31.鉢屋くんの謎

 札の交換に来るたびにあの時のおばあちゃん―――どうやら近所に住んでいるらしい―――が拝みに来て、それを見て何事だと人が集まるので、手伝いに関しては問題ないと言う事で善法寺くんと、折角来たのだからと言う事で立花くんの二人と私は美紗ちゃんに団子の作り方を習うことになった。
 立花くんは前回普通に男の子として来ていたけど、仙子ちゃんな立花くんがそれと一致しなかったのか、美紗ちゃんは違和感なく立花くんに接している。
 ここまで来るのを渋った食満くんは腹を括ったのかはわからないけど飽く迄留子であることを主張してにこにこと別人のような振る舞いできり丸くんと女将さんと一緒に接客をしている。
 椛も接客を手伝うつもりだったけど、お梅さんに強請られて一緒に水神様の所にお参りに行くことになったのでこの場にはいないけど、午後からは手伝いに参加できるだろう。
「仙子さんは手先が器用なんですね。初めてでこれなら細工とか教えても問題なさそう……」
「美紗さんにそこまで褒められるなんて光栄だわ」
 にこりと微笑む立花くんは、きっと内心この位当然と思っている事だろう。
 そんな立花くんの出来上がりと自分の出来上がりを見比べ、善法寺くんはちょっと自信なさげだ。
「大丈夫ですよ伊子さん。見た目は確かにちょっと歪ですけど、こう言うのは普通数作って慣れるものですから」
「そう?ならいいんだけど……でも華織ちゃんも仙子も上手いからなんだかなあ……」
 がくりと肩を落とす善法寺くんに美紗ちゃんは困ったように笑う。
 まあ私が上手いのも仕方のない話だ。
 現代じゃ料理なんて家庭科の時間でちょっとしかしたことのないような子だったけど、蒼珠さんの所ではそうはいかない。
 女は家事一切を取り仕切るものだと叩きこまれ、包丁のきちんとした握り方から切り方に魚の捌き方、美味しい煮物の作り方等々叩き込まれ、くのいち教室の調理系授業は毎回優秀な成績を修めることが出来る程に達していた。
 やっぱり慣れと言うのは大事なんだと私は感じさせられたし、同時に現代ではそこまで意識したことなかったけど、本当お母さんに甘えてたんだなってすごく思った。
「初めては普通伊子さんくらいな出来ですよ。私も最初はそんなものでしたから」
 懐かしそうに目を細めた美紗ちゃんの顔は少し寂しそうだった。
「……美紗さんはお父さんに?」
「あ、いえ」
 立花くんの問いに、苦笑しながら首を横に振った美紗ちゃんは不意に外を確認して炭火の上に櫛に刺さったお団子を三つ並べた。
 御手洗団子の注文は確か今は入ってなかったはずだけど、どうしたんだろう。
「この店も元々母と父の二人でやってたんです。でも私が6つの時に父が亡くなって、去年まで店を畳んでたんです」
 じわりじわりと焼けるお団子を見つめ、懐かしそうな表情をした美紗ちゃんはお父さんの死を受け入れているんだなと感じた。
 この町が戦に巻き込まれたと言う話は聞いたことがないので、恐らく徴兵の所為か病か何かで亡くなったのだろう。
「けど、ある人が父の味を途絶えさせるのは勿体ないって言ってくれて、それで去年やっと店を再開できたんです」
「その人って?」
「えっと……母が若い頃に働いていたお店の息子さんなんです」
「おお!もしや女将さんとその人の間にロマ……いやいや、素敵なお話が?」
「ない事はないんですけど、その人の息子さんの一人と私があまり仲が良くなくて……」
「えー?どうして?」
「美紗さんは反対してないのよね?」
「別に反対なんてしないですよ。父は父だし、司朗おじさんは司朗おじさんですから」
「じゃあその人が反対してるんだ」
「いえ」
 はっきりと答えながら、美紗ちゃんは首を横に振った。
 子ども同士が反対してなくて当人同士が再婚しそうな雰囲気なのに?
