23.結界札の行方

 母子でやってる団子屋に辿り着くと、店の前には沢山の人が溢れていた。
 何故だろうと思ったけど、よく見れば椛と数馬が人垣の外で結界札を持って立っていた。
 椛が私から札を盗っていたのは結果的には良かったことなのかもしれない。
 ああして不安そうな顔はしているけど、人が安心して避難できる場所が出来たんだから。
 一年生四人に、逃げ遅れた人を連れてきたのだろう鉢屋くんたちと、どうやら今日市に来ていたらしい立花くんと潮江くんの姿もあった。
「華織!」
 私に気づいた椛が走り寄る。
 飛びついてきた椛の身体を抱き留め、私は自分の匂いはもう治まったのかななんて呑気に考えていた。
 すりすりと頭を押し付けてくる椛に私は首を傾げる。
「……椛ちゃん、何をしているのかな?」
 声を掛ければ、椛がその動きを止め、肩を震わせる。
「不破の馬鹿!不潔!死ね!!」
「ええ!?」
「何が不潔よ。普通に抱きしめあっただけで接吻だってしちゃいないわよ!」
「今野先輩もそこ話さないで!!」
 顔を真っ赤にしながら不破くんが私の口を押さえようとする。
 だけど私はそれをひらりと躱し、数馬と一緒にぽかんとこちらを見ている一年生たちの方に歩み寄った。
「華織ちゃん……」
「お、ちゃんと皆無事だね。数馬は後輩守って偉いね」
 よしよしと数馬の頭を撫でると、数馬は札をぎゅっと握りしめながらじわりと瞳に涙を滲ませた。
「……匂いっ」
「そっちか!……うん、まあ、何と言いますか……数馬は知ってた?不破くんがくらくんだって」
「くらくん?」
 首を傾げる数馬に私は首を横に振った。
「元凶は椛だってわかったからいいや」
 ぽんぽんと数馬の頭を軽く数度叩き、一年生たちの頭を撫でた。
「暗くなる前に帰ろっか」
「今野先輩!!」
「ぐふっ」
 泣きそうと言うか既に泣いている様子の時友くんがのお腹に突撃してくる。
 一年生だからって体育委員会の実力舐めてました。
 えっぐえっぐと肩を震わせる時友くんの背をよしよしと撫でながら、私は不破を睨んでいる椛に視線を向けた。
「椛、結界札残ってる分、お店に貼って頂戴」
「残ってる分ってそうないわよ?」
「だからこのお店。女将さん、ここを簡易の避難所にしても問題ありませんか?」
「え、ええ……こちらとしては助かったけど、高価なお札の御代は払えないわよ?」
「飽く迄外法師の札ですので御代は不要ですよ。ただ流石に悪鬼が破壊した家の弁償はちょっと……」
「そんなの気にしなくていいわよ!高価なお札をただで下さるだけで十分だわ。ありがとうね、外法師のお嬢さん。お陰で私たち助かったわ」
 にこにこと微笑む女将さんに私はほっと胸を撫で下ろした。
「一応悪鬼は気脈に返したので大丈夫だとは思いますけど、陰の気に誘われて物の怪が現れるようだったらこの店の中に居れば大丈夫ですんで」
「ほ、本当に大丈夫なのかい?」
 おどおどとしたおばあちゃんが不安そうに尋ねる。
 私はおばあちゃんの前に膝を折って座り、ニコリと微笑んだ。
「甘いものを食べると気が落ち着くでしょう?お店で休んで甘いものを食べて、陽の気がおばあちゃんの心に満ちればこのあたりに寄りつく雑鬼程度ならおばあちゃんだって祓えるわ」
「俺ぁ甘いものが苦手なんだけどよお、どうしたらいいんだ?」
 不安そうに尋ねてくる青年に、他にも何人かが同じ理由だったり、お金がないからだったりと不安要素を上げていく。
「「どうしよう」、「怖い」って思う陰の気は彼らに力を与えてしまうだけです。強い意志を持って、笑い飛ばせばいいんです」
「そんな簡単に言うけどよぉ……」
「それが難しい事だって言うのは分かります。でもこういう時はね、男より女が強いんです」
「?」
「女将さんの顔を見て下さいよ」
「わ、私?」
「こんな状況でも笑顔で皆を励ましてくれたんじゃないですか?」
「そう言えば……」
「確かに」
「女将さん強いよなあ」
「俺にはとてもまねできねえな」
「……でしょう?そう言う人が一人でもいると安心しません?」
