24.芽か種か

 翌日、私は昨日市が立っていた町の近くまで来ていた。
 とは言っても休日は昨日だけの話なので、授業をサボってと言う形にどうしてもなってしまう。
 一応シナ先生に相談したら後日補習をしていただけることになったのでそこは一安心と言っていいだろう。
 問題は一緒に行くと言った不破くんだ。
 不破くんは今日は実技実習だったらしく、後日補習と言っても簡単に出来る問題ではないので学園長先生に相談に行ったそうだ。
 流石に隠云々に関しては担任の先生に言えず、あらかじめ事情を知っている学園長先生にと思って相談しに行ったそうだけど、学園長先生は軽く行って良しとしたそうだ。もちろん後で報告をすることで、今回の同行を授業として扱ってくれるそうだ。
 あっけない学園長先生の回答に何かあるなと悩みながら昨日は眠ってしまったそうだけど、何となく学園長先生の考えは読める。
 簡単に言ってしまえば、私や椛のように特殊な忍務を行う生徒を増やしたいんだ。
 数馬はまだ幼いし、忍たまには五年生に一人、山伏の息子が居るらしいけど、彼は基本的に偵察だけを担当して実際任務に当たっているのは私か椛だ。
 人が妖に対抗する術は人が扱うには難しいものだ。陰陽寮の人間ですら扱いに長けた者は一握りなんだから仕様がない。
 私は隠の華であることが理由なのかはわからないけど言霊と言って言葉に力を込めることが出来る能力に才能があったらしく、それを使って妖怪を使役する。
 札に関しては後は努力だったので必至に書き取り練習と札に力を込める練習をした。
 言霊と札。そして使役する妖怪たちのおかげで私は外法師として動けている。
 椛は菫隠の力もあって、悪鬼を陰の気に飛散させて気脈に返すことなく容易に行ってしまう。
 だけど不破くんは陰の気に飛散させることまでしか出来ないので今日は急造のものではあるけど浄化の札を持たせている。まあ必要ないだろうと思うけど。
 ちなみについてきたがっていた椛と鉢屋くんは先生に見つかってそれぞれ授業に引っ張って行かれた。これもまあ当然かな。
 私たちの目的地は町の近くにある鎮守の森だ。
 青々とした木々に囲まれた鳥居を構えた鎮守の森はとても静かなもので、特に何かあるようには見えないだろう。
「今野先輩、この奥ですね」
「ええ」
 じっと鳥居の奥を見つめる不破くんに私はこくりと頷いた。
「でもどうして鎮守の森からあんな化けも、じゃない……えっと悪鬼が?」
「御社が破損したか、ご神体に何かあったか……まあ結界が破れて久しいみたいだし、新しい注連縄を用意してもらった方が良いわね」
 鳥居の上にある注連縄の切れ目は見た限りそう新しいものではない。
 多分これがしっかりしていたら昨日の悪鬼はここから出られなかっただろう。
 すっと目を凝らし、鳥居の奥に悪鬼の残留思念が残っているのを感じながら私は鳥居を潜った。
 鳥居は木々に囲まれた参道の奥にもう一つあり、残留思念は恐らくその更に奥にある。
「さ、行きましょう」
「はい」
 綺麗に整備されてるとは言い難いけど、全く人が来ないわけではないようで、参道は比較的人の歩きやすい道だった。
 砂利が敷き詰められており、その隙間から伸びる草芽が少ないのがその証拠だろう。
 少し長めの参道を歩き、もう一つの潜った先には小ぢんまりとした社があった。
 私たちが歩み寄ると社の壁をすうっと抜けて大きな白蛇がその姿を現した。
 恐らくこの白蛇がこの社の主だろう。
「なんと珍しい組み合わせか」
 間違いなく鼓膜を揺さぶった涼やかな声に私は目を見開いた。
 妖怪の中にもの言葉を操る者がいないわけじゃない。
 驚いたのは脳に直接響くような声ではなく、鼓膜を揺さぶる音として言葉が流れたことだ。
 流石は白蛇―――水神様だ。
「そなたら轟隠に隠の華だな」
「私たちの事わかるんですか?」
「わかる。この社の奥には蛟隠の隠れ里続く泉があるのだ」
「みつち、隠?」
「みつちは古語で、多分蛟の事じゃないかな?」
「ああ」
 そっと私が不破くんに補足すれば、不破くんも納得したようだ。
 蛟自体は多聞さんの口から聞いたことがあったから説明できたけど、蛟隠と言うのは聞いたことがないかもしれない。
 みつちのみは水、つは格助詞ののに相当し、ちは霊的存在・霊力を指す。つまり水の霊的存在。龍蛇神なんだそうだ。
 前世で読んだ本の記述を思い起こせば、確か龍の成長過程の一種じゃなかっただろうか。詳しい詳細は覚えていないけれど、蜃気楼、虹が一緒に出てきたような……うーん。記憶って曖昧だ。
「蛟隠が居ると言う事は私はこれ以上近づかない方が良いと言う事でしょうか?」
「いや構わぬ。蛟隠が居ったのは人の時間にして二百年ほど前の話だ」
「……今は誰も?」
「うむ」
 寂しそうに項垂れた水神様はしばらく目を伏せた後、私たちを見上げた。
「そなたらは蛟隠目当てにこの場に来たようではないが、もしや昨日の悪鬼の?」
「はい。原因を調べに」
「あれは蛟隠が封印した悪鬼だ。封印の石碑にはもう何も居らぬし石碑も神使らが既に修復した」
「そうでしたか。その、原因をお聞きしても?」
「石碑の側で遊んでおった子らが偶然倒してしまった。ただそれだけだ……子らは悪鬼の恐ろしさに動けなんだようだが、悪鬼は子らよりもそなたの匂いがよほど魅力的だったようだ」
「子どもたちは無事なんですね」
「ああ。神使たちに送らせたからな、心配はいらぬ」
「そうですか」
「それよりも問題はそなただ」
「……ですよねー」
 私はがくりと肩を落とした。
 椛曰く、不破くんの匂いがするそうだけど、それでもまだ誘うような甘い匂いがするらしい。
 菫隠らしく理性が残っているようだったけど、流石に一晩同じ部屋は拷問だと言われて長屋そのものが離れている三年生の子の部屋にお邪魔させてもらった。
 初江と同じ世話焼きタイプな彼女には随分とお世話になって本当申し訳ないけど、寝顔が美しくて素敵な一夜でした。くのたまとはいえ流石アイドル学年。お姉さん吃驚だよ!
「村にはもう繋がっておらぬが泉は残っておる。あそこなら人もそれ以外の者も容易には入り込めぬ。早々に印を授かるが良い」
「はあ……泉に行けばいいんですね」
 意味が分かっていないのか生返事をする不破くんに私は目を見開いた。
「うむ。轟隠にしては素直だな」
 まるでにやりと笑っているかのような声音に私は額を押さえた。
「あれ!?何か僕不味い事言いました!?」
「不味くはないよ……ただちょっと……うん、心の準備は出来てないかな」
「?」
 首を傾げる不破くんに私は溜息が零れそうになる口元を押さえた。
 多分、水神様は知っているんだ。本当の所有印……と言っていいのかはわからないけど、隠の華の力ですら抑える所有印の授かり方を。
 私だって子どもだからって言う理由ではぐらかされた事を知ってるんだ、この人はきっと―――
「……少し聞かせて戴いても?」
「なんだ?」
「印とは芽なのでしょうか、それとも種なのでしょうか?」
「ふむ……人にしては面白い問い方をする。そうだな……強いて言うなれば芽であろう。種とはそれが実を成した結果だからな」
「水神様は種を成さなかったのですか?」
 水神様は空を見上げ、懐かしげに眼を細める。
「……成せぬよ。我は人とは違う」
「つまり人は種を成せると」
「心配せんでもそなたには既に種がある」
「?」
「そなたをそこへ誘った者こそ種よ。……我は暫く休もう。泉は好きに使うが良い。多少汚そうが穢れぬ泉だ。安心せよ」
「あーはいはい」
 意地悪な水神様の声に私は思わず耳を塞ぎたくなりながら不破くんの手を取った。
「行こう、不破くん」
「あ、はい。えっと、お借りします」
 ぺこりと水神様に頭を下げた不破くんの言葉に笑いながら水神様は社の中へと消えてしまった。
 緊張の所為かドキドキする胸を押さえながら社の裏手に向かうべく一歩踏み出した。



⇒あとがき
 後一話後一話……何度言い続けたことかww
 今度こそ正直になろうか、下記途中の次の話は更に次の話に飛ばされましたが、うっふんあっはんなシーンに行きます。
 苦手な方はご注意ください。
20110519 カズイ
res

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