34.合流

 足音を潜めて屋根裏を伝って人の気配のする方へと近づけば、食堂を覗き込んでいる日向先生と委員長とお梅さんの姿があった。
 日向先生が私に気づき何時もの笑顔で口元に手を当て、ゆっくりと下を指差した。
 私は日向先生たちの傍まで歩み寄ると板と板の隙間が僅かに大きいそこから食堂を覗き込んだ。
 そこにはピンクベリーな髪色をした如何にもな女が忍たまに囲まれていた。
 思わずうわっと言いそうになった口を慌てて結び、もう一度女を見る。
 濃紺のブレザーの制服に身を包んだ女の顔は良くは分からないけど、忍たまが皆してデレデレした顔をしているのは理解した。
 眉根を寄せながら人垣の中からくらくんを探そうとしたけどその姿が見当たらない。
 女の一番近くに他の五年生が場所を取っているのにどういう事だろうと首を傾げていると、女から随分と離れた場所に居たくらくんを見つけた。
 くらくんはこちらに気づき、小さく食堂の外を指差して静かに食堂を出て行った。
 顔を上げれば日向先生が委員長に目配せし、委員長はその視線を受けてこくりと頷くと、静かに動き出した。
 私に着いてくるように合図を出したので、私も慌ててその後を追いかけるようにして食堂の屋根裏を後にすることになった。
 そのまま食堂の裏手へと向かえば、委員長がふと足を止めた。
「……帰っていきなりこれって最悪だわ」
「お疲れ様、委員長」
「私も華織も正気って事はくのいち教室の方は無事そうね」
「無事だよ。まあ私は念のために結界札持ってきたんだけど、委員長が何ともないならこれ必要なかったかな。まあでもお梅さん居るから用心しないに越したことはないよね。一応くのいち教室の方は椛が結界張ってくれてるよ」
「そう……。先生方も一応無事だけど、念のためって事でシナ先生の引率でくのたま一二年生は今晩町に宿泊予定で決まったわ」
「そっか。学園長先生はなんて?」
「外に出られても困るから面倒は見るけど、面倒事を運ぶようだったら……ね」
 すっと委員長は目を細め、首を斬る仕草をして暗に始末をすると言った。
 まあ当然と言うかなんと言うか。
「そう言えば、天女様からは誘われるような甘い匂いがするんですって。一緒に五年生の実習に付き合ってた土井先生が唯一それに気付いて、急遽逆戻りしてシナ先生に連絡係として出かけたけたわ」
「甘い、匂い……」
 隠の華の様に人を狂わす匂いがあの女にはあるのだろうか……同じレベルに考えると不快だけど、まあそんな感じなのかもしれない。
「それ、側に居るだけで吐き気がする臭いの間違いじゃないですか?」
「くらくん!」
「不破、あんた正気だったの!?」
「あ、はい。すいません騙す形になって」
 くらくんの登場に驚いた様子を見せる委員長に、くらくんは申し訳なさそうに頭を下げた。
 私はそんなくらくんに飛びつき久しぶりのくらくんの匂い堪能した。
 ふはー!まだお風呂入ってないくらくんの匂い、血の臭いが混じってるけどやっぱ好きだな……落ち着くー。
「華織先輩が来てくれて助かりました。本当あの子臭くって……」
 そっと私を抱きしめ返してくれるくらくんの鼻が耳元ですんと鳴って、ちょっとくすぐったくて身を捩った。
「華織に不破。お互い堪能してるとこ悪いけど場所をさっさと変えるわよ」
「もー、委員長空気読んでよー」
「読んで言ってるのよこっちは。……忍たまの敷地内はしばらくあの女が出歩く可能性があるからくのいち教室に戻るのよ」
「くらくんはー?」
「連れて行かなきゃしょうがないでしょ。……今回は特別によ」
「やったー!」
「はあ……シナ先生に怒られる」
