21.悪鬼襲来

 しばらく走ったところで足を止め、私は乱れた呼吸を整えるべく深呼吸を一つした。
 死にたくはない。だけど愛しい。
 複雑な想いに胸を押さえて俯けば、ふと背後から近寄る足音に身体を強張らせた。
 不破くんとは違う軽い足音の主は正門で別れてから結局会う事のなかった一年生四人組だった。
「あ、やっぱり今野先輩だ!」
 にこりと微笑むのは先頭を走ってきたのは時友くんだった。
「あれ?不破先輩は?」
 きょろきょろと辺りを見回す時友くんに釣られるように他の三人も不破くんの姿を探す。
「あ、っと……ちょっと置いてきちゃった、かな」
「何かあったんですか?」
 心配そうに問う能勢くんに私は如何言っていいものか迷い、口をもごもごとさせた。
「僕、同室の子にお土産買って帰る約束したんです。よかったら一緒に行きませんか?」
 笑みを浮かべる時友くんは深く追求するつもりはないらしく、私はほっと胸を撫で下ろした。
 ふと背筋に悪寒のようなものを感じて私は身体を強張らせた。
「今野先輩?」
「誘ってくれたのは嬉しいんだけど、後ろを振り返らずにそのまままっすぐ言って二つ目の角をひだ、じゃない。右に曲がって通り一本外れた団子屋さんに不破くんいるから合流して」
「え?」
「理由は後で話すから今は走って!」
「は、はい」
 時友くんは素直に走りだし、戸惑った様子で能勢くんと川西くんと池田くんの三人も走り出す。
 その背を見届けてから、私は普段から肌身離さず懐に隠している手のひらサイズの珠―――如意宝珠を取り出す。
「出番よ―――"如意自在"」
 手の中に会った如意宝珠がすうっと姿を消し、気だるげな女とも男とも付かない中性的な付喪神・如意自在が姿を現す。
 この世のものとは思えない気配を漂わせる如意自在はぐるりと辺りを見回し、私を振り返る。
「何か近づいてる。そっちに集中して」
 如意自在は特に答えず、ぐるりと身体を動かし、私が感じる嫌な気配の先を向く。
 トントンと手に持っていた番傘で肩を叩く後姿越しに私はそのもっと先の陰の気に意識を集中させる。
 まだ少し遠い。だけど間違いなく悲鳴が上がり、それを切っ掛けに遠くで建物が倒壊し、砂埃が上がる。
 連鎖するように人々が悲鳴を上げ、逃げまどい始める。
 生憎手持ちに今朝持っていた以外の結界の札がないため、私はすうっと息を吸い、言葉に意識を向ける。
「"如意自在"、敵を呪縛なさい!」
 如意自在はこくりと言うよりがくんと言った様子で首を縦に動かすと肩を叩いていた番傘を開き、宙に放るとその上に飛び乗った。
 逆さの番傘はすいっと空へと飛びあがると、如意自在は標的を見つけたらしくそちらの方角へと手を伸ばす。
 開かれた手の前にじわりと呪いの藁人形が現れると如意自在はその藁人形を躊躇なく掴んだ。
 これで足止めをされてくれるのならそんな装備で大丈夫か?な私でも敵を祓う事は出来る。
 逃げまどう人並みに逆らい、私は慎重に騒ぎを起こした妖怪の方へと歩み寄る。
 が、その途中、ずうううんと言う大きな音と共に再び建物が倒壊する。
「……こりゃ駄目か。"如意自在"!」
 名を呼べば、如意自在は藁人形が燃えたことで火傷したのだろう手をひらひらとさせながら降りてきた。
 ちらりと如意自在が視線を動かすので、それに釣られるように視線を動かせば、その視線の先にお梅さんと小波ちゃんが居た。
 それぞれ依り代を納めたお守りのような布袋を持っていると言う事は、数馬と椛が近くに居るんだろう。
「何で出てこないの?」
 不思議に思って宙を漂うお梅さんと小波ちゃんを見上げれば二人して首を横に振った。
 来れない、が正解かな?
