29.手紙
その日、俺は図書委員会の仕事で五年生の不破雷蔵先輩と一緒に貸し出し期限を過ぎている本を回収すべく長屋に向かっていた。
今頃図書室では俺と同じく先輩から仕事を教えてもらっているだろう同じ一年の二ノ坪怪士丸は六年生の中在家先輩と二年生の能勢久作先輩と一緒に居る。
俺は怪士丸より一月近く遅く図書委員に入ったから不破先輩にこうしてついていくのも初めてだ。
普段は図書室の中で本の整理だとか貸出票の確認だとかそう事をしてるけど、今日に限っては珍しく能勢先輩が「気を付けろよ」なんて珍しく声を掛けてきた。
その言葉の意味が分からず首を傾げていると、怪士丸が「きり丸は会ったことなかったね」なんて恥ずかしそうに両手で顔を覆って言うからますます首を傾げた。
誰の事だろうとは思ったけど、中在家先輩に私語厳禁と無言で見つめられて二人は慌てて口を閉ざしていた。
不破先輩は困ったように笑って特に何も言わず、俺はただ黙って不破先輩の後を追いかけるしかなかった。
「あの、不破先輩」
「ん?」
「能勢先輩と怪士丸が言ってたのって何のことっすか?」
「はは。久作は結構懐いてると思ったんだけど……うん、まあそこまで心配しなくても平気だよ」
「?」
「きり丸はもうくのいち教室には行ったんだよね」
「はい」
「二人が言ってるのはね、くのたま六年生の今野華織先輩の事だよ」
「今野、華織先輩?」
俺が首を傾げると、不破先輩は嬉しそうににこりと笑って頷いた。
くのたまの六年生って言ったら不破先輩だって俺たちがトモミちゃんたちにそうされているようにいじめられたりとかしてんじゃねえの?
なんでそんなににこにこ笑えるんだろうと俺は眉根を寄せた。
「きり丸は結構整った顔してるから可愛がられるだろうなって意味で気を付けろって言ったんだと思うよ」
「はあ……」
可愛がられるのに気を付けてって事は、俺身体狙われんの!?いやん!
……と冗談はさておき、なんでそのくのたまの先輩に気を付けろに繋がるのかが分からない。
だって長屋なんて、俺たちそこで生活してんだから何も今日確実に会うって決まってるわけじゃないだろ?会うなら会うでもっと前からあってる可能性あるし。
大体俺たち入学して一月以上経つんだぜ?
確かに不破先輩が言っていたようにくのいち教室に行ったし、十分歓迎されたけど、くのたまの上級生って会った事がない。
生物委員のチヨって先輩がきちんと委員会に顔出す人だって話は聞いたことあるけど、なんで今になって突然そんな心配されなきゃいけないんだ?
「まあ、会えばわかるよ」
「ざっくりまとめましたね」
「はは。あんまり詳しく言うと、ちょっと後がね」
苦笑する不破先輩にああやっぱりそうだよなと思いながら、俺は黙って不破先輩の後を追いかけた。
今頃団蔵たちはドッジボールやってんだろうなあ……俺も遊びたかった気もするけど、委員会の用事じゃ仕方ないもんなあ……
ま、委員会中なのは俺だけじゃなくて乱太郎としんべヱと喜三太も今頃そうなんだろうけど。
そう言えばさっき生物委員が騒いでたから三治郎と虎若も連れて行かれたかな。
―――ドンッ
「ひゃあ!?」
不意に聞こえた声に長屋の下から声が聞こえて俺は外へと視線を向ける。
浅めの落とし穴に嵌ったらしい小松田さんが手紙らしきものを手に「いててて」と起き上がる。
事務って縫い付けた黒い制服が泥だらけだ。ありゃ多分他にも落ちたな。
ちなみに小松田さんは10日ほど前にこの忍術学園の事務員になったばかりの新人事務員さんだ。
困った小松田と言われるほどに僅か10日で駄目事務員の烙印を押されてるんだけど、な・ぜ・か!まだ事務員なんだよな……本当謎だぜ。
「小松田さん、大丈夫ですか?」
不破先輩が手に本を抱えながら小松田さんに声を掛ける。
「あ、ちょうどよかったぁ。不破くんに手紙来てたんだ」
「僕にですか?」
きょとんとしながら不破先輩は歩み寄ってきた小松田さんから手紙を預かる。
「この字……紅緒さん?」
不破先輩はじっと宛名の字を見つめて首を傾げた。
紅緒って、女の名前だよな?
