41.接触

 午前の授業は基本的に座学だけど、上級生になると座学の授業数が減って座学の時間帯に実技の授業をすることがある。
 今日は午後の六年生の授業を見学する事になっているから午前中の間に実技の試験が行われた。
 実技の試験と言ってもそう難しいものじゃなくて、手裏剣のテストだ。
 下級生に比べると的の距離が遠いのと、木の上から吊り下げた不安定な的を先生が態と小石をはじき玉の要領で投げては的を動かすので中々難しい。
 まあそれでも十回投げたうちの七回は当たらないと補習なんだけどね。
「十回投げて全部当たってるなんて流石三郎ね!」
「まあ、当然の出来だな」
 胸を張って水落さんと話をしている三郎に僕は小さく溜息を零す。
 ちなみに三郎の後に投げた僕は十回投げて同じく全部当たっている。
 だけど先生に報告してすぐに気配を表す努力を止めて水落さんと三郎を遠目にそわそわと順番を待つ列にもう一度並んでみた。
 しばらくして気付いた先生にはぎょっとした顔をされたけど、僕はそれを笑って誤魔化した。
 先生方は忍たまでは僕と数馬くんだけが正気だって知ってるし、一部の先生は僕と数馬くんが人と違うのだと言う事を知っている。
 華織先輩がある程度結界札を広めてくれれば大丈夫だろうけど、早く彼女には居なくなって欲しい。
 ずっと側に綾目ちゃんを置いててもいいけど、それはそれで学園の結界が手薄に……って実際手薄な状態だけど。
「……はあ、やだなあ」
「って雷蔵!?お前なんでこっちに並んでるんだよっ」
「僕、華織先輩が居ればそれでいい」
「あー……お前はそう言う奴だよな」
 呆れ顔の級友が名前を呼ばれると、僕はそれを見送りちらりと三郎たちを見た。
 僕の顔って、華織先輩と一緒に居るとあんな顔してるのかな……酷く間抜けだ。
 あ、でもああやってるのは三郎だから三郎の顔だよな。
 って事はあいつ美紗さんの前であんな顔してるのか?
「……想像して気持ち悪くなってきた」
 思わず眉根を顰めてそう言ってもいつものウザイ位纏わりついてくる三郎の突っ込みはない。
 それを寂しく思いながら、僕は溜息を一つ零した。
 華織先輩今頃授業中だよね……
 思わず宙を仰ぎ見ると、綾目ちゃんがふいよふいよと僕の側を漂いながら首を傾げる。
「駄目だよね、僕が不安定じゃ」
 ふるふると首を横に振る綾目ちゃんに僕は笑みを作り、皆の陰になる場所でそっとその頭を撫でた。
「昼休みになったら会えるよね」
 それを楽しみに今は我慢しよう。

  *  *  *

 目の前で会話を楽しむ水落さんを囲む三郎たちから僅かに一歩、覚られぬように程々の距離を保ちながら歩く僕に誰も気付いた様子はない。
 これがしばらく続くかと思うと華織先輩の所に居座りたくなってくる。
 そしたら三反田先輩が黙っては居ないだろうけど、三反田くんも一緒に連れて行けばきっと柳田先輩が味方してくれる気がする。