 私たちはその言葉に思わず顔を見合わせた。
「私がその人に嫌われてるみたいなんです」
「美紗ちゃんみたいな良い子を!?」
「私、そんなに良い子じゃないですよ?尾浜くんにも相変わらず八方美人だねって言われましたし」
「え?」
「尾浜くんと知り合い?」
「あ、華織さんの知り合いだから伊子さんと仙子さんも忍術学園の生徒さんで、ご存じですよね」
「あれ?私、忍術学園の生徒だって言ったっけ?」
「そこは鉢屋くんが」
「鉢屋くん?何故に鉢屋くん?」
 慌てて訂正した美紗ちゃんに私は首をますます傾げた。
「はは……不破くんと華織さんが逢引ばっかりしてて寂しいんだそうですよ」
「だがくらくんは渡さない!」
「ふふ。本当仲が良いですね。私鉢屋くんからいっつも華織さんと不破くんの話ばっかり聞いてますよ」
「と言うか菓子作りながら鉢屋の相手してるんですか?」
「手が空いたときにほんの少しですよ。鉢屋くんお暇みたいで休みの日は結構長く居るんですよ。たまに手伝ってくれたりとか」
 ……だから手伝いの話した時にすんなりと引き受けてくれたと。
 って言うか、鉢屋くんが美紗ちゃんに会ったのは去年のあの時が初めてよね。
 尾浜くんとも知り合いみたいだけど尾浜くんの話が出ないって事はきっと鉢屋くん一人でこの店に通ってるんだろう。
 そう言えば前にくらくんがお土産で貰ったんですって池上屋のお団子持ってきてくれた事あったけど、あれって鉢屋くんが買ってきたって事よね?
「……結構通って来てたりとか?」
「はい。でも実習があるからしばらく来れないだろうって……大変ですね、忍者になるって。よくわからないですけど」
 愛らしい笑顔で答えられた。
 多分……いや、確実に美紗ちゃんは気付いてない。
 鉢屋くんがそこまで興味を抱くなんてくらくん以外に数が少ないんだってこと。
 基本的にくらくんにべったりな鉢屋くんが良く絡んでいる相手と言えば同じ五年生でいつも一緒に居る尾浜くん、久々知くん、竹谷くん。それからよく鉢屋くんを叱りつけるために捕まえている潮江くん。顔が気に入ったと言う理由で付け回している福富くん。同じ委員会の後輩の中でも特に可愛がっている一年生の黒木くんと今福くん。
 この位かな……後の生徒は多分鉢屋くんにとってその他大勢に分類されるんじゃないだろうか。
 本当鉢屋くんの世界に居られる人間って少ないと思う。
 あー、別枠で言えば天敵の椛とくらくんの彼女な私?
 たった一度の出会いでそこまで鉢屋くんが気に入ったとは思わない。最初の出会いは確実に接触時間が少なかったのは私だって覚えてるくらいだ。
 鉢屋くんが忍術学園の事まで明かすほど美紗ちゃんに入れ込む理由ってなんだろう……単純に恋って説明するには鉢屋くんの生活態度を別にした忍びらしい一面が邪魔をする。
 あれで鉢屋くん意外に優秀な生徒なんだよね……生活態度が本当あれだけど。
「美紗ー、彩月ちゃん来たわよー」
「あ、はーい。ちょっと待ってー」
 仕上げとばかり焼きあがったお団子に醤油だれを掛け、また少し炙りながら竹皮を持ち出し、それに出来上がったばかりの御手洗団子を乗せて包んだ。
「すいません。ちょっと届けてきますね」
 そう言って美紗ちゃんはぱたぱたと表の方へと走って行ってしまった。
「鉢屋がね……」
 予想外だと言う口調で言いながらもどこか楽しげな様子の立花くんの隣で善法寺くんが苦笑を浮かべる。
「ねえ伊子ちゃん」
「ん?」
「留子ちゃんの実家ってさ、隣町で団子屋やってない?」
「え?あー……隣町だったような……うん、団子屋やってるよ。って言っても今はお兄さんが継いでるらしいけど」
「ビンゴ」
「なるほどね」
「?」
 首を傾げる善法寺くんに対し、質問した私と質問の回答によって理解をしたらしい立花くんは思わず目を見合わせた。
 食満くんが美紗ちゃんに会いたがらなかった理由はつまりこう言う事だったのだろう。
「穿り返さなくても状況理解は出来たわね」
「ええ」
「……えっと、もしかして女将さんに好意を寄せてるのって、留三郎のお父さんってこと?」
「ようやく理解したか」
 そう言った後、忍たまの矢羽根で立花くんは善法寺くんに何かを伝える。
 恐らく食満くんの名前を出すなと言う事を言ってくれたのだろう。
 美紗ちゃんがいつ戻って来るかわからないのに状況証拠もはっきりとはしていない事を明かす訳にはいかない。
「ええ!?何それ!なんであんな良い子なのに!?」
 恐らく食満くんの心情が理解できないのだろう善法寺くんに立花くんが腕を組んだ。
「彼の家は幼い頃から男所帯だと言っていたから恐らく女性慣れしていないのではないかしら?それでなくとも華織たちに散々トラウマを植え付けられ……」
「でもその割に留子ちゃんって仕草が綺麗よね」
 華織ちゃん本当びっくりよ?