母親とか姉とかそう言う感じの呼び方ではないから近所の人とかかな?
変な時期の手紙は良くないことが多いから俺は思わずきゅっと二冊だけ任された本の端を握る。
「じゃあ、確かに届けたからね〜」
のんびりと小松田さんは俺たちに背を向け、もう一度落とし穴に嵌った。
「ちょっとごめんね」
不破先輩は俺に断りを入れ、一度手に持っていた本を廊下の端に置き、手紙を開いた。
ふわりと手紙から木屑の匂いを感じて俺は首を傾げながらも不破先輩を見上げる。
光の加減で透けて見えた逆さの文字は正直汚くてあんまり読めない。まあ団蔵程じゃないから読めなくはないんだろうけど。
じっと黙って文字を目で追いかけた不破先輩は困った様子で眉を八の字に曲げてゆっくりと目を伏せた。
「……波留さんが」
まるで飲み込む様に呟かれた名前は手紙の主とはまた別の名前だ。
女性の名前だろうか?男……じゃないと思う。
「不破、先輩?」
「ああごめんね」
不破先輩は慌てて手紙を畳み、懐に収めた。
そして屈み込んで本を持ち上げた瞬間だった。
「くっらくーん!」
「うわっ」
どんと音もなく現れたくのたまが不破先輩の背中に飛びついていた。
トモミちゃんたちよりもうんと大人っぽくて綺麗な黒髪の……多分先輩。
俺と同じストレートの黒髪が不破先輩の身体に少し遅れてさらりと落ちる。
すりすりと幸せそうな顔で不破先輩の頭にしがみ付いているその人の左目の下には黒子が見えた。泣き黒子って奴だっけ?
「華織先輩、立てません」
「はーい」
にこにこと笑みを浮かべながら手を離した不破先輩は、本を抱え直しながら立ち上がった。
華織先輩、って事はこの人が能勢先輩が気を付けろって言ってた先輩か?
「あれ?くらくん、手紙?」
じっと不破先輩の胸元を見つめ、手紙の文字を見て華織先輩は首を傾げた。
「女の人の字……くらくんがまさかの浮気!?」
「ち、違いますよ!これは紅緒さんと言って父さんの弟子の人です!」
「……志島さんの?」
きょとんとした顔で華織先輩は不破先輩を見た。
不破先輩はその視線を受けてこくりと頷くと手紙をそのまま華織先輩に渡した。
「女性の木彫り師って珍しいね。……ああ、この波留って人の村、戦場跨いでたもんね……」
……ああ、波留さんて人戦に巻き込まれて死んだのか。
どこか頭のどこかが冷静になるのを感じながら二人を見るけど、不破は気付いた様子はない。
「華織先輩知ってるんですか?」
「あー、まあね。今念のために札作ってるとこ」
ちらりと華織先輩が俺を見たけど、すぐに不破先輩に視線を戻した。
やべ、今の気付かれたかな。
「って事は行くんですか?」
「近くまでね。でもこの紅緒さんは大分遠い所に移動したみたいだね……ま、場所は悪くないからこの人は大丈夫でしょ」
「そっちまで行きますか?」
「どうだろ。僧正坊様にも挨拶しておいた方が良いと思うし」
「僧正坊様って……鞍馬山の?」
「そう、鞍馬山の。近いっしょ?前に多聞さんの仕事手伝った時にお会いしたからね。折角だから私とくらくんのこと報告しておこうかと思って」
「ええ!?」
驚く不破先輩に、華織先輩はにこにこしながら頷いて見せた。
……つーか、この二人は付き合ってるのか。それで不破先輩、会えばわかるって言ったのか?
