26.彼女の困った趣味

 僕と恋仲にある一つ年上の今野華織先輩には少々困った趣味があると知ったのは割と最近の事だ。
 以前では考えられない事だけど、二日から三日に一度ふらりと忍たまの敷地内にある図書室に顔を出しては僕たちの手伝いをしてくれる。
 くのたまの敷地内にある図書室の本はその多くが写本で、元本はこちらにあることが多い。
 それにくのたまの方の図書室には本を管理している熊井先生と言う方がいらっしゃるから忍たまほど委員会に時間を取られないらしい。
 なので頻度多く来れると言うのだけど、目的が僕だけじゃないと知ったのもその困った趣味を知った後だ。
「……………」
 ふと華織先輩と一緒に本の整理をしていると、離れた場所で返ってきた本を戻していた久作に中在家先輩が歩み寄る。
 僕は特に気にしていなかったんだけど、華織先輩がそっちを見るから僕もちらりと久作の方に視線を向けた。
 久作はちょっとぼうっとしていたようで、中在家先輩に声を掛けられたことで驚いて後ずさり、とんと後ろの棚にぶつかった。
 一瞬、「あ」と思ったけど、まだ一年生の久作がぶつかった程度でそう簡単に倒れる棚ではなかったので、思わずと言った様子で振り返る久作と一緒になってほっと胸を撫で下ろした。
 その様子をじっと見ていた中在家先輩が小さく何事か言い、久作の頭を撫でた。
「は、はい。あの、なにか?」
 背の高い中在家先輩を見上げながら久作が問う。
 中在家先輩よりはまだ聞き取れる声は久作がまだ小声に慣れていない証拠だけど、まあ図書委員だから他の一年生と比べると本当に小さな声音だと思う。
 僕も一年の時から図書委員に居るから随分と小さな声で喋るのが上手くなったと思うし、中在家先輩の声も良く拾えるようになったと思う。
 まあ轟隠の力を意識すればこの距離でも中在家先輩の声を聞くことも出来なくはないけど、そこまでする必要はないからちらりと華織先輩を見る。
 華織先輩は本を片手に右手で口元を覆い、きらきらとした眼差しでじっと二人の様子を見つめる。
 ……これだ。
 最初の頃は実は僕じゃなくて中在家先輩の事が好きなんだろうかと疑ってしまった事があるんだけど、これを知ってから僕は逆に中在家先輩に申し訳なさを覚える。
 華織先輩は衆道―――男同士の恋愛の事だ―――を見るのが好きで、全くそう言う関係ではなかろうと勝手に妄想をしているんだそうだ。
 これは華織先輩に限った事ではなく、くのたまには多い趣味らしい。くのたまの蔵書が少ない理由は衆道本を取り扱って居るために場所がないと言う原因もあるんだとか。
 しかもその蔵書の中には熊井先生の執筆された本があり、その本の一部には僕を模範にして書かれた本があるらしい。
 それを知った時は眩暈が起きたけど、あの三郎ですら熊井先生の手を止めることが出来ない。
 熊井先生、実は妖怪なんじゃないだろうか……姿見えないって何?って感じだ。一応人間が居る気配はちゃんとあるんだけど、松千代先生と違って小柄だからか、とんでもなく隠れるのが上手い。
 まあ被害に遭ってるのは僕だけじゃなくて、例えば華織先輩の視線の中在家先輩と久作。
 数日後には熊井先生の手で一冊の本になってしまうのだろうかと思うと華織先輩を止めるべきなんだろうけど、それで華織先輩が止まったことは一度たりともないし意味のない事だとは思う。
「……華織先輩」
「ごめん、今いい所」
「意味が分かりません」
 僕は自分の手の中にあった本を棚に収め、華織先輩の手からも本を奪って棚に収める。
 中在家先輩と久作を見るのに夢中な華織先輩は、いつもなら「ごめん」って手伝ってくれるのに、こちらを見ようともしない。
 実際本にされていると言っても知らない奴らは本当に何も知らないまま平和に過ごせるし、僕たちだって何か実害があったわけじゃない。
 しいて言うなら精神的被害がちょっと大きいだけで。
 僕らの他に知っている奴と言えば三郎の愚痴と言うよりも泣き言を延々と聞かされたらしい勘右衛門と、卒業して行った先輩に何人か。
 中在家先輩たちの学年は可哀そうなことにくのたまと忍務を組むことが多いらしい日向先輩以外は誰も知らないらしい。
 華織先輩は「愉快でしょ!?」と心底楽しそう言うからちょっと怖かった。
 ごめんなさい先輩方、僕、そう言う意味では自分の身が可愛いので言えません。
 華織先輩は多分許してくれると思うんですけど、柳田先輩とか宇角先輩とか三反田先輩とか……敵に回したら本の中でえらい目に遭うから……
「くらくんくらくん」
 堪えきれない様子の華織先輩が僕の制服の袖を引く。
「混じって」
「嫌ですっ」
 何が悲しくて彼女にこんなことを言われないといけないんだろう。
 華織先輩の言葉で言うと腐女子スイッチって奴が入ってる状態の華織先輩は性質が悪い。
 僕ははぁと溜息を零し、華織先輩の腕を引いて中在家先輩の方に向かった。
「中在家先輩」
「……どうした、不破」