 深々と溜息を吐く委員長を見ながら私はわざとらしく手を打った。
「あ、数馬も無事だったー」
「数馬くんは許す!」
「……委員長、差別だ」
「お黙り!」
 きっぱりと切り捨て委員長はずむずむと歩き出す。
 まあ実際足音はそうたってないんだけど、そんな感じ。
「委員長ー。数馬は椛専用出入り口ー」
「……それを早く言いなさいっ」
 違う方向に向けていた足の方向を修正した委員長の足は先ほどよりも歩みが早い。
「んじゃ、行こうか」
「いいんですか?」
「いいのいいの。どうせシナ先生はいないし、熊井先生は図書室に引き籠りだしね」
「はあ……」
 何とも言えない表情でくらくんは私たちの後を追うように歩き出す。
「三反田くんも無事だったんですね」
「うん。小波ちゃんと一緒に居るから匂い対策はばっちりだよ」
「結界ですか?」
「と言うか護符変わり?」
「そうですか……」
 くらくんは少し思案して小さな声で綾目ちゃんと名を呼んだ。
 ふわりと菖蒲の香りが漂いくらくんの側にふわふわと、お梅さんや小波ちゃんよりも淡い色合いで小さな童女が姿を現す。
 まだ精霊としては幼い綾女ちゃんは学園長の庵の側に咲き続ける菖蒲の精霊だ。
 菖蒲の表記違いである文目と綾目で悩んだくらくんに変わって私が勝手に綾目と決めさせていただいたんだけどもね!
 綾目ちゃん超可愛いんだよ!くりっとした黄色い瞳ででね、花と同じ濃いめの紫色の髪が座敷童みたいなんだけども、花の形をした飾りをつけてるのがまた可愛いのよ!
「……あ、確かに大分臭いが薄らぐ」
「そう?私には最初から菖蒲の香りしかしないけど」
「私はどっちも分かんないんだけど」
 眉根を寄せながら委員長がすんと鼻を鳴らす。
 胸元に納めていたのだろうお梅さんの依り代を取り出してもう一度すんと鳴らしてみても匂いは分からないらしくて首を傾げていた、
「お梅さん自体は匂いがしない様にしてるからね。委員長忍務中だったし」
「匂いって抑えられるものなの?」
「抑えようと思えば。ね、お梅さん、綾目ちゃん」
 二人の居る宙を仰ぎ見れば、お梅さんはこくりと頷き、綾目ちゃんは首を傾げていた。
「綾目ちゃんはまだ分かんないんだね。お梅さん、その辺りちゃんと教えてあげてね。くらくんのために!」
 お梅さんはくすくすと笑い、こくりとまた頷いた。
「まあ匂いが分かる人は大体見鬼の才能がある人位だけどね」
「そうなんですか?」
「あれ?説明してなかったっけ」
「多分……」
「何?誰か他に匂いわかる奴でも居たの?」
 委員長の問いに、くらくんは困惑しながら頷いた。
「三郎と、七松先輩……」
「七松?七松はどっちかって言うと野生の勘の間違いじゃないの?」
「まあ見鬼の才能は有る意味野生の勘だけどね。それにしてもまた鉢屋くんか……鉢屋くんが正気なら何か打開策でもあっただろうけど」
「あの……」
「ん?」
「後、一年ろ組の子たちもなんですけど」
「……ある意味見た目通り?」
「鶴町くん辺り、ちゃんと見えてたらすっごいスリルぅとか言ってじゃれてそう……やだそれ萌え!見たい!!」
「委員長、落ち着いて。今は妄想してるバヤイではないわ」
「は!そうだったわね」
 気を取り戻した委員長を先頭に数馬と再会するまでそう時間は掛からなかった。



⇒あとがき
 やっと雷蔵さんと合流いたしました\(^o^)/
 雷蔵さんも夢主も愉快な位に匂いフェチになってます。お互いの匂いをすんすんするのが大好きな二人を想像するだけでにやにやするんだぜ!!
20110609 カズイ
res

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