35.内緒の会議

 くのいち教室に戻った私たちが真っ先に向かったのは授業中の教室だった。
 ぽろんぽろんと、いつもより僅かに緊張した音色に委員長は眉間に皺を寄せ、「平常心!」と声を上げながら教室の中に飛び込んだ。
 びくりと肩を揺らせた後輩たちは口々に委員長の無事を出迎え、鐘は鳴っていないけど午前の授業を終了させて昼食の準備に向かわせた。
 本来ならば昼食は食堂で食べるものだけど、この非常事態にくのたまを忍たまの敷地内にある食堂に送り出せるわけもなく、下級生長屋の厨を使うように指示を出した。
 指示は初江とチヨが買って出てくれたので、私たちは上級生長屋の私と椛の部屋へと移動した。
 くらくんに抱えられて部屋に戻る羽目になった椛は心底嫌そうだったけど、反論まで口にする元気はないらしく、辺りを心配そうに漂うお梅さんに首を小さく横に振って見せた。
 私と椛の部屋に居るのは私、椛、委員長、くらくん、数馬くんの他に美土里ちゃんと奈乃香ちゃんの二人。
 この二人は委員長がこれからを見越して選んだ人選だ。
 何となくやっぱりと言う感じだけど、数馬とくらくんは如何して四年生もと思っているようだ。口には出さないけど。
 それからもう一人、学園長先生の指示によってこの場に居る人がいる。
 斜堂影麿先生。
 一年ろ組の教科担任の先生である。
「……学園長先生は彼女を事務員として雇う事にしました」
 背中に重々しい影を背負いながらぽつぽつと語る斜堂先生に委員長は眉間の皺を濃くした。
 彼女と言うのはもちろん忍たまの敷地内に現れたあの女の事だ。
 空から降りてきたことから忍たまたちに天女様と呼ばれ、平成と言う名の未来からやってきたらしい。
 その未来にはこの世を知る術があり、天女様は生徒の名を何人か見事に当てて見せたらしい。
 そんな、頼る人も帰る術も知らぬ天女様の名は水落茅と言うらしい。
 年は17歳。女子高生と言う職業をやっているらしい。ん?女子高生って職業だったか?まあいいや。
「面倒は見ると聞きましたが、事務員として雇うとはどう言う事ですか?」
 小松田さんがやっていていけているので説得力に欠けるけど、事務と言うのは忍術学園の情報を扱う大事な機関だ。
 会計に関しては忍たまとくのたまのそれぞれの委員会に委ねられているとはいえ、事務の存在なくして忍術学園は立ち行かない。
 それほどまでの場所に得体の知れない女を置くのが信じられないのだろう。
「もちろん機密に関わる仕事を任せるつもりは一切ありません。どちらかと言えば小松田くんの補佐ですが……まああの様子では仕事をしない可能性が高いですね」
 淡々と答える斜堂先生に委員長は腕を組んで考え込む。
「斜堂せんせー」
「なんですか、今野さん」
「他の先生方は反対なさらなかったんですか?」
「学園長先生がお決めになった事ですから」
「そうですか……」
 安藤先生とか野村先生とか、性格的に反対しそうな気もするんだけど……先生たちにもなにかありそうだな、こりゃ。
 そう感じはしたけど、私はそれを表に出さずに質問を続ける。
「あの、土井先生が天女様から甘い匂いがすると言っていたと聞いたんですが、結界札で多少は匂い対策が出来るかと思います。準備した方がいいですか?」
「そうですね、お願いします。そう何日も授業に出ないのは流石に不味いでしょうから」
「じゃあ今日中に持ちが良いものを作りますね。数馬、手伝ってね」
「う、うん」
 いきなり話を振られた数馬は戸惑いながらもこくりと頷いた。
「……斜堂先生」
「なんですか、柳田さん」
「今回の一件、くのいち教室は静観の立場を取らせていただきます」
「そうですか。学園長先生にはそのように伝えておきましょう」
 小さく笑った斜堂先生に私は妙な引っ掛かりを覚えた。
 そう言えば前にシナ先生が熊井先生に話してた内容にあったな……
「華織、しばらくの間は当然外出禁止だからね」
「ええ!?そんな!殺生な!!」
「柳田先輩。外で会うのも駄目なんですか?」
「当たり前でしょ」
 きっぱりと言い切った委員長にくらくんが「そうですか」と寂しそうに俯いた。
 うあああもう本当くらくんどうしてそんな恰好良いのに可愛いの!?