「ちょっと外の空気吸ってきます」
 ちらりと中在家先輩は華織先輩を見て僅かに首を傾げながらも首を縦に動かした。
「……わかった」
「すいません、失礼します」
 ぺこりと頭を下げ、僕は華織先輩の腕を引いたまま図書室を後にした。
 図書室から少し離れたところで足を止めると、大人しい華織先輩が心配でくるりと振り返る。
 僕の心配を余所に、華織先輩はにこにこと満面の笑みで僕を見上げていた。
「嫉妬した?」
「……しました。だからせめて僕と一緒に居る間は止めてくれませんか?」
「うーん、無理!」
 ちょっと悩む様子を見せたけど、ほぼ即答に近い形で華織先輩は僕の願いを断ち切った。
 華織先輩は近くの切り株に腰を下ろし、半分僕に場所を譲るようにぽんぽんと叩いた。
 僕が素直に華織先輩の横に腰を下ろせば、華織先輩は軽く僕に体重を預けてきた。
「甘えてます?」
「甘えてますとも」
 くすくすと笑いながら、華織先輩は僕にすり寄る。
 三郎にはよく涙目で「このバカップル!」と罵られるけど、華織先輩って案外甘えん坊と言うか……匂いフェチと言う奴らしくて僕の傍に居ると落ち着くらしい。
 三反田先輩は恐らく僕が所有印の元であるから落ち着くのではないかと言う話を聞いたけど、僕としては華織先輩の匂いの方が甘くていい匂いだと思うんだけどな……
 まあそれも華織先輩が隠の華と言う大変稀有な存在だからなんだろうけど、だからと言って僕はその匂いを嗅いで華織先輩をどうこうしたいと思ったわけじゃない。
 確かにこの甘い匂いには惹かれるものはあるんだけど、ずっと華織先輩を見てきたから、僕の気持ちはこの匂いの所為じゃないって、そこは自信を持って言えることだ。
「私の場合は趣味が勝ってるけどね、先輩たちはちょっと事情が違うよ」
「え?」
 多分衆道本の事だろう。
 華織先輩は少し寂しそうにくすりと笑った。
「腹癒せ」
「腹癒せ……ですか?」
「そう。私たちが忍たまを苛めるのも、BL……衆道本を好むのも、ぜーんぶ腹癒せ」
 くのたまは僕ら忍たまと授業の内容が大きく異なる。
 僕らにも一応房中術に対抗すべく色の授業があるけど、実技は来年からだって聞いた。衆道のやり方も知ってるけど、素養がなきゃ意味がないって言われたし、苦手な奴は避けてもいい授業だ。もちろん評価はその分下がるんだけど、他で挽回できる程度だから僕も避けてる。
 でもくのたまは戦忍を選ぼうと色忍を選ぼうと房中術の実技授業は必ず通る道らしい。
 戦忍志望で、隠の華と言う特異体質のために華織先輩の相手は僕が務めさせてもらってるけど、他の先輩はそうではないらしい。
 あまり誰と誰がと言う話は聞かないけど、四年生以上の忍たまは何となく皆わかってる。口には出さないだけで。
「もうちょっとしたらまた後輩減るなって思うと寂しいんだってさ」
「華織先輩がじゃないんですね」
「寂しくはあるけど、くノ一にならずに普通の生活に戻ることは喜んであげるべきじゃない?」
「まあ、そうですね」
「残る子も居るんだけどね。委員長、寂しがり屋だから」
「柳田先輩がですか?」
 あんまり想像できない。
 華織先輩の話を聞く限り、本当しっかりしてるって言う印象があるし、三郎の話から聞く柳田先輩は何時だってカッコいいくのたまだった。
 数居る六年生を押しのけて五年生の時点でくのたまの代表を務めているんだから別れを寂しいと思う姿が想像できなかった。
 華織先輩は別だけど、くのたまって基本的に冷たいって言うか、仲間同士でもあっさりな印象あった。美土里ちゃんとチヨちゃんとかそんな感じだし。
「でもだからって中在家先輩と久作って……」
「委員長の好みだもん。図書委員会っ子が大好きなんだってさ」
「僕も含まれてるんですか?」
「含まれてると思うよ。だってくらくんと中在家くんって言ったら図書夫婦で双忍に次いで王道でしょ」
「止めてください。僕、華織先輩の彼氏です」
「お話はお話で別よー」
 おほほほと冗談めかして笑う華織先輩に僕はがくりと肩を落とした。
「だって実物のくらくんは私のだし。問題ないわよ!」
「……精神的苦痛の意味で問題ありだと思うんですけど」
「腹癒せだもの。まあ、それで委員長の気が晴れるならいいかなって」
「?」
「女の子には色々あるのよ」
 それ以上何も言わずに、華織先輩は楽しそうに僕にすり寄ってきた。
 柳田先輩何かあったのかな?と首を傾げつつも、僕は華織先輩の頭を撫でた。
 考えても変な所に行きつくような気がするから柳田先輩の事は考えないようにしよう。後が怖いし。



⇒あとがき
 不破さまでもくのたは怖いんだぜ!ってことでここから天女編です。
 まあ日常編も織り交ぜてなので天女様登場までにはまだ少し時間が掛かりますが、天女来る前までに学年が上がります。面倒くさくてすいませんw
20110521 カズイ
res

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