 二人が差し出す依り代を受け取り、私は再びすうっと息を吸い、言葉に意識を向ける。
「"木霊"、"古山茶"。標的の周囲に結界を貼って!」
 ふわりと二人が結界の範囲内を囲むべく宙へと向かう。
 私は足が震えるのを感じながらぐっと拳を握った。
「私が逃げたら誰が時友くんたちを守るんだ、しっかりしろ!」
 両手で頬をパンっと叩き、私は懐の如意宝珠を取り出した。
「行くよ」
 すいっと如意自在は番傘に乗ったまま私の後を追いかけてくる。
 暴れている妖怪が何であれ、昼間に人里に出てくるほどの存在なのだからまず悪鬼で間違いないだろう。
 不破くんが私の匂いを嗅ぎつけたと言う事は、札の効果も椛の所有印の効果も切れてしまったのだろう。
 もしかしたら食べられてしまうかもしれないと思うと足が止まってしまいそうだったけど、私は必死に自分の足を動かした。
「今野先輩!!」
「不破くん!?」
 人気が随分少なくなった通りを不破くんが駆けてくる。
 よく見ればその後ろに鉢屋くん、竹谷くん、久々知くん、尾浜くんのいつも一緒に居る四人が居た。
「鉢屋くんたちもなんで来たの!?って言うかなんで居るの!?」
「後付けてたんで」
「……だそうです」
 けろりと鉢屋くんが白状し、不破くんが苦笑しながら補足をしてくれた。
「三反田先輩と三反田も居たんですけど、なんか動けないらしいです」
「椛たちが!?」
「あ、何かあったわけじゃないみたいです。ただ、匂いがどうこうって言ってました」
「あちゃ……それはもう大人しくしててほしいと言うか……」
 椛は同性だからまだいいけど、流石に大きくなった数馬にかぷかぷされるのはちょっと勘弁したい。
 菫隠の一族はまだ甘噛みで済むけど、不破くんは大丈夫なんだろうか。
 いや、でも最初に会った時から不破くん……と言うかくらくんは平気そうだった。いや、くらくんと会った時はまだ悪鬼の匂いの方が強かったんだっけ?
「不破くんは平気?」
「甘い匂いはしますけど、なんでか動けます」
「それはなんと言うか……好都合?あ、でも他の四人は危ないからとっとと戻りなさい。ただの足手まといよ」
「なんだと!?」
「三郎落ち着け。……本当に何も手伝えることはありませんか?」
 鉢屋くんを押さえ、久々知くんがそう問うてきた。
「あれは人では敵わない生き物よ」
「それは何となく理解しています。遠目でも建物が突然壊れるのが見えましたので」
「いくら今野先輩がおっかないからって一人でどうにかできるとは思えないんです」
 こくりと頷いた久々知くんに尾浜くんが言う。
 尾浜この野郎誰がおっかないって?
 ……まあいいや。
「なら逃げ遅れた人の誘導をお願い。不破くんは一緒に来て。如意自在だけじゃ手が足りないの」
「如意自在って……」
 ちらりと不破くんが宙を見上げる。
 傍から見ると何もない所を見ているように見える事だろう。
「雷蔵、そこにも何かいるのか?」
「あ、うん」
 不破くんが頷くと竹谷くんが「ひょー」と相変わらず変な奇声を上げる。
「取り敢えずい組とろ組で仲良く二手に分かれて行動して、で、必ずこれを手放さないで」
「お守り?」
「木霊と古山茶の依り代よ。簡単な結界の効果はあるから落とさないでね」
 私はお梅さんと小波ちゃんから貰った依り代を鉢屋くんと久々知くんにそれぞれ持たせて不破くんの方を向いた。
「急ぎましょう」
「はい!」
 お梅さんと小波ちゃんは長い年月を重ねた植物から生まれた精霊であり、悪鬼に敵うほどの力は本来ない。
 だけど悪鬼の力を弾くことは出来る。それは二人に名を与えた椛と数馬の力を彼女たちを媒介に悪鬼を抑え込んでいるに過ぎない。
「"如意自在"!もう一度呪縛を!」
 追走していた如意自在が再び空へと飛びあがり、藁人形を出現させる。
「不破くん、轟隠の力使える?」
「雷を操る程度なら!」
 不安そうな顔で、でもしっかりとした答えに私は微笑んだ後、まっすぐに標的を見据えた。
「如意自在の呪縛が解けてしまったらすぐに雷を打って如意自在を援護してあげて」
「今野先輩は?」
