37.日常と非日常
私の人生は日常であふれている。
毎日毎日同じ事の繰り返し。
多少の変化こそあれどやってることは基本同じで、よっぽどの事件がテレビで報道されたところで私の人生は日常で溢れていた。
「……なーんか退屈ぅ」
ほうと思わずため息を零し、足元を見下ろす。
別段見目は悪くない私、水落茅は所謂オタクと言う奴だ。
彼氏が途切れたことはないけど、現実の男は詰まらなくて、中々離れがたいのが漫画やアニメ、ゲームの世界だ。
偶然中学の時に同人と言うものを知ってからはますますそっちにのめり込んだんだけど、最近はそっちもリアルも退屈で仕方ない。
髪をピンクベリーに染めてみても、校則の緩い学校じゃ式典の時は黒く染めろよって軽く注意されてそれではい終わり。
友達も可愛く染まったねって結構軽い。
本当退屈で仕方ない。
時計をちらりと見れば時間はまだ4時になりそうでならない微妙な時間。
家に帰ったところで口うるさいお母さんにあれしろこれしろ言われるから早く帰ってもしょうがない。
小さい頃以来、今はオタクとして久しぶりに見るのが楽しみになっている忍たま乱太郎。
最近は前は滝夜叉丸位しか印象のなかった上級生に六年生とか五年生とかカッコいいキャラが出てきてて退屈しない。
前から出てたらしいんだけど、小さい頃はそこまで集中して見ていなかった五年生の鉢屋三郎くん。彼が私のお気に入りだ。
普段は同じ学年の不破雷蔵の顔を借りているし、素顔なんて出てきたことないけどそれでも私のお気に入りは彼だった。
「忍たまの世界にトリップとかできたらいいのに」
最近知った夢小説って存在。
BLで楽しむよりよっぽど健全じゃん?
空から落ちてきた女の子が、それを庇ってくれた忍たまキャラと恋に落ちて結ばれるとかもう最高なのよね!
良く見たのは久々知兵助くんの夢だったけど、私は鉢屋くんの腕の中に落ちたい。
ああでも逆ハーも捨てがたいんだよねっ。
「その夢、叶えてみたくはないかい?」
「!?」
突然足元に影が差して顔を上げれば、黒いシャツに黒いズボン、黒のブーツと全身黒ずくめの若い男がいた。
腕には暑そうなコートを抱えている辺り、季節感が良くわからない人だ。
「俺の名前は唐尾。君と同じ隠だよ」
「鬼って……え?薄桜鬼とかの鬼?」
「そのはくおーきって言うのは知らないけど、多分君は勘違いしてるね」
カロと名乗った男はその場にしゃがみ込むと砂地に隠と漢字を一字書いた。
「……なばり?」
「いや、これで隠と読むんだ。隠は一般的に知られてる鬼と違って理知的で、潜在能力の高い一族なんだよ」
「私、普通の人間よ。隠なんかじゃないわ」
「でも俺には分かる。大分血が薄くなってるけど君も俺と同じ隠だ」
「そんな……」
そんな非現実な事あるはずがない。
お父さんは普通のサラリーマンだし、お母さんは普通の主婦だし、私は何の力もない普通の女子高生。
「か、仮にそうだとして私に何の用?」
「君にちょっと手を貸してほしいんだ。俺たちの姫が白蛇の姿をした悪い神様に囚われちゃっててさ」
「え!?」
「君の血筋である蛟隠にしか解けない封印があるんだ。だからその封印を解いてくれるだけでいいんだ」
「……その封印を解いたら忍たまの世界にトリップ出来る?」
「俺にはその力はないけど、姫にはその力があるからね。解放してくれたらきっとそれ位はしてくれるよ」
当然の報酬だよとカロは嬉しそうに笑う。
彼にとってその姫とやらが無事なら私がどこに行こうが何をしようが問題ではないんだろう。
「封印ってどうやって解けばいいの?」
「隣町の外れにある水神神社ってあるだろ?」
「えっと……うん」
「そこを守っていた水神様を追っ払って居座ってる白蛇が悪い神様なんだけど、その神様は蛟隠には逆らえないんだ。だから君はその血を頼りに結界になってる注連縄を切ればいい」
「……それだけ?」
「そう、それだけ。後は姫が解放されたら君は君の願い事を言えばいい」
忍たまの世界にトリップしたい。
愛されたい。
……ってね。
カロは笑う。
随分と甘い誘惑だ。
それが怪しいなんて思わなくもなかったけど、それよりも私は自分の欲が勝るのを感じた。
「わかった」
どうせ家に帰ったっていつも通りの今日が終わるだけ。
ちょっと忍たまは見れなくなるけど、本当に会えるなら……そっちの方が良い。
「ありがとう。じゃあ神社の所で合流しよう。一緒に行くと君も不安だろう?」
俺は人攫いじゃないからねとカロは笑い、ひらひらと手を振りその場から去っていく。
公園の入り口に止まっていたバンに乗り込むと、バンごとカロは居なくなった。
あの車にはカロの仲間が乗っているのかもしれない。
カロは俺たちの姫と言っていたのだから仲間が居ないわけがない。
「……行こう」
日常を捨てて、非日常へ。
⇒あとがき
閑話休題。天女様がこっちに来る前の経緯。
20110622 カズイ
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