40.じょろじょろ

 結界札の効果からかはわからないけど、くのたまよりも天女様の存在を怖いと認識したらしい一年ろ組の生徒にじょろじょろと囲まれながら私は食堂へと辿り着いた。
「こんにちはー」
「あら、華織ちゃん。一年ろ組が最初の授業って聞いてたけど無事に終わったのね」
「はーい。数馬はちゃんとお手伝い出来てます?」
「……どうせ僕は不運だよっ」
「まあまあ、そう落ち込まないの」
 おばちゃんが宥めると、数馬は唇を尖らせながらこちらに歩み寄ってきた。
「お、伏木蔵もだけど全員結界札上手くできたみたいだな」
「三反田先輩なんでわかったんですかぁ?」
「札作りに関しては僕の方が華織ちゃんより上手に出来るからね」
「ま、不運で駄目にすることが良くあるんだけどね」
「……華織ちゃん?」
「ふふ」
 涙目の数馬の頭をよしよしと撫で、私は厨の中を覗きこむ。
「くらくんいないんだね」
「五年生はまだ授業中だよ。一緒に居るみたいだし時間が掛かってるんじゃない?」
 数馬の棘のある言葉におばちゃんが苦笑を浮かべながらご飯を盛っていく。
「それで、全員何にする?」
「あのぉ……三反田先輩はなんともないんですかぁ?」
「結界札自分で作れるからね。後は五年ろ組の不破雷蔵先輩もいつも通りだよ。……けどお前達あんまり結界札のこと口にするなよ?バレるからな」
 数馬の言葉に目を輝かせながらろ組の生徒10人はただ一人を除いて声を揃えて「はぁい」と返事をした。
「三反田先輩がちゃんと先輩に見えるぅ」
「どういう意味だよ!」
「はは。鶴町くんは面白いわねぇ」
 ぽんぽんと鶴町くんの頭を軽く叩きながら私は数馬に昼食を注文する。
 それに続いて他の子たちも昼食を頼んでいく。
 食堂には既に三年生と六年生の一部の生徒が居て食事をしていたけど、数馬が気を使ってはっきりとした言葉を言わなかった事にも気付いていない様子だ。
 これは重傷だな……三年生の中にはこちらを一度だけちらりと視線を向ける子も居たけど……孫兵くんはジュンコちゃんどこやったよ。
「数馬」
「ん?何?」
「孫兵くんのジュンコちゃんは何処?」
「ちゃんと保護して僕の部屋にいるよ」
「それはよかったですぅ」
「生物委員機能しなさそうだもんね」
「と言うかどの委員会も駄目な気がしてすっごいスリル〜」
「伏木蔵、楽しそうに言わないでよぉ。図書と保健以外駄目って事ですかぁ?」
「うーん……まあ明日以降を期待して頂戴」
 とりあえず午後の授業は実技だから上級生の授業に顔を出すことになってる。
 ちなみに奥の方で天女様が来ないかそわそわしている六年生が相手だ。
「……あいつら正気に戻すの最後の方が楽しそうなのよね」
「華織ちゃん、一年が泣きそうだから止めて」
「ああごめんごめん。つい本音が」
「僕一人で委員会なんて無理ですぅ」
「あああすまなんだ下坂部くん!お願いだから泣かないで!?」
 瞳を潤ませてぷるぷる震える下坂部くんに手拭いを差出し、私は呆れ顔の数馬が持ってきてくれた定食を手に一ろの子たちと席を陣取る。
 早く食べてしまわないとこれから一気に食堂が混む事が予想されたので、学級委員長の子に音頭を取らせて昼食を開始した。
「ねえ皆」
 忘れないうちにと私が口を開くと、口の中に食べ物が入っている子は口を動かしながらこてっと首を傾げ、口の中が空になっていた子は口々に「はぁい?」と返事をした。
 うはっ、何この破壊力!じょろじょろ最強だね!
「今日は数馬一人で手伝いしてるけど、皆もたまにおばちゃんの事手伝ってあげてね?」
 そう言うと皆口々に「はぁい」と可愛らしい返事をしてくれた。
「皆良い子だなあ……六年生絶対こんな素直じゃない」
「午後は六年生と一緒に授業なんですか?」
「対幻術対策の授業のお手伝いでね。まあ実際幻覚でもなんでもない物を見せてやろうかと」
「華織先輩……怖いです」
 いつもよりも顔を青ざめさせながら怪士丸くんが言うので「冗談よ」と答えておいた。
 まあ実際やっても問題ない気がするけどね!体力馬鹿共だし。
 おばちゃんのおいしいご飯を口の中へと入れていると耳障りな女の声が聞こえた。
 何このきゃぴきゃぴしたあたし猫被ってまぁす的なぶりっ子声……おばちゃんのおいしいご飯が不味くなりそうだ。
 思わず眉根を寄せれば、不思議そうに怪士丸くんが私を見上げて首を傾げる。
「華織先輩?」
「ん、ごめん。とりあえず来るわよ」
「来るって何が……」
 まだ気付いていなかったらしい怪士丸くんも段々と近づいてくる声にはっと口を噤む。
 他の子たちも気付いたのだろう、結界札を入れた懐を押さえてる姿非常に可愛らし……じゃない、怯えていた。
「大丈夫よ。皆普通の効果よりも強いものが作れたんだもの。心配要らないわ」
 そう声を掛け、私は天女様の声の方ではなく目の前の魚の煮付けに意識を集中させた。
 海から距離のあるこの忍術学園で魚を食べられるのは兵庫水軍の第三協栄丸さんのお陰だ。
 忍たまが交代で第三協栄丸さんの所へ行き魚を貰ってきたり、第三協栄丸さん自身がトラブルと一緒に魚を持ってきたりと流通は様々だけど、こうして魚を味わえるのは今年入学した猪名寺くんたちのお陰なので貴重だ。
 こんな状況だからいっその事第三協栄丸さんがトラブルごと魚持ってきてくれないかな。忍たまに変わってくのいち教室が魚取り行くよ?