「こんにちはー」

 食堂の中へと入るとにこりと笑みを浮かべて水落さんがおばちゃんに向けて挨拶をする。
 おばちゃんは水落さんについて詳しくは知らされていないけど、長年忍術学園の食堂の厨を守ってきた事もあって事情は察してくれているらしい。
 手伝いが僕と三反田くんだけになるって言った時の寂しそうな顔はとても申し訳なくて、思わず「頑張りますから!」と言ったものの、初日から午前中が実技で何も手伝えなくて申し訳なかった。
 その分午後の授業の後はしっかり手伝おうと心に決め、僕も三郎たちの後を追って食堂の中へと入った。
 食堂に足を踏み入れた瞬間感じた華織先輩の視線に首を動かすと、一年ろ組の子たちに囲まれた華織先輩が居た。
 思わず目を見開いてしまったけど、どうやら授業が上手くいった様子を感じて僕はそっと目を細めて笑みを浮かべた。
 その瞬間、華織先輩は僅かに頬を赤らめて目を伏せるとぎゅうっと手に持っていた箸を握った。
 たまにああいった仕草を見かけて最初はなんて可愛い反応だろうって思ってたけど、確実にあれは内心で僕に萌えって奴を感じて悶えてるんだろう。
 真実を知った後はちょっと衝撃を受けたけど、まあでも実際可愛いんだよなあ……華織先輩のあの反応。今晩部屋行っちゃ駄目かな?
 一年生たちが僕の視線に気づいてこそこそと話をしながら尊敬の眼差しを向けてくると、それに気づいた華織先輩は自分の事の様に嬉しそうな顔で子どもたちの頭を撫でていた。
 可愛いとか思ってるんだろうけど、華織先輩の方が可愛いですよ。
 聞こえないだろうけど、僕は胸が温かくなるのを感じて華織先輩の教育実習の話を許可してくれた学園長先生に感謝した。
「あ、六年生たちがいる。もう授業終わったんだね!」
「茅さん、よかったらこちらで一緒に食べませんか?」
「ありがとう仙蔵くん!でも今日は五年生の皆と一緒に居るって約束しちゃったからまた明日ね」
「ええ。約束ですよ」
 にこりと、昨日まではくのたまを魅了していた忍たま一の美丈夫の情けない姿に僕はこっそりと溜息を吐いた。
 立花先輩がこれで、他の先輩たちもぼうっと水落さんを見てる。
 皆は普通の人間だから分からないかも知れないだろうけど、綾目ちゃんを側に置いててもこの距離だとどうしても臭う。
 実習で嗅ぎなれてしまった隠の中にある鬼の本質を揺さぶるような強い死臭。
 隠だけにしかわからないのだろうこの臭いを僕と同じように感じているのだろう三反田くんは厨の奥で結界札を握り締めて小さく蹲っている。
 思わず駆け寄ろうかと思ったけど、三反田くんの側に居た小波ちゃんが首を横に振り、気付かない振りをして欲しいと訴えてきたので、僕はそれを思いとどまった。
 厨の入り口にも昨日華織先輩が作った結界札がこっそりと貼られていて、臭いに怯えている訳ではない気がした。
 三反田くんには後で話を聞いた方がいいかも知れない。
 僕もそうだけど三反田くんも特別な隠だから三反田先輩に助けを求めにくいし……こう言う時父さんと連絡が取れればいいんだけど、あの人が今何処に居るんだか僕にはさっぱりわからない。
 渡隠の性質と言うのか、あっちへふらふらこっちへふらふら。
 酷い時は三日で居場所を変える事もあるからなあ。僕が傍に居る間はまだ定住する時間が長い方だったんだと最近よく感じる。
「あれ?あそこに居るのってくのたま?」
「げっ、今野先輩……」
 水落さんの疑問に頬を引きつらせたのは八左ヱ門だ。
 まあ僕以外は相変わらずこの反応だよね……水落さんがいようといまいと華織先輩はどこまでも華織先輩だから。
 って言うか今年の六年生くのたまが酷過ぎるんだよ。過去に類を見ないと言うか……去年卒業した先輩くのたまや、同級生くのたまの方がまだちょっと優しい気がするから不思議だ。
「今野、先輩?」
「立花先輩たちと同じ学年のくのたまっすよ」
「わあ初めて知った!」
「茅にも知らない事ってあるんだな」
「私神様じゃないもん。くのたまで知ってるって言ったらユキちゃんにトモミちゃんにおシゲちゃんかな」
「おシゲ?」
「しんべヱくんの彼女なんだけど……あ、そっかヘムヘムが居なかったからおシゲちゃんもいないのか……」
 しゅんと目を伏せた水落さんに三郎たちが「大丈夫か?」と寄り添う。
 兵助も勘右衛門もい組の癖に何で見えないとこでにやっと今笑ったの見えなかったかなあ……角度的に見えたでしょ?今の。
「へへ、大丈夫だよ。それより皆でご飯食べよ?」
「そうだな。おばちゃん私A定食」
「豆腐が多いのはどっちですか?」
「俺、兵助と逆で」
「あ、ズルいぞ勘右衛門っ」
「八左ヱ門だってそう言えばいいだろ」
「八左ヱ門は俺と一緒で。そして豆腐は俺のもの」
「おいこら兵助!」
「ふふ、本当に皆仲良いね」
 皆のやり取りを嬉しそうに見つめる水落さんはふと視線を巡らせ、僕を見る。
「雷蔵くんはどうするの?」
「僕は……」
 ちらっと華織先輩を見ると、煮付けを幸せそうに食べていた。
 忍術学園は魚料理が少ないって今年に入るまで結構嘆いてたもんな……