 華織ちゃんの心臓をぶち壊す気なのね!?
「もうっくらくん愛してる!」
「華織先輩、突拍子がなさ過ぎです」
 思わずくらくんに抱きつくと美土里ちゃんが冷たく突っ込みを入れてきた。
 奈乃香ちゃんは苦笑を浮かべながらも特には何も言わなかった。
 ああもう突っ込んでいいんだよ奈乃香ちゃん!
「華織ちゃんに会えないなんて……僕どうやって過ごしたらいいの?」
 不安げな表情を両手で包み込み、今にも泣きそうな声を上げる数馬に委員長は「うっ」とたじろいだ。
「哀車の術で同情を買おうとしてんじゃないわよ。男ならどっしり構えて耐え抜きなさいよ」
「美土里先輩、忍たまにそう言うものを求めても無駄ですよ」
「……何気に辛口ね、奈乃香ちゃん」
「え?」
 きょとんとした顔になった奈乃香ちゃんに私は苦笑を返した。
「まあこっから先は私たちにしか分からない領分だから委員長、私たちのご飯よろしく!」
「はいはい。不破と数馬くんの分も持ってきてあげるわよ」
「ご迷惑をおかけしてすいません」
「あの……下剤とか入ってないですよね?」
「大丈夫よ数馬くん。不破のは知らないけど自分たちが食べる分には入れないから」
「入ってても椛特性の回復薬あるから大丈夫!」
「いや、それ全然大丈夫に聞こえませんからね、華織先輩」
「大丈夫大丈夫。委員長も私もただの冗談だから」
 笑いながらくらくんに言えば、委員長はくすっと笑って立ち上がった。
「美土里、奈乃香。厨に行くわよ」
「あ、はい」
「はい」
 颯爽と部屋を後にする委員長を慌てた様子で奈乃香ちゃんと美土里ちゃんが追いかける。
 私はそれをひらひらと手を振って見送った。
 いつの間にかは知らないけど、斜堂先生は音もなく静かにその姿を消していた。流石はプロ忍者。
 だけどまだすぐ側に居るかもしれないと考えたのか、椛が静かにお梅さんに目配せし、部屋の中に二重の結界を張った。
「……不破。あんた天女様の臭いの元、薄々感じてるでしょ」
「まあ……一応五年生ですから」
「その通りであってると思うわよ」
 眉根を寄せて言った椛に数馬が一人首を傾げる。
 私は何となくくらくんの答えから臭いの元がなんなのか理解した。
 世界を、時代を越える代償は何かしらあるものだから、きっとそれが天女様にとっての代償なのだろう。
「数馬、あんただって知ってるでしょ。―――死臭よ」
 きっぱりと言い切った椛に数馬は目を見開いた。
「華織には内隠が居た。だから不破と出会うべくして華織は時を、世界を越えた。だけど天女様には内隠は居ない」
「内隠の存在ってわかるものなんですか?」
「死霊がどうやって内隠を宿すのよ」
「あ」
 首を傾げたくらくんも、椛の呆れ混じりの言葉に気づいたらしい。
 内隠って言うのは隠に宿るとは限らないものだけど、あえて内隠と呼ぶらしい。
 私もあんまりよくわかってはいないんだけど、内隠と言うのは隠が無意識のうちに最良の伴侶のために宿す種らしい。
 内隠が宿るのは非常に珍しい事象で菫隠の村でも蒼珠さんが久しぶりに宿したんだとか。
 まあ蒼珠さんの場合は多聞さんと出会った時に内隠が生まれたらしいから私とは事情が異なるらしいんだけど。
 その内隠と言うのは二人が結ばれ子を成して初めて世に出る。
 私に宿る内隠も私かくらくんが死んだら消えてしまうらしい。
 だから天女様に内隠が宿って居たとしてももう居ない。居たとしても世界を越える事は出来ない。
 彼女の代償は命だったのだから。
「まあ、内隠の気配は分からなくても分かる気配の名残は有ったわね」
「悪鬼の名残はしなかったよ?」
「悪鬼より性質の悪い奴よ」
 眉間の皺を深くした椛は忌々しげにその名を吐き出した。
「―――礫隠一族よ」



⇒あとがき
 新しい隠出ちゃいました☆でもまだもうちょっと出すんだぜ!……名前だけ。←
 ちなみに礫隠はつぶておにと読みます。
 天女様がやっぱり上手く書けない……って言うか天女様出てきてぬぇえええ!!!
20110613 カズイ
res

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