「こんにちはー」

 その声ににこりと愛想笑いを浮かべておばちゃんに挨拶をする天女様ではなく、天女様の傍に居る五年生から僅かに一歩、それと覚られぬように距離を取っているくらくんに視線を向けた。
 くらくんは私の視線に気づくと周りの一ろの生徒の様子に気づいて僅かに目を見張り、静かにそっと細めて笑みを浮かべた。
 うああああその笑みだけで華織ちゃんご飯三杯行けるかもしれないっ。
「ねぇ、今こっち見てたよねぇ?」
「うん見てたぁ」
 一ろの子たちのくらくんへの尊敬の眼差しに私は笑みを浮かべ、子どもたちの頭をよしよしと撫でた。
 怪士丸くんも自分の先輩がいつもと変わらないのが嬉しいのか可愛い笑みを浮かべていた。
「あ、華織先輩」
「ん?何?」
「いつもみたいに突撃しなくていいんですか?」
 怪士丸くんが不思議そうに言うから「突撃ぃ?」と他の子たちが不思議な顔でこちらを見ている。
 この子たち委員会がある時以外は墓場で遊んだり日陰にばっかりいるから知らないのか……まあでもあんまり人前ではやってないから知らなくても可笑しくはないか。
「二人がお付き合いしててとおっても仲が良いって言うのは知ってるけどぉ、突撃ってなぁに?」
「えっとぉ……」
 初島くんの疑問にちらりと怪士丸くんが不安げな顔で私を見上げる。
 普通に言っていいのに可愛いなあ本当!
「くらくんを見かけると文字通り突撃してるの。くらくんって反応が一々可愛くてさ。たまに殺気込みで近づくからくらくんの反射神経は同学年の子の中でも随一なんだよ」
「それって源氏物語の紫の上みたいな……」
「ふふふ、その通りだよ怪士丸くん」
「くのたまこわぁい。でもそれってすっごいスリル〜」
 私からすればくすくすと笑う鶴町くんの方が怖いよ。君はどんな大物になるのかな?



⇒あとがき
 一度データが吹っ飛んで涙目になりました40話です。
 書いていくと段々最初書いた話と違っていくのがとってもスリル〜。←
 取り敢えず雑渡さんに物怖じしない伏木蔵はきっとくのたまも平気そうだな、と。
 いや平気じゃないんだけど、楽しんでるイメージが強いです。
20110706 カズイ
res

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