 別にそこまで好きって訳じゃないらしいんだけど、あまり食べないと余計に食べたくなるらしく、最近は魚料理があると必ずそっちを選ぶらしい。
 まあ乱太郎たちか兵庫水軍の第三協栄丸さんが揉め事を持ち込まなければ普段からそう食べれる食事じゃないし幸せそうに食べるのは分かるけど……
(こっちもう見てないっ)
 思わず眉根を寄せ、小さく溜息を吐く。
「A定食かB定食か迷っちゃう?流石迷い癖……」
「こらこら茅。迷い癖の前に流石はないだろ。まあ事実だけどな。で、どうする雷蔵」
「うーん……どうしよう。面倒だから三郎が決めてよ」
「私!?」
「うん」
「私より茅に決めてもらった方が嬉しいだろうに……まあ、雷蔵は今野先輩の方が良いか」
「え?」
「茅は知らないよな。あの今野先輩と雷蔵は付き合ってるんだ」
「そう、なの?」
 心底驚いている様子の水落さんに兵助と勘右衛門がうんうんと頷いた。
「でも怖い先輩なんでしょ?脅されてたりとか……」
「華織先輩はそんなことしません!」
 僕は思わずむっとして答えると、水落さんがびくりと肩を震わせ、食堂内の反感を買った。
 けど、それと同時にライバルが減ったとでも思ったのか余裕を見せる上級生も居た。
 本当嫌だな……この空気。
「……あ、あの」
 不意に声を掛けてくる存在に僕は視線を下ろした。
 そこには青白い顔を更に青白くさせながら僕を見上げる怪士丸が居た。
「不破先輩、よかったら一緒に食べません、か?華織先輩も一緒だし……」
「え?いいの?」
 他のろ組の子たち大丈夫?
 思わずそっちを心配しながら腰を下ろして問えば、怪士丸は少し嬉しそうに頬を緩めてこくりと頷いた。
「じゃあ……」
「えー?今日は皆で一緒に食べようって言ったじゃない!」
 水落さんの批難するような声に皆がこくりこくりと頷く。
 僕の前に居る怪士丸は水落さんの声にびくりと肩を震わせ、胸元にある何か―――恐らく結界札だろう―――を握り締めて何かを堪えるかのように背を少し丸めた。
 完全に怯えちゃってる。あんまり良くないな……
「悪いけど、皆だけで一緒に食べて」
 僕は立ち上がり、怪士丸の手を引いて華織先輩たちの席へと近づいた。
「あら、よかったの?」
「……華織先輩は意地悪ですね」
「冗談よぉ。数馬ー。折角だから数馬も一緒に食べましょー」
 にこりと綺麗な笑みを浮かべた華織先輩は食堂の奥へと声を掛け、その名に水落さんは首を傾げていた。
 彼女は知ってるようで知らない。
 恐る恐る厨から顔を出した三反田くんはちらりと水落さんに視線を向けた後、二人分の定食を手に抱えてこちらに向けて小走りにやってきた。
 途中、何もない場所でつまずきそうになったけどそこは傍に居る小波ちゃんが手を貸し、三反田くんは無事に机までやってきた。
「……不破先輩、華織ちゃんと同じのにしておきました」
 そう言ってすっと差し出された華織先輩と同じ魚の煮付けが中心の定食に僕は笑みを浮かべて三反田くんの頭を撫でる。
「ありがとう、三反田くん」
「いえ。不破先輩が怒ってくれて助かりました」
「え?」
「感情の起伏に反応するみたいなので」
 三反田くんの説明に首を傾げていると、ろ組の子が華織先輩の正面の席を譲ってくれた。
「あ、ありがとう」
「いえ〜。不破先輩かっこよかったですぅ」
 小声で言いながら、ふにゃりと青白い顔で笑う子に小さくありがとうと返し、僕は華織先輩の正面に座った。
「初授業お疲れ様でした」
「ろ組っ子は予想を越えて優秀で華織ちゃんび〜っくり。それに比べて午後の六年生との授業が愉快で愉快で仕方ないわぁ」
 わざとらしく大きな声で言う華織先輩に六年生の方でぴくりと反応があった。
 どうやら嫌味は通じたようで、近くに一年生が座っていると言うのに遠慮のない殺気の籠った視線に僕は思わず溜息を零した。
「華織先輩、喧嘩売らないで下さい。一年生が怯えてます」
「悪いのは六年生じゃない。華織ちゃん全然悪くありませーん」
 唇を尖らせてぷいっとそっぽを向く華織先輩の態度はいつもと違う。
 わざとらしいのに他の人は気付いた様子はない。
 ただ違和感を抱いたらしい怪士丸が一人首を傾げ、理解している様子の三反田くんは苦笑を浮かべながら両手を合わせていた。
「華織ちゃん、程々にね」
「うん、程々に甚振る事にするわ」
「くのたまこわぁい」
「伏木蔵なんで楽しそうなのぉ」
 にこにこと微笑む子の隣で泣きそうな声を上げる子が居た。
 えっと……確か怪士丸の友達の伏木蔵くんと平太くん?
 その横の孫次郎くんははぐはぐと食事に夢中だった。
 ……個性的だなあ、流石ろ組。
 僕の組も人の事は言えない奴らばっかりだけど……早く元の皆に戻るといいな。



⇒あとがき
 雷蔵様視点で40の前後のお話でした!
 天女様が自分を認識した途端早速種を撒きはじめた夢主、さて結末に至るまでどのようにしてくれようか……ふふふ。
20110712 カズイ
res

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