 あの犬猿の片割れ食満留三郎がこんな女装得意な男だなんて誰が想像したよ!
 まあ漫画やアニメと違ってこれが現実なんだけど……なんかしっくりこない。
「……それもそうね」
「どっちかって言うと妹って存在にビビってんじゃない?」
「……そんなものかしら?」
「仙子ちゃん家って逆に女所帯でしょ」
「まあ、女性が多い家ね」
「男ばっかりの中で生活してたって言うんなら母親は別として女の兄弟ってなんとなく引け腰になっちゃうんじゃない?仕草が綺麗なのは女性そのものは見慣れてるから……でどうよ」
「中々の推理ね」
「華織ちゃんすごい!」
「まあ、これが正解かどうかは二人から情報を集めるとして……」
 私はちらりと戸口に視線をやり、声を押さえた。
「鉢屋くん、何考えてると思う?実習の事まで話なんて」
「色に溺れるなんてことはないでしょうけど……詳しく話を聞いた方が良いんじゃないかしら」
「あの鉢屋がそう簡単に一般人に実習の話までしないと思うよ」
「そうよね……」
 じゃあ何故?
 私が眉根を寄せると、パタパタと足音を立てて美紗ちゃんが戻ってきた。
「すいませんお待たせしました。そろそろお昼時ですから、ここは一旦片付けてお昼の準備手伝ってもらってもいいですか?」
「ええ。ごちそうになってしまうんだもの、構わないわ」
「ありがとうございます。人数が多いの久しぶりだから母もきっと喜びます」
 にこりと微笑んだ美紗ちゃんに場が和む。
「あ、美紗ちゃん」
「はい?」
「鉢屋くんが実習があるって言ってたの何時?」
「えーっと……確か一昨々日ですね」
 一昨々日と言う言葉に立花くんと善法寺くんも僅かに反応する。
 長期実習が発表されたのは一昨日の昼。出発はその日の夜。
 実習そのものは以前から予定されては居たけど、学園長の思い付きで予定が早まった訳で、事前に鉢屋くんが長期実習の情報を掴んでいたとは思えない。
 それに長期と銘打っているものの、明日にも早ければ戻って来るはずだ。だからしばらくと言ういい方にも違和感を覚える。
「ねえ、美紗ちゃん。鉢屋くんは他に何か言ってなかった?」
「他に、ですか?うーん……」
「ちょっと気になることがあってさ、何でもいいんだけど……」
「そう言えば、なんか鬼が来るって言ってたような……」
「鬼?」
「でも鬼って前に華織さんが祓ってくれたんですよね?あ、でも実習先に鬼が出るのかな?」
 んん?と首を捻る美紗ちゃんを安心させるように私はぽんと肩を叩いた。
「大丈夫よ、くらくんも一緒だもの」
「あ、そうですよね。すいません、華織さん」
「いえいえ、こっちこそ引き留めてごめんね?お昼作りに行こっか」
「はい」
 笑顔の美紗ちゃんには悪いけど、なんだろう……何かある気がする。
 鉢屋くんは何を知ってるんだろう。
 残念だけど、それを知る術は今の私にはない。

(……大丈夫だよね、くらくん)



⇒あとがき
 事件の予感にこうして無事繋がりました。
 本当は夏休みの話入れたかったんですけど、やっぱり五年生の実習から繋げたかった……!
 WGFと違ってこっちの二人は三郎さんが(一応)ガンガン攻めてます。でも美紗ちゃん気づかないww流石斜め上主!←
 勘右衛門と美紗ちゃんは同じ町に住んでますがそこまで接点はないけど一応知り合いみたいな?そんな関係です。相変わらずですこの二人。
 まあ冬に咲く花がありますので勘右衛門は美土里ちゃん好きっ子だから美紗ちゃんに酷い言い草なのは仕方ない……って事にしてください。
20110601 カズイ
res

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