「封印術式の準備する。私、数馬ほど力がないから札とか依り代がなきゃ何も出来ないの」
「ええ!?」
 驚く不破くんと共に足を止めた先に居たのはお梅さんと小波ちゃんの結界の中で如意自在の呪縛から逃れようと暴れる悪鬼だった。
 青い肌のその悪鬼は身の丈が私の二倍以上は有りそうな大きな鬼で、その獰猛性は暴れる姿から一目瞭然だった。
 その瞳がまっすぐ私を見据え、歓喜を叫ぶかのように獣じみた咆哮を上げる。
「これは誘っちゃった、かな……?」
「今野先輩?」
 結界と呪縛で身動き取れないみたいだけど、その威圧感に私は全身がガクガクと震えるのを感じた。
 ギラギラとした瞳と、堪えきれないとばかりに垂れる涎に悪寒が走る。
 その姿は如何に菫隠が穏やかな一族だったかを知るには十分だった。
「……今野先輩」
 ふと、私の手を不破くんが握り締める。
「今野先輩は僕が守ります。だから封印に集中してください」
「不破、くん……」
 にこりと安心させるように微笑んだ不破くんに肩の力がふっと抜けた。
 不破くんが握ってくれたのは利き手とは逆の左手。
 私は袖に隠し持っていた苦無を取り出し、地面に普段は札に書く封印のための術式を書く。
 地面に苦無で文字を丁寧に書くのは集中しなければ出来ない作業で、繋いだ手の先が緊張して右手まで震えそうだ。
「今野先輩」
「?」
「ちょっとの間だけ手を離しますね」
 じっと悪鬼を見据える不破くんの眼差しは真剣そのもので、バチバチと静電気が起こったように髪の先に火花が爆ぜる。
 援護のために雷を打つつもりだろうか。手を離したのは恐らく感電しないためだろう。
 私が不破くんの視線を追いかけた時には悪鬼が今にも如意自在の呪縛を解こうとしていた。
「少し大人しくしててくれよ……」
 不破くんは小さく呟き、かっと目を見開いた。
 その瞬間、一際眩い閃光が辺りを埋め尽くした。
 まるで7年前、初めてこの世界に来た時のような強い稲光―――
「……あれ?」
 不思議そうな声音で不破くんが声を零す。
 光が消えると、今度は土ぼこりが結界の中を埋め尽くしていてはっきりとは分からなかったけど、不破くんの目にはその砂埃の先が見えているのかもしれない。
「倒せ、た?」
 首を傾げる不破くんに私は目を見開く。
 結界の内側に目を凝らせば、陰の気が散らばるのを感じた。
「凄い……」
 落雷一つでこれだけの威力を持つなんて、菫隠の方が力が強いって本当なんだろうか?轟隠の方が力が強くないか?
 妙に落ち着いた胸を押さえていた私だけど、はっと我に返って地面に書いた術式を消した。
 悪鬼は封印しなければいけないけど、濃い陰の気になってしまった場合は封印ではなく浄化をしなくてはいけない。
 陽の気と陰の気のバランスが取れていない場所は気脈が乱れてしまうのでその地にあった気に転じさせる浄化方法が必要だ。
 私は両手を地面に当て、この地の気脈を感じ取る。
「……金の気……」
 ぽつりと感じた気をイメージしながら改めて苦無を握る。
 陰の気を金の気へ。五行封印の術式は五行―――木・金・火・水・地それぞれの属性によって異なる。
 私の場合しっかりとしたイメージも抱きつつ書かなければ上手く巡ってくれないので苦無の先に意識を集中させる。
「"木霊"、"古山茶"、結界解いて!!―――五行封印!陰の気よ、金の気となりて気脈を巡れ!!」
 術式の上に両手を乗せ、自分の内側にある気を集中させる。
 苦無で削られた地面が文字をなぞるように発光し、それに呼応するように陰の気がきらきらと光の粒子となって空へと立ち昇るかのように消えていった。



⇒あとがき
 何と言うかあえてそれっぽい言葉を使わない様にしようと決めてたんですが、やっぱり掛け声がないと決まりませんね。
 一寸長くなりそうなので話を区切りましたー。
 続きで纏め……になるのかな?どうにか後1話で成長編終わる……かも。←
20110512 カズイ
res

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -