22.再告白

 完全に光が空へと解けるのを見届け、私はほっと胸を撫で下ろして不破くんを見た。
 不破くんはじっと震える己の両手を見つめていた。
「……不破くん?」
「あ……」
 びくっと身体を震わせた不破くんは、怯えるように瞳を揺らし私を見下ろす。
「どうかした?」
「あ、いえ……久しぶりに力を使った所為か制御が出来てなかったみたいで……」
 視線を彷徨わせる不破くんに私は一瞬目を丸くしてしまったものの、すぐに笑った。
「仕方ないよ。私と一緒に居るんだもん」
「え?」
「不破くん。私……隠の華なんだ」
「隠の、華?」
「そう。隠にも悪鬼にも最上にして最高の餌」
 不破くんの大きな目がこれでもかと言うように見開かれる。
 だけどすぐに困ったように眉が八の字になった。
「……"え"ってなんですか?」
「は!?ちょ、一寸待って、志島さんから何も聞いてないの!?」
「父さんは面倒くさいことが大嫌いで……」
「あー……そう言えば最初に説明逃げたっけ」
 申し訳なさそうな顔をする不破くんに私はがくりと肩を落とした。
「鬼としての本能は分かる?」
「本能……えっと、人を襲う事ですか?僕、そう言うのが欠けてるみたいで……」
「そこからかっ」
 思わず額を押さえたものの、私は溜息と一緒に押し寄せてきた面倒を吐き出した。
 隠に鬼の本能が欠けているのは当たり前の事だ。だから隠は隠だと名乗る。それを知らない隠が居るなんて……志島さんの教育方針ってなんなんだろう。
「鬼は人を襲う。その根本は食肉―――人を食べることにあるんだ」
「!」
 本当に知らなかったのだろう不破くんは一瞬目を見開いた後、泣きそうに目を細めた。
「鬼が人を食べるのは、その血肉を己の力の糧にするため……ようは愛情表現らしいんだけど、隠はそれを堪えることが出来る理性がある。轟隠は鬼の本能がどちらかと言うと残っている方らしいから、椛たちは私と不破くんが接触するのを反対してたって訳」
「僕が轟隠だから……」
「違う。私が隠の華だからだよ。私は死にたくない。だから椛たちの言葉に従ってた」
「……ごめんなさい」
 俯く不破くんに、私は首を横に振った。
「ううん、いいの。だって不破くんはくらくんだったから」
「え?……さっきも思ったんですけど、どうしてその名前を?三郎たちにだって話したことないのに」
「覚えてないかな?私たち7年前に会ってるんだよ?」
「7年前?」
 眉根を寄せ、不破くんは記憶の糸を辿る。
「ごめんなさい。父さんに外に連れ出してもらったばかりの頃の事はあんまり……」
「……そっか」
 首を横に振った不破くんに私は苦笑するしかなかった。
 当時6歳くらいなんだから覚えてなくてもまあ仕方のない事なんだけどね。
 覚えている私が変と言うか……私の場合は覚えてなきゃ可笑しい話なんだけどね。
「私がくらくんと会ったのは菫隠の村の近くの森の中。悪鬼に襲われて、気付いたらそこにいたんだけど、倒れていた私をじっと見守っていてくれてたのがくらくんだった」
 ガリガリに痩せた細い腕は食事を殆ど与えられていなかった所為だろう。
 継ぎ接ぎの目立つ膝丈の薄汚れた着物は幼い頃から着ていたものを志島さんが繕ったものかもしれない。
 毛玉のようにぶわっと広がっていた髪は恐らく痛んでいたんだろう。
 今でもそのもこもこふわふわ具合は相変わらずだけど、あの頃は本当にぼさぼさと言う表現が近かった気がする。
「すごく怖かった後に会ったくらくんの可愛さに癒されたし、くらくんのおかげで私は菫隠の村に置いてもらえるようになった」
 思い出すと胸の奥からじわりと温もりが広がるこの世界での最初の記憶。
「さっきもね、すごく不思議なんだけど同じだって思ったらすごくここが温かくなった」
 そっと胸元を押さえ、私は目を閉じた。
「多分、食べられるならくらくんがいいって思ってたからだと思う」
「そんな!僕、今野先輩を食べたりなんてしません!」
「うん。轟隠の割に本能が薄いって聞いてそれはないって思ったんだけど……代わりに、ね……」
 私は目を開け、不破くんを見上げる。
 くのいちを目指すものとして、必ず一度は通る道。
 どうせなら私の一等最初は不破くんが―――くらくんがいい。
「違う意味で食べるなら、いいよ?」
「!?」
「……駄目かな?」
 ちょっと卑怯かな?
 恥ずかしげに頬を染め、上目遣いで不破くんを見上げれば、不破くんはぶんぶんと首を横に振った。
 その顔は物凄く真っ赤で、良く熟れたトマトの様だった。
「後、非常にひっじょーに申し訳ないんだけど……この間の告白ね、実は大事なところ聞き逃しちゃってるんだ」
「ええ!?」
「だからもう一回ちゃんと聞きたいんだけど……駄目?」
「も、もう一回、ですか?」
「うん」
「……えっと……」
 おろおろとしながらも不破くんは辺りを見回して人が居ない事を確認すると、私の耳元に唇を寄せる。
「……好きです。付き合ってください」
 耳朶を吐息がくすぐり、思わず身を捩りながらも私は身を寄せてきてくれた不破くんに抱きついた。
「……私も好き」
「今野先輩っ」
 不破くんの手が恐る恐る私の背に伸びる。