でもなんであそこまで恐れてる様子だったのに付き合ってるんだ?……よくわかんねぇ。
って言うか"くらくん"ってなんだ?あだ名?
「くらくんたちは委員会の仕事中なんだよね。まだ回収終わらない?」
「あ、いえ。後は潮江先輩の所だけです」
「潮江くん?あ、ごめん。さっき意地悪したから部屋に戻ってないかも」
「華織先輩……」
がくりと不破先輩が肩を落とした。
「まあでもしばらくしたら部屋に戻るでしょ。出直したほうが効率良いわよ」
「そうですか……きり丸、戻ろうか」
「あ、はい」
「ふふ、慣れない感じが可愛いね」
「華織先輩、それ前にしんべヱの時も言ってましたからね」
「まだ私はマシな方でしょ」
ふふっと笑った華織先輩は俺の前に立ち膝を少し折った。
「私はくのたま六年生の今野華織よ。くのたまの図書委員なの」
「一年は組のきり丸っす」
「うん、きり丸くんね。私、よく図書室に寄るからよろしくね。まあ私一人の時は良いけど、委員長……あーっと、保健委員長の善法寺伊作くんは知ってる?」
「えっと、はい。忍術学園一不運な先輩っすよね」
「そうそう。その善法寺くんそっくりのくのたまと一緒に居るときは極力近づいちゃ駄目よ?」
「なんでっすか?」
「それはもう全力で可愛がられるから。この間うっかり委員長と一緒に居る時に怪士丸くんに会ってね……」
「あれは大変でしたよね。怪士丸思いっきり泣いてたし」
苦笑して言葉を濁した華織先輩に、不破先輩が肩を竦めて続けた。
怪士丸が泣くって……いきなり抱きつかれたとか?可愛がるつってたし……
「んー……俺なら銭取ります」
「まあ言ったら本当に銭出しそうだけど、ちゃんと御触りいくら、それ以上は駄目ですってはっきり言わなきゃ酷い目に遭うからね」
「それ以上って、卑猥なこ……」
ぴたっと華織先輩の綺麗な指が俺の唇にそっと触れた。
「きり丸くんがおませさんなのは理解したけど、それは言わない方が身の為よ。私も含め、くのたま六年生は危険な子しかいないからね」
「僕としては一番性質が悪いのは華織先輩だと思うんですけど」
「あらネタにされたい?」
にこりと微笑んだ華織先輩に、不破先輩はぶんぶんと首を横に振り「止めてください!」とかなり本気で拒否していた。
……ネタって、肱挙の?
「ま、情報に関しては多分私が一番詳しいから何か知りたいことあったらきり丸くんには特別に無償で提供するわよ」
「タダって本当ですかぁ!?」
「ま、青田買いって奴ね。きり丸くんは他の子より早く戦場に慣れてるみたいだし、一年間だけね。折角だからいい情報収集方法教えてあげる」
「変な事は吹き込まないで下さいよ。大事な図書委員の戦力なんですから」
「あんまり言うと部屋に連れ込んじゃうぞ」
「……華織先輩、まだお昼です。止めてください」
かあっと顔を赤くする不破先輩に俺は苦笑しながら二人を見上げた。
なんだ。ただ華織先輩が主導権握ってるだけか、この二人。
俺が隣に居るって言うのにいちゃつく二人に俺は思わず宙を仰いだ。
能勢先輩の気を付けろって絶対華織先輩の所為じゃないな……ここ居辛ぇ。
⇒あとがき
夢主と不破様の人目を憚らぬいちゃつきっぷりに思わず遠い目なきりちゃんは下ネタOKな子で行きます!おませなきりちゃん万歳!!
そして怪士丸は照れ屋なシャイボーイ。はぁはぁ、涎出ちゃう。←
あ、肱挙はオナニーの事です。あえてこう言う言葉を使用しました。わざとです。
んでもってこっそり波留さん登場です。ディフォ名ですので名前変換をしてない方はお気づきかとは思いますが「現蝉恋」の夢主です。
なんでここで出たの?って話は「現蝉恋」でそのうち〜♪
20110529 カズイ
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