女様を見る。
 こちらを見てハラハラした様子を見せる彼女を囲む黒い靄みたいなものがうっすらと私にも見えた。
 あー……如意自在はあっち攻撃したいのかな?
 あの靄、さっきまでは見えなかったはずだけど、式神を表に出してたら見える、とかかな?
 でもこっちから手を出すわけにもいかないし、と私は日向くんと七松くんを見た。
 暴走はしていないから大丈夫だとは思うけど……

―――シャンッ

 不意に聞こえた鈴の音にはっと我に返り、私は視線を裏山の方へと向けた。
 見鬼である日向くんと七松くんには見えるかもしれないけど、二人は如意自在に夢中でまだ気付いてはいない。
 淡く白い光がふわりと私の目の前に落ちるのを感じて慌てて手を差し出せば、掌の上に緑色の青々とした若葉が一枚落ちる。
 その瞬間、脳裏に吸い込まれるように言の葉が流れ込む。

"隠ニ愛サレシ華ヨ、我ガ結界ノ内側ニ落チシ穢レヲ何故排除セヌ"

「だって私は人間ですもの。無茶は出来ませんわ―――山神様」
 ぽそりと若葉に言葉を返せば、若葉はそれ以上の言の葉を寄越さずに、ふわりと宙に舞うと白い光となり、空気に溶けて消えた。
 山神様は少しお怒りの気がしたけど、何故直接手を出さずにそのまま言の葉を消してしまわれたのだろう。
 あの方ほどの力があるのならきっと言の葉の一枚だけであろうと利用して彼女を排泄することは可能だろう。
 この近隣で唯一隠の結界を破ることの出来る神位を持つお方ならばそんな事は容易いはずだ。
 何故それをしないのか、何故排除しないのかと問うたのに、あいまいな答え方をした私にそれ以上何も言わなかったのか。
 謎は尽きない。
「……取り敢えずおっそ〜い!」
 逃げまどう二人の姿に私はそう言うと如意宝珠を一撫でした。
「初歩的な答えも出来ない二人にはお仕置きだぁ!」
「ちょっ、待て今野……」
「待たないよ〜だ。"如意自在"、菜園の方に二人を吹っ飛ばしちゃって!」
「ぬお!?」
 普通の人間相手では久しく味わう事のないだろう圧倒的な力により持ち上げられると言う行為に目を丸くした七松くんは、次の瞬間ふわりと宙を舞い、そして物凄い勢いをつけて菜園の方へと飛ばされていった。
「お、玉屋〜」
 呑気にそう言えば、相変わらずの無表情に不機嫌を背負った顔をした如意自在が私を睨んでいた。



⇒あとがき
 執筆期間が途中で中途半端に空いたのでなんか……うん。
 とりあえず小平太はまだ正気組じゃありません。そう簡単に正気に返られても困るけど。
 もっと六年生をコテンパンにしたかったんですが、脳みそが上手く文章を作ってくれなかったので諦めました。
 雷蔵さんともっといちゃいちゃさせたいよっ。
20110727 カズイ
res

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