 私の言葉に口々に同意する人たちに女将さんが顔を赤くし、両手で赤くなった頬を押さえる。
 その横で娘さんが誇らしげに女将さんの背を叩いて背を伸ばさせる。
「だからこのお店なんです。私たちもそろそろ帰らないといけないので帰りますけど、明日、原因を調べにまた改めてきますね」
「なにからなにまで本当に……。ああそうだ!」
 ぽんと女将さんは手を打ち、娘さんに目配せをする。
 それで言いたいことが分かったのか、娘さんはこくりと頷いて店の奥へと消えていく。
「意外な特技だな」
 ぽつりと言った潮江くんに私は首を傾げた。
「そう?大っぴらにはしてないけど善法寺くんは知ってるから聞いてるのかと思った」
「伊作はあれで口が堅いからな」
「……まあそうだね」
 美土里ちゃんの事然り、数馬の事然り……善法寺くんって本当なんでもぽろっと話しちゃいそうなのに意外とそう言う大事な事を躱して話すから雑渡昆奈門に気に入られるのかな。
 まあ不確定な未来の話なんて考えるのは止めよう。
「これ以上遅くなると不味いし、一年生四人背負ってね」
 ぽんと肩を叩けば潮江くんが眉根を寄せた。
「私は背負わんぞ」
「うん、立花くんに期待はしてない」
 きっぱりと言い切った立花くんに私も同じくきっぱりと言い返した。
「後は竹谷くんと不破くんと鉢屋くんで背負って、さあ学園まで全速力で走るわよ」
 まあとっくに夕方の鐘は鳴っている頃だろうけど。
「……俺も期待されてない?」
「まあ四年生の中で一番ひ弱そうだし」
「!?」
 ショックを受ける久々知くんの背中を叩き、私は尾浜くんに顔を向けた。
「久々知くん引き摺る?」
「引き摺りませんよ!?」
「そっか、残念。数馬は平気よね?」
「うん、小波ちゃんが戻ってきたし」
「お梅さんもいるから椛も平気ね」
「華織が冷たい」
「冷たくありません。さ、行くよ」
「あ、待って下さい!」
 潮江くんたちが一年生を背に負っている間にぱたぱたと娘さんが戻ってきた。
「これ、帰って食べてください。この調子じゃもう営業できないし、残り物で申し訳ないですけど」
「いいの?」
「食べてもらう方が菓子たちも浮かばれるから」
 にこりと微笑んだ娘さんから菓子の詰まっているであろう包みを受け取り、私は微笑んだ。
「ありがとうございます。後でおいしくいただきます」
「はい。今日はありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げる娘さんに釣られるように女将さんも慌てて頭を下げた。
 娘さんしっかりしてるなあなんて思いながら私はひらひらと手を振り、歩き出した。
 潮江くんたちは先に歩き出しており、慌てて不破くんたちも追いかけてきた。
 潮江くんの背には川西くん、不破くんの背には能勢くん、鉢屋くんの背には時友くん、竹谷くんの背には池田くんがそれぞれ背負われている。
 少し早目の歩調ではあるけど、数馬は息一つ乱さず私の横を歩く。
 それをちらりと見た潮江くんが私に視線を向ける。
「速度を上げても問題なさそうだな」
「数馬も山育ちだからね。程々に体力あるから不破くんたちが追いつける速度なら出しても問題ないよ」
「三反田先輩が不運じゃないっ」
 潮江くんの背で川西くんが信じられないと言った様子で数馬を見る。
「小波ちゃんと華織ちゃんが居たら平気だもん」
「居なかったらいつも通り不運なんだけどねー」
「華織ちゃんのいじわる」
「あんたが不運なのは昔っから」
「椛ちゃんは酷い!って言うか椛ちゃんだって昔っから不運でしょ!?」
「喧しい!認めてたまるか!!」
 きゃんきゃんと言い合いを始める子犬二匹……じゃないや、椛と数馬にふうと溜息を零しながら私は前を見据えた。



⇒あとがき
 ごめんなさい後始末で後1話続きます。
 次で終わらせる!!……多分(´・ω・`)
20110513 カズイ
res

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