―――よかった。ちゃんとあえたね

「うん、ちゃんと会えたよ」
「?……今野先輩?」
「あれ?もしかして今の幻聴?やばい久しぶりに聞こえたかも」
「ええ!?」
 慌てて身体を離し、不破くんが私の身体を何も異常がないか確かめるように見る。
「さっきの術で何か負担が!?」
「いや、ないんだけども……なんだろう……」
 不破くんが起こした雷の閃光を見た所為かな?
「うん、この事はまだ帰ってから落ち着いて話そう。椛たちも心配だけど、鉢屋くんたちも大丈夫かな?」
 他にもさっきの悪鬼みたいに匂いに誘われた馬鹿な鬼とか妖怪だとかが居ないと良いんだけど……
「"如意自在"、戻っていいよ」
 ふわふわと所在無げに漂っていた如意自在はすうっとその姿を消し、如意宝珠が一瞬だけ熱を持ち、すぐにその冷たさを取り戻す。
「今のは付喪神ですよね」
「うん。如意自在って言って、この如意宝珠の付喪神。こう言うの出来ると色々変わった忍務も引き受けなきゃいけないからこれだけは肌身離さずって感じかな」
「お梅ちゃんは三反田先輩で、三反田くんは椿の妖怪ですよね」
「私の場合は本当に使役だけど、椛と数馬の場合は使役じゃなくて隷属が正しいかな。不破くんも妖怪と仲良くしてたら何かと便利だよ」
「僕でもできるでしょうか?」
「如意自在みたいに媒介が物なら教えられるけど、お梅さんたちみたいに植物だったり生き物だったら椛と数馬の方が教えるのに向いてると思うな」
「……教えてくれるでしょうか?」
「私が良いって言えば椛はまず間違いなく良いって言うわよ」
 いい加減椛の依存癖も直さなきゃいけない頃だし、鉢屋くんとか与えちゃ駄目かな?仲悪いようで仲良いし……
「まあでも不破くんが従えるのにちょうどいいの居たかな……犬神とか送り犬なら属性的に剋つからいけると思うけど」
「属性?」
「四年生だから陰陽道は障り程度には知ってるよね」
 この間喜八郎がごちゃごちゃすると言って聞きに来たことから不破くんも習ってるはず。
「えっと、はい」
「ビンゴ。じゃあ五行相剋に関しては言える?」
「五行相剋……えっと、水は火に、火は金に、金は木に、木は土に、土は水に剋つと言う関係、ですよね?」
「そう。轟隠は生まれの影響も受けるだろうけど大体火属性。椛たちは言わずともがな木属性ね」
「お梅ちゃんも椿の妖怪もどちらも木属性ですよね」
「そう、だから二人の場合は隷属。犬神は土属性、送り犬は木属性だから火属性の不破くんが従えようとすると私と同じ使役になると言う訳」
「へえ……」
「まあ属性と学園に居る妖怪に関しては帰ってから説明するからとりあえず椛たちと合流しようか」
「あ、はい」


 終わらなかった\(^o^)/
 この後の話をもうちょっと書いてから日常を2、3話混ぜて天女編行くぜぃ!!
20110512 カズイ
res

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